第399話 私は元気です!
「エレノアお嬢様ー!」
「お元気そうなご様子、なによりですー!!」
「あああっ!な、なんという愛らしさ!!」
「わーいっ!おじょうさまー!!」
「お嬢様ー!!こちらにもお慈悲をー!!」
あの帝国襲撃事件があってから、早四日。
私は今日も、あちらこちらと視察に赴いていた。……と言っても、やはりそこは安全性を重視して、城下町や城下町の周辺に限定してですが。
その度、熱烈歓迎とばかりに、歓声を上げながらこちらに手を振る領民の皆さんに対し、「有難う、有難う皆さん!これからもバッシュ公爵領を宜しくお願いします!」とばかりに、にこやかに笑顔を浮かべながら手を振る。……気分はすっかり、選挙カーで手を振る政治家です。
……ところで、何故こうして領民の皆さんの前で、「私、元気です!」アピールをやっているのかというと、勿論今回の帝国襲撃で不安になった領民達に向け、「主家の姫もバッシュ公爵領も大丈夫」と印象付ける為なのだが、実は更にもう一つ、理由があるのである。
――…帝国が今回の襲撃で利用したのは、クラーク前団長だけではなかった。
なんと、フローレンス様もその内に宿る『欲』を『魔眼』によって増幅され、クラーク前団長が狂人化する切っ掛けを作ったのだそうだ。
現在、彼女は行方不明なのだが、オリヴァー兄様曰く「間違いなく、帝国に連れ去られたのだろう」との事。
「あの娘は、君への身勝手な逆恨みゆえに、ジャノウ・クラークを唆して君を害そうとした。……だからアルバ王国は、彼女を助ける為に動かない」
アシュル様は、厳しい表情を浮かべながら私にそう告げた後、王家主導で彼女の罪状を発表する事も同時に教えてくれた。
そうして私がそれを聞いた翌日、『フローレンス・ゾラ元男爵令嬢は、主家の姫であるエレノア・バッシュ公爵令嬢を、聖女と共に帝国に攫わせる事を条件に、刺客をバッシュ公爵邸に引き入れる手引きをした。今現在彼女は、帝国の残党と逃走し行方知れずになっている』と、アルバ王国全土にフローレンス様の罪が公表されたのだった。
実際のところは、フローレンス様は逃げているのではなく、帝国に攫われたのだが、この『事実』を告知した事により、私は『主家の姫の地位を狙った元男爵令嬢により、デビュタントを台無しにされた挙句、帝国に連れ去られそうになった悲劇の公爵令嬢』となってしまったのである。
そしてそれによって、バッシュ公爵領内で僅かに残っていたフローレンス様の信奉者の目が一気に覚める結果となったのだそうだ。
正直、フローレンス様の事については心中複雑だけど、彼女が攫われた事以外はほぼ真実なので、クラーク前団長の事を思えば、流石に同情したりは出来なかった。
まあ、そんなこんなで、私は完全なる『被害者』となってしまった訳で、その結果、私を心配した領民の皆さんが本邸に押し寄せる騒ぎとなった為、こうして連日笑顔で手を振りながら「私は大丈夫です!」アピールをしまくっているという訳なのである。
「……クライヴ兄様、今日も沢山人がいますね」
「お前の姿を一目見たいと、辺境の村々からも領民達が巡礼にやって来ているらしいからな」
「何ですか、それ!?」
なんでも、私の無事を一目見る為と、私が出没したエリア(集積市場や牧場など)を巡るツアーが、バッシュ公爵領の密かなブームになっているんだそうだ。(どこの聖地巡礼だ!?)
ところで、私が視察に行く時は、毎回オリヴァー兄様、クライヴ兄様、セドリック、もしくはその内の誰かが常に私の傍にいる上、見えない所にあらゆる所属の『影』の皆さんや、騎士達が周囲を警護している。
しかも、それだけでは心配だからと、なんとバッシュ公爵家本邸だけでなく、視察する場所にまで防御結界が張られているのだそうだ。
それを聞いた時は、真面目に目玉が飛び出るかと思いました!
「僕とアシュル殿下とで合作した防御結界では、領土全体に張り巡らせる事が出来なかったんだ」
「力が及ばなくてごめんね」
そう言って、オリヴァー兄様とアシュル様が申し訳なさそうに謝ってくれたんですが……いやいや、城下町だけでも十分広いですよね!?本当に、何やってんですか貴方がた!!
え?探知に特化させる為、ごくごく薄くしている?殺傷能力は落ちるけど、その分広範囲に結界を広げる事が出来た?……というか、殺傷能力ちゃんと残している所に、私への
というかアシュル殿下、そんな事に協力しているから、いつまで経っても本調子にならないのではないでしょうかね?……え?その分、ちゃんと見返りがあるから大丈夫?
