第400話 まったりのんびり

「オリヴァー兄様、クライヴ兄様……。平和ですねぇ……」


「うん。とても気持ちがいい日だね」


「ああ……。本当だな」


ここは、本邸の敷地内にある湖(あったのか!)。


今日はここで、湖が一望出来る絶好のポイントに柔らかいラグを敷き、クッションをこれでもかと設置し、ピクニックもどきをオリヴァー兄様、クライヴ兄様と共に満喫しております。


あ、セドリックですが、彼は「新作のお菓子の出来がいまいちで……」と言って、厨房にこもっています。

なるべく急いで完成させて、後から追い掛けてくるそうです。新作お菓子、楽しみ!


「エレノアお嬢様、冷たいミルクティーですよ」


「ありがとう、ウィル!」


「セドリック様がおいでになるまで、少しお菓子を摘ままれてはいかがですか?」


「わーい!ミアさん、大好き!」


「エレノア、食べ過ぎちゃ駄目だよ?」


「はーい!オリヴァー兄様」


オリヴァー兄様が苦笑しながら、私の頭に口付けを落す。……兄様。いついかなる時でも、妹を萌え殺そうとするの止めて下さい!お陰でクッキーが喉に詰まりました。


ところで一見、私達だけがここにいるように見えるけど、ちゃんと騎士達や『影』達が、出来るだけ私達の目に触れないよう、細心の注意を払って護衛してくれているのだ。

皆さん、本当に有難う。そしてお疲れ様です。


「明日は、王都に帰るんだな……」


「そうですね」


私のすぐ横で、熱い紅茶を飲みながら呟くクライヴ兄様に対し、相槌を打つ。


そう。関係各所への慰問や挨拶回りを済ませた私は明日、いよいよ王都へと戻る。


「結局、ここに来た本来の目的である修行が出来たのって、半日にも満たなかったなぁ……」


そう。それもこれも、帝国の襲撃という、あまりにもスペシャルな邪魔が入ったお陰だ。

その所為で、私の聖女認定と同時に殿下方と婚約発表をする……という計画は、果てしなく遠のいてしまった。


王家側は「ふざけんなよ!!」とばかりに、帝国に対する殺意が嘗てない程に高まっているそうなのだが、兄様方はというと、帝国に怒髪天を突いているのは王家側と同じでも、婚約発表延期については「うん、めでたい!」と喜んでいるようだ。(そんな兄様達を見ながら、アシュル様が思いっきり青筋立てていたけど)


「はぁ……。明日はフィンレー殿下の顔を見なくちゃいけないのか……憂鬱」


私を膝の上に抱き上げているオリヴァー兄様は、私の髪に顔を埋めながら、本当に憂鬱そうにぼやいている。


いやいや、兄様。全員を王都に移動してくれる為に、わざわざ来て下さるんですから、そこはちゃんと感謝しましょうよ。


まあそう言う訳で、ここに来てから怒涛の日々の連続だった私達は、せめて今日一日ぐらいは何も予定を入れないで、まったりのんびりしようという事になったのだ。


アシュル様も誘ったんだけど、「いや、とても魅力的だけど遠慮しておくよ。最後の一日、オリヴァー達とのんびり楽しんでおいで」と、やんわり断られてしまいました。


やっと完全復活したアシュル様は、『王太子』として王宮に帰る迄の間、色々やる事があるのだそうだ。


……でもやっぱり、ちょっと気を使ってくれたのかな?と思う。口にも態度にも出してなかったけどね。


「その代わり、活力を頂戴ね」と言って、私をぎゅむぎゅむ抱き締め、最後にちょっと長くキスされ、うっかり鼻腔内毛細血管が崩壊しそうになりました。


傍にいたクライヴ兄様に寸での所で救出されましたが……危なかった。


「本気になったあいつアシュルは、状況判断と引き際が絶妙に上手いからな」


「ああ。流石はアシュル殿下だね。僕では私情が邪魔してしまうから……。少し見習わないといけないかもしれない……」


……なんて、兄様方が感心していたけど……貴方がた、何をどう見習うと言うのでしょうかね?


「それにしても、とうとう卒業か……。エレノアと一緒にいる時間が激減してしまうな。僕がクライヴの代わりに専従執事になる訳にもいかないしね」


ふぅ……。と悩まし気に溜息をつくオリヴァー兄様に対し、クライヴ兄様は「なに馬鹿言ってんだこいつは」って呆れ顔を向けている。

私はというと、脳内で執事服をビシリとキメたオリヴァー兄様の姿を想像し、『神だ……!』と、うっかり萌えていました。


そう、長期連休が明けると、オリヴァー兄様は晴れて王立学院を卒業する。勿論首席でだ。


本当はまだ長期連休は残っているんだけど、オリヴァー兄様の卒業に加え、王都に戻ってからは、本格的に帝国関連で色々動かなくてはならない。

それに私とセドリック、リアムも新学期で学年が上がるから、その準備もしなくてはならないのだ。


だから、ちょっと早めに王都に戻る事となったんだけど、それを聞いた時のイーサンの絶望顔が頭にこびりついて離れない。……イーサン、何だかんだ言って、王都邸にちょくちょくやって来そうな予感がします。


