第406話 美しいもの【ティル視点】④

あの新興貴族の娘……ゾラ男爵令嬢に、良い感じに領内が引っ掻き回されている最中、満を持して真打ちエレノアお嬢様が登場した。


……うん、やっぱりアイザック様って、あの病み上司イーサン様の上司だわ。鬼畜感ぱねぇ!


『後顧の憂いはまとめて潰す』って、何するかと思えば、自分の大切な娘を送り込むってどうよ!?

『本物をぶつければ間違いないから』じゃ、ねーでしょ!?イーサン様も「その通り!」って頷いてんじゃねぇよ!!


騎士団長含めた騎士団員達や、邸内の使用人達の多くが、あの女や母親に篭絡されちまってんだぞ!?しかも領民達だって、お嬢様が我儘な駄目令嬢だって信じ込まされてんだぞ!?……いやまあ、俺も古参の『影』やクリス副団長に、「昔は本当に子猿だった」って聞いているんだけどさ。


とにかくだ!そんな状態でお嬢様がここにやって来たら、絶対嫌な思いするに決まってんじゃん!お嬢様が可哀想だと思わねぇのかよ!?


……なんて、思っていた時期が俺にもあった。


蓋を開けてみれば、お嬢様の規格外っぷりは、報告書以上だった。


まず、目下の者達に気安過ぎ!いきなり俺達に向かってカーテシーとかって、なんなん本当!?


しかも、お嬢様を目の前にして、喜びを爆発出来ず、ハイパーツンツンの権化と化したイーサン様の辛口にも動じる事無く、あざと可愛い態度でイーサン様を返り討ちしたばかりか、ついでに周囲をも撃ち抜いてしまった、あの天使っぷり!


いや~、マジ無理!あんなん、可愛すぎだろ!!正直、女に全く興味ねぇ俺ですらグラリときたわー!!


そんでもって、肖像画見て「あ、可愛いじゃん」って思っていたけど、やっぱ生は違うわ!ご容姿、めっちゃ可愛い!!


うん、あの生き生きとした愛らしさは、絵では表現出来ねぇ。あのお嬢様の傍にいる、人外レベルの美形なご婚約者様が、お嬢様にベタ惚れする筈だわ!


しかもご婚約者様、あの女フローレンスのウゼェ「私が悪いんですぅ♡」的な被害者演技にも乗らず、ブッ刺さるような冷たい眼差し向けてるよ。

ははっ!自分の顔に絶対の自信を持っていたあの女の、信じられねぇって衝撃顔!マジウケる!


……なんて、一人でウケてたら、騎士団長がやらかした。


おいおいおい……!お嬢様に対して敵意を向けるって、なんなの?流石の条件反射でクリス副団長がお嬢様庇ったけどさぁ……。真面目にぶっ殺してもいいんじゃね?あの色ボケたお花畑野郎!


でも、その後の茶番劇を、お嬢様本人がぶった切ったのには笑った!


「……えっと……。私、別に怒っていませんよ?」って言った時の、あいつらの呆けた顔ときたら!!


しかも、突っ走った団長達を凛とした態度で諫めたうえで、あの女には「本邸を守ってくれて感謝しています」って言い放ち、とどめに満面の笑みって……!

あの場にいた大半の連中、あれで撃ち抜かれちまったんじゃね?あ、うちの病み上司イーサン様は、元から撃ち抜かれているから、そっちは別にいいとして。


ともかく、到着してすぐ、ここまで自分のペースにしちまうお嬢様、マジで最高!!