――……なんて言っていたけど……見返りとはなんぞ?
表情筋が笑顔で固定されたまま、領民に手を振りながらぼんやりとそんな事を思い返していた私は、ふと気が付いた。
――はっ!ひ、ひょっとして!?
今朝いきなりアシュル様が「今日は僕が君に朝食を食べさせてあげる」って言って、私を膝抱っこした挙句、キラキラ笑顔でお口にあーんという暴挙に出たんだけど、兄様達がそれに対して異議を唱えたり妨害したりしなかったのって……。つまりはそれが見返りだったのですか!?
そ、そんな……!!お陰様で今朝の朝食、最初の一口目から頭が真っ白になってしまって、気が付けばお腹いっぱいになってて、口をナプキンで拭いてもらったところの記憶しかないんですけど!?
しかも今日は、アリアさんから貰った、とっておきの白米を使ったおにぎり定食だったというのに、満足感はあれど全く味を覚えていない……!!くぅっ……!なんという事だ!!
「真っ赤になって意識が飛んでても、おにぎりを口元に持って行くと、しっかりパクパク美味しそうに食べてるんだもの。凄く面白かったよ。エレノアって、本当にお米が好きなんだね」
なんて、本当に楽しそうな笑顔でアシュル様に言われた時は、羞恥のあまり、地に埋まりたくなってしまいました。うう……。己の食い意地が憎い!!
ちなみに、今朝のメニューは、おにぎりとみそ汁、漬物(ピクルス)の和風定食で、おにぎりの具は、キノコと山菜の佃煮、豚肉の角煮、シンプルに塩のみ……の三種でした。
どれもこれも、料理長のレスターさんが、アリアさんの置いていってくれたレシピ片手に、全力で再現してくれたものである。
勿論、私も監修という名のつまみ食いをしながら「がんばれー!」って応援していました(その度、セドリックやクライヴ兄様に回収されていたけど)。
いや~……。それにしても、レシピを見ただけでこの再現度!レスターさん、流石はDNAを極めたアルバ男だ!今度是非とも王都邸に出張して、王都邸のシェフ達に、このレシピを伝授してあげて欲しい。
……え?出来ればそのまま王都邸でシェフとして働きたい?なんなら下っ端から始めても構わない?というか、あちらのシェフと料理対決してでも居座る気満々?いやいやいや、それはちょっと……ほら、他のシェフの人達も怒っているっぽいですよ。職場放棄は駄目ですって。
「料理長!抜け駆けする気ですか!?」
「当然、俺達も付いて行きますよ!!」
「一人だけ良い思いしようとしたって、そうはいきませんからね!?」
……んん?あれ?
「お前達……散れッ!!」
青筋立てたイーサンの一喝にシェフの皆さん、脱兎のごとく退場。
「全く……困ったものです!」
全力で眼鏡のフレームを指クイしているイーサンによれば、本家のあらゆる部署から、私に仕えたい人達が王都邸への配置換えを希望しているのだそうだ。で、その度イーサンが一喝して黙らせているんだって。
う、うん……。凄く光栄だし有難いんだけど、一応王都邸も人が足りているし……。あれ?そういえば最近、ウィルやシャノン達が、
「あ~、でも一番王都邸に行きたいのって、何を隠そうイーサン様なんっすよね!」とは、復活してから、忙しいウィル達の代わりに私の護衛をしてくれているティルの言葉である。(復活早いな!)
なんでもイーサン、赤ちゃんだった私が父様と一緒に王都邸に行ってしまった時は、よりによってジョゼフに対し、「そっちの家令の地位を渡して頂く!!」と勝負を挑み、完膚なきまでに叩きのめされた事があったんだそうだ。
その後も懲りずに、何度もジョゼフに挑んでは返り討ちに遭った結果、
……えっと……。でも確かジョゼフ、私の孫の代まで仕えるって言っていたような……。
「……まあ、夢ぐらいは見させてあげてください」
うん、そうだねティル。
『伯父と甥の骨肉の戦い再び』は私も見たくないし、このまま黙っている事にするよ。
それに、これからは頻繁に領地と王都を行き来する予定だし。勿論、帝国の件が片付いからだけどね。
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再びエレノア視点です。
イーサン、バブエレを取り戻す為(というより傍に居る為)伯父様(ジョゼフ)に勝負を挑んでこてんぱんにされた過去があったもよう|д゜)
ジョゼフは仙人になる予定なのですが、イーサンの明日はどっちだ!?
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