「……本当は君を、すぐ傍で守っていたいんだけど……」


オリヴァー兄様のその呟きに含まれた感情に気が付き、少しだけ胸が騒めいた。


兄様達も殿下方も、勿論父様方や陛下方も、本当は私が学院に通うのを止めて欲しいのかもしれない。


けれど、そもそも帝国に狙われているのは『私ではない』のだから、ずっと引きこもりになる訳にもいかない。それになにより、私も今更籠の鳥にはなりたくない。


皆も私の気持ちを分かってくれているから、籠の鳥にしようとはしない。……勿論、オリヴァー兄様もだ。


以前の兄様だったら、私を守る為なら、私が泣こうが喚こうが無視し、安全な場所に厳重に囲っていただろう。


それは確かに、私の身を守る為に正しい選択なんだろうけど、でも兄様達も他の誰も、その『正しい事』をしようとはしなかった。それはなによりもまず、私の『心』を守ろうとしてくれている事に他ならなくて……。嬉しくて、涙が出そうになった。


だからこそ、帝国が次にどのような手を打ってくるのかは分からないけど、私もただ守られているより、皆と一緒に戦っていきたい。そして出来れば帝国の誰かに一発ぶち込みたい。


『私は幸せ者だなぁ……』


ホクホクと、温かい感情に包まれていると、バスケットを片手にこちらへとセドリックがやって来るのが見えた。


「セドリックー!!」


手を振ると、陽だまりのような笑顔を浮かべながら、セドリックが手を振り返してくれる。


「エレノア、お待たせ!はい、これ」


靴を脱いでラグに座ったセドリックが、早速、持って来たバスケットの中から、真っ白いお菓子を手渡してくれた。


「うわぁ……!!有難う、セドリック!!」


それは彼が先日、「やっと完成した」と言っていた『大福』だった。


実はアリアさんから頂く予定のお米の量が、今回の『お詫び』として、倍増ししてもらえる事となったのだ。(無制限ではないところが流石しっかり者である)


ならばと、私はセドリックにお願いして、余裕が出た分をお菓子に回す事にし、作ってもらったのが『大福』だったという訳なのです。


私、前世では大福が大好物だったんだよね。で、本当ならもち米じゃないと難しいかも……と思いつつ、うろ覚えでなんとか米を米粉にし、ダメ元でセドリックに挑戦してもらったのだ。これぞまさに執念!


実は割と早い段階で、『餡子』は出来上がっていた為、小麦粉を使った『蒸し饅頭』や、今回手に入った粟を使った『粟饅頭』は既に完成していた。

でも、独特のもっちりした食感の『大福』は、作れなかったんだよね。


ワクワクしながら、まずは一口。……うん、塩気の効いた粒あんと、もっちりしているのにサックリとした歯触りのお餅との相性が絶妙だ!つなぎに使用した山芋(山間部の村で発見)がいい仕事をしている。


「美味しいよ、セドリック!流石はお菓子作りの天才!」


私が試食するのをちょっと不安そうに見ていたセドリックの顏が綻ぶ。

私は感謝を込め、彼に抱き着き、頬にキスをした。


「へえ……。面白い食感だね。……うん、相変わらずこの『アンコ』は甘さが上品で美味しいな」


「本当だな!初めて食べる食感だが悪くねぇ!この『アンコ』ってやつも、最初見た時は、泥団子かと思ったもんだがな」


あまり甘いものが得意ではないオリヴァー兄様も、饅頭や羊羹といった、素朴な甘みが特徴の和菓子はお気に入りである。

クライヴ兄様も同様に、和菓子を出すと他のお菓子よりも沢山食べてくれる。


「ねえ、セドリック!今度はこの中に苺を入れてみてくれる?」


「苺を!?……うん。でも案外イケるかもしれないな……」


セドリック、何気にしっかり職人の顏になってます。ふふ……。苺大福楽しみだな!


その後、私達は爽やかな風を受け、煌めく透明な湖面を見ながら、大福や他のお菓子を食べつつ、他愛のない会話を楽しんだ。


ちなみに後日談ですが。


試作品の苺大福をアリアさんに持って行った際、レシピを欲しがったアリアさんから、味噌と醤油の定期購入をセドリックがもぎ取る事となった。


その健闘を称え、セドリックのご褒美リクエストとして、私と二人きりで温泉に入る事となってしまったのだが、それはまた別の話である。




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婚約締結の条件である「どんなお菓子も再現する」という約束を、しっかり守っているセドリックです。

いずれ、煎餅を食べられる日も近いでしょう(´艸`*)

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