第402話 また来るね!

最後まで泣くのを歯を食いしばって我慢し、その場に集まった方々にそっと別れの言葉をかけた私は、行きと違ってイーサンに軽々と抱っこされながら、サロンへと戻る。


「……御免ね、イーサン。服、濡れちゃった……」


肩口に顔を押し付けていたから、私の涙でしっとりしてしまった事を詫びると、イーサンは、何故かちょっと嬉しそうに眼鏡のフレームを指クイした。


「良いのですよお嬢様。私の全てはお嬢様の為に存在するのです。どうぞ、ハンカチ代わりにでもなんでもお使いください。……いえ。お嬢様の為なら、雑巾になる事すら厭いません!」


いや、イーサン。雑巾って……。ドヤ顔で指クイしながら言い切る事かな?

というか貴方、どこ拭くつもりですか。


でもお陰で涙が引っ込んだよ。有難う、イーサン。


そんなこんなをしながらサロンに到着した私達を出迎えてくれたのは、兄様達やアシュル様だけではなかった。


「エレノア―!!僕の天使ッ!!」


私の姿を見るなり駆け寄って来たのは、アイザック父様。

だがすかさず、イーサンが私の身体をヒョイと高く掲げる。……しかも横にして。


「あっ!イーサン!!君って奴は!!ちょっ……くそっ!!エレノア寄越せっ!!減俸すんぞ!!」


父様が必死にピョンピョン飛び跳ねながら、鯉のぼりのようになっている私を奪取しようとするのを、イーサンが無表情でデフェンスする。……あの……イーサン。父様って、確か公爵家当主だよね?


「イ、イーサン?下ろしてくれる……かな?」


「…………分かりました」


長い『間』に、全ての不満を凝縮させ、本当に渋々といった様子で、イーサンは私をアイザック父様へと渡した。


「ああっ!エレノア!!君が無事で良かった!!……可哀想に。デビュタントを滅茶苦茶にされて辛かったね。……今はまた、ゴタゴタしているけど。落ち着いたら改めて、デビュタントのやり直しをしてあげるからね!?」


そう言いながら、私をぎゅむぎゅむと抱き締める父様に、私も一生懸命抱き締め返す。……でも待って欲しい。デビュタントのやり直しとか、私要りません。

父様、絶対に「傷付いたエレノアの為に、誰よりも素晴らしいデビュタントをー!!」って張り切って暴走するに違いない。しかも今回に限り、ストッパーになりそうなジョゼフも父様に乗っかりそうな予感がする。

なんならイーサンも、シレっとそこに参戦してきそうだし、兄様方やセドリックも言うに及ばず……。


最後の砦であるアリアさんも、そうなってしまったら流石に庇い切れないだろう。というか、王家側の参戦暴走を防ぐのに必死で、そんな余裕はないに違いない。


「父様、ご心配おかけして申し訳ありません!デビュタント、素敵なドレスも着れたし、皆と踊れたし。私はそれだけで十分満足です!」


「あああっ!!僕の娘が尊い!!」


「本当だな。流石は私の義娘だ!」


「ああ、本当になんて良い子なんだろうね。私も未来の義父として誇らしいよ」


――んん?あれ?この声……メル父様と、もう一人は誰……?


抱き締めてくる父様の身体越しに、首を伸ばして確認すると、こちらに向かってにこやかに手を振るメル父様の横に、黒を基調とした豪華なローブを纏った、艶やかな黒髪と翡翠色の瞳を持つ絶世の美丈夫が、やはりにこやかに笑顔を浮かべていた。……って、まさかこの方!?


「フ、フェリクス王弟殿下!?」


な、何故、ロイヤルファミリーの一角がここにー!!?


「エレノア、フェリクス王弟殿下は、ご子息であるフィンレー殿下の監視として、こちらに来られたんだよ」


声がした方向に顔を向けると、アルカイックスマイルを浮かべたオリヴァー兄様の横に、憮然とした表情のフィン様が立っていた。


「……父上やバッシュ公爵だけならともかく、なんでクソ親父……じゃなくて、クロス魔導師団長を連れて来なけりゃいけないんだ……」


フィン様ー!!また貴方、クソ親父発言をッ!あっ!メル父様の額に青筋が立った!!


「……フィンレー殿下。貴重な術式を体験出来るなら、宮廷魔導師団長として、そりゃあ乗っかりますよ。ええ、たとえそれが、常識知らずの青臭いクソガキであったとしてもね」


「父上。仮にも王家に仕える師団長なのですから、いくら事実であっても口にすべきではないかと……。まあ、まさに正論ではありますがね。ええ、激しく同意しますとも」


メル父様ー!!フィン様の、売ってもいない暴言、しっかり買わないで下さい!!そしてオリヴァー兄様も!しっかりそれに乗っからないでー!!


