第401話 生きていれば、きっと
私が兄様達とまったりのんびり過ごした翌朝。
「お嬢様、こちらもどうぞ!」
「いえ、次はこちらを!一口だけでも構いません!!」
「う……うん。有難う。頂きます」
朝の食卓では、私が王都へ帰還する事を悲しみまくっていた本邸のシェフ達により、「一体どこのホテルビッフェだ!?」とばかりの料理の数々が、テーブルの上に所狭しと並べられていた。
私はそれを、一生懸命もっきゅもっきゅと口に運んでいるのだが、とにかく量が多くてどうにもならず、『申し訳ないな……』と思いつつ、せめてもと、出された料理を余す事無く口にする為、少しずつ皿によそってもらい、ひたすら食べまくっている。
勿論、兄様方やセドリック、そしてアシュル殿下も、食べ残しを嫌う私の為に、笑顔を引き攣らせながら料理を処理してくれているんだけど、食べてる端から別の料理が追加されていくので、全くもって追い付けていないのが現状だ。
「うう……っ!も、もうこれで、頬袋を一杯にしたリスのように愛らしい、お嬢様の食べっぷりを見る事が出来なくなるかと思うと……っ!!」
袖口で涙を拭うレスターさんの呟きに、他のシェフ達がうんうんと頷く。
……ちょっと待って下さい。私、そんなに食事にがっついていましたかね?あっ!油断した隙に、オムレツが追加提供された!……え?今度は中にキノコがどっさり?……くっ!そんなん、食べない訳にはいかないじゃないか!!
「お前、そんなんだから、ほっぺの膨れたリスって言われるんだぞ」なんてクライヴ兄様に呆れながら言われちゃったけど、美味しいんだから仕方がないじゃないですか!
いつもだったら、こうした暴走を抑えてくれる筈のイーサンも、私との別れが悲しいのだろう。能面のような無表情を浮かべながら微動だにせず私に張り付き、一言も発しない。まさに心ここに在らずといった様子だ。
だけど、私の口元をナプキンで拭いてくれたり、タイミング良くお茶を差し出してくれたりと、ウィルから無理矢理奪った、私のお世話だけはちゃんとこなしている。
あ、ウィルがハンカチ噛み締めながら、こちらを恨めしそうに睨んでいる。ごめんねウィル。
◇◇◇◇
朝食後。もう歩くのも億劫になる程、腹パンパンになりながらソファーで伸びていた私の元に、イーサンがとある人達の来訪を伝えに来てくれた。
「分かりました。すぐ行きます」
そう言って立ち上がった筈なのに……なんでイーサン、私の事を抱っこしているのかな?
え?歩くの辛いでしょう?いやいや、いくら腹が膨れて苦しいからって、抱っこは無いでしょう!?だからさっさと床に下ろし……うっ!そ、そんな悲しい顔で眼鏡を指クイしたって、駄目なものは駄目!当主代行としての威厳が地に堕ちます!
……ん?ちょっとなんですか兄様達?アシュル様も!その生温かい眼差し、止めて下さい!あっ!オリヴァー兄様が「威厳……?」って呟いたー!酷いっ!
そんな訳で、私はしっかり自分の足で歩きながら、イーサンと共に応接室へと向かった。
「エレノアお嬢様!!」
応接室に入ると、エルモア・ゾラ元男爵を含めた複数の男性達が一斉に立ち上がった。
そして片膝を床に突き、胸に手を充て頭を下げる。
「……皆さん、どうか顔をお上げ下さい」
そんな彼らに向かい、声をかける。……が、誰もがその顔を上げようとはしなかった。
「直系の姫であるエレノアお嬢様のご下命です。今すぐ顔を上げなさい」
そんな彼らに対し、イーサンの声がかかる。
鋭く叱責されている訳ではないのに、その口調や声音には、否やを許さぬ『圧』が含まれているように感じた。
そしてイーサンの言葉に従うように、戸惑いがちにゆっくりと彼等の顏が上がる。……くっ、流石はイーサン。私はまだまだ、修行が足らんな!
