第398話 全く癒されないお見舞い【クリス視点】
「……ティル。お前、なんでここにいんの?」
僕は、自身に与えられた部屋のベッドに横たわりながら、サイドチェアにどっかりと座り、ムシャムシャと見舞いの果物を貪っている部下に対し、冷ややかな眼差しを向けた。
「えー?見舞いっすよ、み・ま・い!」
「へぇ……。見舞いねぇ……?そう言う割に、なんで手ぶらでやって来てんだよ、お前!挙句、
今現在ティルが腕に抱え込んでいる果物籠は、先程エレノアお嬢様が見舞いに来た時、わざわざ持って来てくれたものだ。
『他の果物はともかく、この苺はフリーズドライにしてあるから、腐るのを気にしないで、食べたい時に食べてね!』
そう言って、他の果物とは別にした、やや小ぶりの果物籠に山盛りにした苺を持って来てくれたのだ。
『……だというのに、このクソ馬鹿野郎は……!!』
隣に色とりどりのフルーツが盛られた籠があるというのに、なんでよりによって、真っ先にその苺から食っていくのだ!!嫌がらせか!?そうなのか!?だとしたら今すぐ滅びろ!!
「いや~、俺がお嬢様から頂いた分は、既に食っちまったし、あのまま自分の部屋にいると、ここぞとばかりに俺をボコりにやって来る連中がウザくって!……あ~、やっぱマジ美味い!本当、こんな最高なブツ生み出しちゃうお嬢様って、マジで女神様の御使い!」
「他の騎士連中が襲撃してくるのは、お前の日頃の行いのツケだろが!……ってかお前。まさかと思うが、見舞いと称してここに逃げ込んで来たんじゃないだろうな?」
「んな事、ある訳ないじゃないっすかー!も~、団長ってば!可愛い部下を疑うなんて、人間不信拗らせすぎ!」
いや、たった今お前、諸々自白したよな!?
「拗らせてないし、可愛い部下などこの場にいない!!いーから、それ返せ!!」
そう言いながら、ティルから苺を籠ごと奪い返す。
この苺はそもそも痛みやすい為、生の状態ではバッシュ公爵領の者とはいえど、そう容易く入手出来ない程の貴重品だ。
その為、一応高給取りである騎士になった今でも、滅多に口にする事は無かった。
だが、味は極上で取り扱いの難しいこの苺は、エレノアお嬢様の発案された製法により、このように画期的な商品として生まれ変わらせる事が出来たのだ。
お嬢様曰く『こういうの、品種改良……いや、違うか。ん-と……あ!『改善』って言うのかな?』だそうだが、まさにうってつけの言葉だと感心しきりだ。
味も良く、日持ちする上、見た目を裏切りスナック感覚で食べる事が出来る。
そのうえ、輸送コストもかからない上、様々な加工品に使えるであろうから、多少形や色が悪くても商品とする事が出来る。その結果、廃棄も殆ど出ない。
クリスは、奪い返した籠の中、半分以下に減ってしまった苺を一つ摘まむと、口元へと持っていく。
シャクッと、小気味いい音と歯応え、そして口腔内に広がる甘さ。
そのまま咀嚼していると、口の中の水分と合わさり、嚥下する頃には瑞々しい食感に戻った果肉が喉を滑り落ちていく。
美味しい上に、摩訶不思議な食感の変化をも楽しめる。この苺はきっと、今迄以上に価値が高まるに違いない。
しかもこの技術、他の果物だけではなく、加工食品にも応用出来るかもしれないというのだから驚きだ。
集積市場での構想といい……。バッシュ公爵家はまさに、エレノアお嬢様のお陰で、無限の可能性と、今まで以上の巨万の富を得る事が出来るに違いない。
騎士達や領民達が言う通り、まさにお嬢様はこのバッシュ公爵領にとって、豊穣の女神そのものだ。
苺を食べながら、そんな事をつらつらと考えていると、ふと視線を感じ顔を上げる。
すると、ティルがいつもとは違う真剣な表情で、こちらを見つめている事に気が付いた。
「……なんだよ?」
なんとなく居心地の悪さを感じ、眉根を寄せながらそう問いかけると、ティルは唇に微かな微笑を浮かべた。
「少しは、元気出たようですね?」
「――!?」
「あんた、周囲が思ってる以上に、一途で愚直で面倒くさいくらい不器用だからさ。未だに死んだ男想ってグジグジしていると思ったんだけど、安心しました。やーっぱ、エレノアお嬢様ってば、マジで偉大だわ!」
「……ティ……ル?」
常とは違った違和感を覚えながら、自分の目の前にいる男を見つめる。
いつものヘラヘラした口調や雰囲気は鳴りを潜め、何かを悟ったような表情や物言いは、達観した思考を持つ者のソレだ。
ふと、脳裏にアリステアの姿が浮かび、ティルと重なる。
寡黙だが、仲間思いで忠義に篤い騎士だと思っていた。なのに彼は帝国の間者で……。
「まさか……お前……」
そんな筈はないと思ってはいても、あまりにも普段とは違うティルの姿に、疑念と不安が湧き上がってくる。
そんな自分と目を合わせたまま、不意にティルの唇からフゥ……と、溜息が漏れた。
「……ダメダメっすね……」
「は?」
「いつもの団長なら、『はぁ!?何言ってやがる!!てめぇのような脳筋が、知ったような口利いてんじゃねえよ!!』って、口と一緒に手が出てるとこなのに……。パン粥みたいにふやけてて、拍子抜けっすよ!」
「……おい……?」
「いつものように俺を罵倒しているのに、傷付いた身体は思うように動かせられない……。そんな団長を強引にベッドにねじ伏せ、抵抗虚しく羞恥と屈辱に顔を歪ませる……って、最高のシチュエーション狙っていたのに!これじゃあ勃つもんも勃たねぇ!くっそう!どーしてくれるんっすか!?」
「…………」
ワナワナと、知らず身体が震え出す。
「……ティル……。お前……お前という奴は……!」
だが、そんな僕の態度を気にするでもなく、ティルは超良い笑顔でサムズアップした。
「って訳でぇ、弱っている今の団長は、押し倒し甲斐がないから襲いません!だから早く元気になって下さいね!」
ブチッと、何かがキレる音がした後、「ふざけんなーー!!」の怒声と共に、僕は渾身の一撃を食らわせ、ティルをドアごと部屋から叩き出したのだった。
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ティルなりの気遣いでした。
ですがクリス団長の言う通り、日頃の行いが災いしてしまったと……。ティル、ドンマイ!
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