「ふふ……。メルヴィルも大概だけど、息子の方もなかなかどうして大したタマだね。ひょっとして隠れ病み……いや、闇属性かな?これじゃあエレノア嬢も苦労するねぇ……」


「うん。いつも苦労してるよ。筆頭婚約者が陰険腹黒束縛野郎だなんて、本当に可哀想だよね。しかも、その父親もアレだしさ」


フェリクス王弟殿下ー!!「喧嘩上等!」とばかりにフィン様とタッグ組んで、クロス親子を迎え撃つの止めて!!あああっ!赤い稲妻と黒い稲妻がぶつかり合ってる!!……あれ?アイザック父様、私を抱き締めたまま、いつの間にかオリヴァー兄様やフィン様達から距離取って、クライヴ兄様達の方に逃げてきてませんか?


「メル父さん、オリヴァー。そろそろ止めねぇと、エレノアに口利いてもらえなくなるぞ?」


「フェリクス叔父上、フィンも。いい加減にしないと、母上に言いつけるよ?」


呆れ顔のクライヴ兄様とアシュル様が、親子同士の対決に終止符を打つべく声をかける。すると四人ともが、瞬時に火花を散らすの止めた。どうやら脅しが通じたらしい。


その後、「そういえば、挨拶がまだだった!」と、メル父様、フィン様、フェリクス王弟殿下が、アイザック父様ばりに私をぎゅむぎゅむと、奪い合うように抱き締めてきて、心の中で「きゃー!」と悲鳴を上げる。私の鼻腔内毛細血管が瀕死状態ー!!これから騎士達や使用人の皆への挨拶があるのに、スプラッタ仕様はダメー!!耐えろー!耐えるんだー!!


「あ、あの……!そ、そういえば……グラント父様は?」


皆の抱擁を、真っ赤な顔で目を白黒させながら受けつつ、何故かこの場にいないもう一人の義父の名を口にすれば、セドリックがニッコリと笑顔を浮かべた。


「グラント様ね、ポチと散歩した後、こっちに来るんだって」


「え?ポチって、あの古竜エンシェントドラゴンの?」


「うん、そう」


聞けば、スレちゃんやニルちゃん、そしてディーさん達が乗って来た馬車は、リドリーやウィル達と共に陸路で王都迄帰還する為、グラント父様は万が一帝国の残党がいた時の用心の為、護衛として同行するんだそうだ。


でもだとしたら、フィン様達と一緒に来ればいいのに、なんでわざわざ古竜ポチに乗って来るのだろうか?


その疑問には、何故か誰も答えてくれなかったんだけど、後にどっかの大国の上空で、ドラゴンがくしゃみをした事により、軍事施設が一つ半壊した……と、風の噂で聞きました。……えっと……。まさか……ね?




「エレノアお嬢様!」


挨拶をする為、離れの正面玄関を出た私の前で、クリス団長を先頭に、整列したバッシュ公爵家の騎士達が、一斉に騎士の礼を取る。その後方には、本邸に仕えてくれている全ての者達が騎士達に習い、深々と臣下の礼を取った。

その中には、バッシュ公爵家に連なる家門の当主達もいる。


私は兄様達やイーサン達を伴い彼らの前に立った。


あ、アイザック父様ですが、当主がいきなり現れたら大騒ぎになるからって、今回は顔出ししないそうです。んで、後日改めてこっちに来る予定なんだって。


「皆さん、色々とお世話になりました。……残念だった事もあったけど、バッシュ公爵領に来る事が出来て、とても嬉しかったし、楽しかったです。バッシュ公爵家直系の娘として、皆さんに心からの感謝を。……どうかこれからも、バッシュ公爵領を宜しくお願い致します」


「はっ!我々の命にかけて!」


「今、この場にいる全ての者達の忠誠を、エレノアお嬢様とご婚約者様方にお捧げします!」


「お嬢様!また是非、こちらへお帰り下さいませ!いつまでもお待ちしております!!」


「お嬢様ー!こちらに帰って来た時にまた、『腐れた話』ってヤツしましょうねー!いいネタ仕入れとくっすからー!」


ちょ……っ!!ティル!それ言っちゃダメ―!!


案の定、ティルの身体が宙を舞い、私の頭はクライヴ兄様の手によって鷲掴みされた。


「こんの、バカ娘がー!!いつの間にアホな事喋っていたー!!」


「うきゃー!!いたたたたっ!!クライヴ兄様ー!!許して下さいー!!」


その場の全員が汗を流して見守る中、青筋を立てたクライヴ兄様と、アルカイックスマイルを浮かべたオリヴァー兄様、セドリックと共に、そのままズルズル引きずられて父様方やアシュル様達の待つサロンへと連行される。


うう……。なんとも締まらないお別れになってしまった。……まあ……でもしんみりするより、私らしい……かな?うん。



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バッシュ公爵領編は、閑話を2話程更新して終了です。

次は新学期編となります(^O^)

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