成程……。ご当主様とイーサン様、こうなる事をちゃんと分かっていたんだな。やっぱなんだかんだ言って侮れねぇ方達だわ。






あれから、各地に散らばっている仲間達から「お嬢様、最高!!」「真面目に天使!!」と、報告(?)が上がってきた。


特に奴らが感動したのは、獣人達に対するお嬢様の思いだ。


彼等も俺達と同じで、生まれ故郷で差別され、苦しめられた挙句に国を捨てざるを得ない状況になってしまっていた。


そんな彼らの境遇を憂い、この国に移住する切っ掛けを作って、その後の彼等の生活にも心を砕く。……そんな奇跡のような少女、愛さずにはおれないだろう。


うん、そーだろ、そーだろ!うちのお嬢様、真面目にヤバイよな!特に俺の性癖トークに臆せず、嬉々として参加してくる所なんて、タダ者じゃねぇ。


だが、ノリノリで会話していたら、クリス団長にぶっ飛ばされた後、絶対零度の殺意を筆頭婚約者様から向けられた。

イーサン様から制裁食らう前に、秒で滅せられそうだ。……うん、ヤバいな。これからはもう少しだけ自重する事にしよう。





その後、色々と……本当に色々とあって、エレノアお嬢様が帝国に攫われるのを、何とか防ぎ切る事が出来た。


にしても、なんだよ『こぼれ種』って!?ふざけてんのかよ、帝国のクソ共が!!


内通者探索の為に、会場を離れていたから会う事は叶わなかったが、もし例の帝国のクソ皇子を目にしたら、クリス団長を甚振ってくれた礼も含めて、ギタギタにしてやっていたのに……!!


そういや俺、エレノアお嬢様を血塗れにしちまった事で、イーサン様がブチ切れていたから、絶対にきっついお説教を何時間もされるかと思ったんだよ。


けれど「時間が無いから」って言って、十五分程度で説教は終わった。

覚悟していただけに、肩透かしを食らったが、正直助かった。


あん時、牧場で張り切り過ぎて、あの場の連中全員感電させた事が、結果的にあの帝国のクソ野郎デヴィンの足止めになったってイーサン様が言っていたから、多分それに対するご褒美だったのかもしれないな。う~ん……。俺のやんちゃも、たまには役に立つもんだ!


……ってか最後に、「エレノアお嬢様をお守りしての殉死は称えるべき栄誉ですが、出来るだけ生きなさい。エレノアお嬢様が泣きます」って言ってたんだが……。あれって、俺に対する労わりと感謝の言葉なのか……?


後に、特別報酬貰ったから、労わりと感謝の言葉だったと確定した。……ってか、分かり辛過ぎんだよ!ったく!!





「うぅ~……。もう疲れた~!表情筋死んじゃうよ~!!」


お見舞いと称してやって来たお嬢様は、そう呟きながら、俺が寝ているベッドの上に乗り上げ、丸太が転がるようにコロコロしている。……しかも、俺の上で。


「ほらほら、お嬢様。よそ様のベッドでご迷惑ですよ。午後も視察ですし、そろそろシャッキリしましょう」


「分かっているけど~……」


このウィルって男……。面倒見良さそうな奴だよな。

そしてクライヴ様程ではないが、確実に『母』化していっている。


「ってかお嬢様、一応俺、男なんすけど?野郎のベッドでゴロゴロしているって、いくら俺が第三勢力だからって、ヤバくないっすか?」


「ティルだから、いいの!」


「あ、そうっすか」


……なんで俺だといいんだろうか……?


その謎の信頼感、真面目にどうかと思うが、騎士の誓いを立てた貴婦人からの信頼は、やっぱり凄ぇ嬉しい。……って、天井裏に潜んでいる奴らの声なき視線が真面目にウザいんだが?


お嬢様が俺に懐いてんの気に入らねぇからって、嫉妬の視線ぶつけてくるんじゃねぇよ!ってか、そこ!歯軋り止めろ!