「……エレノアお嬢様。ナイル・クラークに御座います」
一番前で膝を折っている人が、徐に声を上げる。
クラークって……この人が、前騎士団長のジャノウ・クラークのお父さんか。
少しやつれた様子だが、全体的にガッシリとした大柄な体躯は、いかにも騎士の家系といった感じだ。それに、クラーク前団長……ジャノウさんに面差しがよく似ている。
彼は、ジャノウさんの遺体を受け取った後、泣きながら野に打ち捨てようとしたそうだ。
それを聞いた私が、「ちゃんと弔ってあげて欲しい!」と言ったお陰で、ジャノウさんの亡骸はクラーク家の墓に入る事が出来た……と、後にイーサンから聞いた。
「貴方がナイルさんですか。……あの、この度は……」
「……エレノアお嬢様。此度、愚息が仕出かした暴挙。我が一族全ての者の命をもってしても償い切れない大罪に御座います……。なのに……あのような息子に対し、なんというお慈悲を……!そればかりか、我が一族にも情け深いお心を向けて頂き、なんとお礼をお伝えすればよいか……!!」
私の言葉を遮る形となり、眉をひそめたイーサンに対し、私は黙って首を横に振った。
そして、ナイルさんや他の人達に微笑みながら頷く。すると皆の口から、堰を切ったように次々と声が上がった。
「私もそうです。なさぬ仲とはいえ、娘の犯した大罪は万死に値します。勿論、その家族である私も……。なのに……お嬢様は私の罪を不問とすると……。本当なら我が身を滅し、お詫びしなければならないのに……!!」
「我々もです!お嬢様!!」
「まことに……申し訳御座いません!!」
悲痛な声。……そして表情。
ここに集まっているのは、ジャノウさんやフローレンス様……そして魔眼で操られ、会場を襲撃した元騎士達の身内の人達。つまりは犯罪に走ってしまった加害者家族の人達だ。
「……いいえ。貴方がたを救ったのは、私ではなく、聖女様を含めた、王家の方々の深い慈悲のお心です」
今回、国王陛下はフローレンス様の罪を公にした際、こうも宣言された。
『此度、帝国の卑劣な罠に嵌り、罪を犯さざるを得なかった者達がいる。だが罪は罪。彼等に対する厳罰は揺るがない。……しかしながら本来、犯してしまった罪を償うのは彼等自身であり、彼等の一族、家門全てを連座で裁くのは、あまりに酷である。よってこれよりは、その者の罪を知った上で放置、もしくは助力していた親族や一門に対しては、通例通りに連座で罰を与え、それ以外の者達は、これまでの行いや、以後の身の処し方を見定めた上で、連座の罰を免ずるとする。これは被害を受けた聖女自身の強い希望であり、我々王家やそれに連なる家門、高位貴族全てはその思いを女神の御心とし、従うものなり』
今迄、アルバ王国では、何の罪も無い身内や一族までもが連座で裁かれる事が当たり前だった。
平民堕ちなどぬるい方で、特に今回のように『聖女様を襲撃』などという、アルバ王国にとって、これ以上は無い程の大罪を犯した者が一族から出てしまった場合……下手をすれば、一族全てが自死する……なんて事にもなりかねなかったのだ。
でも今回のように、自主的に相手を害そうとしたのではなく、操られた上での犯罪で家族まで罰するのはあまりにも惨い。
元々問題のある家ならともかく、何の落ち度もない家族や一族を、身分剥奪はともかく命にかかわる罪に問うのは間違っていると、私はダメ元でアシュル様に訴えた。
「ふふ……。やっぱり君は、バッシュ公爵家の娘なんだね」
「え?」
「バッシュ公爵もね、常々君と同じ事を言い続けていたんだよ」
なんと、父様も私と同じで、罪のない家族が罰を受ける事を疑問に思い、各方面に働きかけを行っていたんだそうだ。
「今回、『被害者』が母だったからね。父上達やバッシュ公爵にとって、絶好の機会到来って所だから、『聖女の慈悲』を利用し、一気に今迄の慣例を撤廃するだろう」
そうして、その言葉の通り、先の宣言に至った訳である。
「ただ……。慈悲とは言え、『犯罪者の家族』となってしまった貴方がたにとって、この措置は罰にも等しいと感じるかもしれない。ある意味、死に逃げた方が楽だと思う方もいるかもしれません」
そこで一旦、私は言葉を切った。
そう、今迄常識で当然だった事を、『聖女の慈悲』だからと素直に甘受するのは難しい。
責任感の強い人ほど、悩み苦しむのではないかと思う。……だけど、これだけはどうしても伝えたい……!
私は苦悶の表情を浮かべる彼等に向かい、微笑かけた。
「何故、このような苦しみを与えるのかと、恨む方もいるかもしれません。自らけじめをつけようとされる方も当然いるでしょう。……ですが私は……。いえ、罪を犯してしまった貴方がたの大切な人達が願うのは、愛する家族の『死』ではなく、『生』です。与えられた『慈悲』に誰よりも感謝し、涙しているであろう彼らの為に……どうか生きて下さい」
「――ッ!」
「お……お嬢様……!」
勿論、身内の罪により、残された家族に厳しい目が向けられる事は避けられないだろう。
でも生きていれば……頑張っていれば、必ずそれを認めてくれる人が現れる。笑い合える日がきっと訪れる。
「私の願いは、貴方がたを含めた領民全てが幸せになってくれる事です。その為に、私はこれから精一杯頑張っていくつもりです。……皆さんもどうか、私の力になって下さいね?」
「――……」
「う……。うう……っ!」
跪いた全ての人達が、堪え切れないとばかりに再び頭を垂れた。
静まり返った室内に、嗚咽と共に零れ落ちる涙が床を濡らす。
……大切な家族を失ってしまった。もしくはこれから失ってしまうであろう、この場にいる人達の心が、どうか救われますように……と、私は零れ落ちそうになる涙をグッと堪え、女神様に祈った。
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自分に厳しいアルバ男子。
彼等は、自分で自分を許すという事が何より難しい不器用さんだと思うのです。
だからこうして、手を差し伸べてくれる人がいるのは、なによりの救いとなるに違いありません。
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