あの帝国の襲撃の後、お嬢様は領地の視察の合い間を縫って、ちょくちょく俺の見舞いにやって来るようになった。


ご婚約者様方や王家直系の方々は、俺がイーサン様付きの『影』である事を知らされているので、こうしてお嬢様が俺の元を訪ねるのを黙認している。

まあ、最初はお嬢様が一人でやって来ていたんだが、俺と会話している内容が、微妙に牧場で話していた内容に近付いてきているのを、他の『影』達の報告で知るや、監視としてこの専属従者を張り付かせるようになったけどな。


お嬢様……。俺の上でコロコロしてるのって、疲れただけじゃなくて、お嬢様の言う所の『お腐れ話』を封印された鬱憤もあるんだろうな……。


んでもって、イーサン様からは「そろそろ現場復帰しろ!」とのお達しがあった。

……イーサン様。お嬢様が自分とこじゃなく、俺の所にばっか来るからって、嫉妬しないで下さいよ。





「あ~……にしても、お嬢様とこうして話出来んのも、あの人外のようなご婚約者様の美貌を堪能出来んのも、あと少しっすか~……」


王都行きを狙い、本邸の騎士達に決闘を申し込まれまくっている、あのエレノアお嬢様の専属従者の代わりに、お傍で護衛をしながら何気なく呟く。


エレノアお嬢様のご婚約者様方って、王太子殿下も含めて、人外レベルの美形揃いだから、真面目に目の保養なんだよな。……尤も、中身もしっかり人外レベルなんだけど。


するとお嬢様が、何かを決意したような顔をしながら俺を見つめた。


「……ティル。あの……ひょっとして、オリヴァー兄様の事、狙ってる?」


「……へ……?って、はぁ!?俺が!?」


「い、いくらティルでも……駄目だからね!?オリヴァー兄様に手を出したら、真面目に怒るからね!?」


精一杯キリッとしているお嬢様、マジ尊い。……じゃなくて、ちょっと待って欲しい!何でよりによって、俺が筆頭婚約者様を狙ってるって事になってんだ!?


「だって、クリス団長と同じ黒髪だし……。ティル、オリヴァー兄様見た時、「ヤバい」って口にしていたし……」


……お嬢様……。


「あのですね、お嬢様。俺は別に、黒髪フェチじゃねぇし、美形好みって訳でもねぇっすから!俺は押し倒し甲斐のありそうな奴がタイプなんっす!!オリヴァー様じゃあ、押し倒す前に消し炭になっちまうっしょ!?」


……他の護衛騎士達の視線が冷たい。


だが、ここはしっかり否定させて頂く!あの超絶ヤバイ筆頭婚約者様から俺の命を守る為に!!


「あ、そうだったの?」


「そうっすよ!万が一、タイプど真ん中だったとして、あんな恐ろしいお方に手を出す訳ねえでしょうが!」


一目見た瞬間から分かってたけど、あの筆頭婚約者様は激ヤバイ。


病み上司イーサン様よりもヤバイ奴、俺、初めて見たよ。あれは確実に、病み……いや、闇王子フィンレー殿下と同等かそれ以上の化け物だ。あれぞアルバ男の最終形態……ってやつなんだろう。


「ご、ごめんねティル。誤解して」


「いえいえ~!」


分かってくれればそれでいいんです。

見てないようで、しっかりこっちに向かって発せられていた、オリヴァー様の圧も引っ込んだし。


……にしても、お嬢様は本当に、第三勢力だろうが、病み属性だろうが、万年番狂いだろうが、元帝国人だろうが……。そんなの関係なく、笑って懐に入れてくれるんだよな。


「お嬢様ってさぁ……。本当、バッシュ公爵領そのものって感じっすよねー」


「え?それって、私がのんびり長閑だって事?」


「いや、そーじゃなくて」


俺みたいな、訳ありな奴でもおおらかに受け入れてしまう懐の深さや、青い空や緑溢れる大地のように、どこまでもキラキラ輝いている所。それと、めっちゃ癖のある連中に溺愛されて、けっこうカオスな所とか……。


本当、何もかも……全てが愛おしい。


「成程……な……」


自分が愛しいと感じるもの。きっとそれらをひっくるめたものこそが、イーサン様の言っていた『美しいもの』なんだろう。


俺はこれからも『影』として、お嬢様やバッシュ公爵領で生きている全ての人達を守って生きていく。


『美しいもの』をずっと、この目で見続けていたいから。



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ティル視点の閑話、ここで終了です。


次回からは、新章に移りますので、どうぞお楽しみに!

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