第397話 癒されるお見舞い【クリス視点】

「クリス団長、お見舞いに来るのが一番後になってしまって御免ね?」


お嬢様のデビュタント……というより、帝国の襲撃から三日経った頃。エレノアお嬢様が従者を伴い、見舞いにやって来て下さった。


「いいえ、お気になさらないで下さい。私は目覚めるのが一番遅かったですし、お嬢様も色々とお忙しい身なのですから」


実際、あの帝国によるにより、動揺する領民達の為、お嬢様は負傷した者達への慰問や視察に駆けずり回っていたと、見舞いに訪れたネッド達から聞いている。


ご自身のデビュタントが台無しにされたにもかかわらず、領民の為にと必死に頑張っているお嬢様の健気なお姿を目にした領民達は、皆感動のあまりに涙を流して地にひれ伏し、未来永劫の忠誠を誓っているそうだが、その度、お嬢様が必死にそれを止めているらしい。


本来ならば、そんなお嬢様をお支えし、お守りするのが騎士団長としての僕の務めである筈なのに……。己の不甲斐なさが情けなくなってくる。


だが、用意された椅子に座ったお嬢様はそんな僕に対し、気にした様子もなく、ニコニコと笑顔を浮かべている。


「はいこれ!お見舞いのフルーツ盛り合わせ!そんでこっちは、例のフリーズドライにした苺。こっちは腐らないから、食べたい時に食べてね」


エレノアお嬢様が持って来てくれたのは、今が旬と言われている高級果物が、これでもかとばかりに盛られた籠。そしてそれよりも小ぶりだが、以前お嬢様が視察の際お作りになられた、乾燥(?)苺が山盛りに盛られた籠だ。


「ありがとう御座います、エレノアお嬢様」


「ううん、いいの。……クリス団長には、少しでも元気になってもらいたいから……」


「お嬢様……!」


気遣わし気にこちらを見ている、愛らしい少女の言葉に、胸が熱くなった。


ご令嬢……しかも、バッシュ公爵領を統べる主家の姫が、団長職に就いているとはいえ、家臣である騎士に対し、見舞いの品を下さったばかりか、こうして直接訪ねて来て下さるなんて……。今迄のこの国の常識からすれば、有り得ない事だ。


まあ、それもエレノアお嬢様だからこそなのだが。


もし、エレノアお嬢様を知らない人間がこの事を聞いても、「嘘だろう」と一笑に付すに違いない。仮に自分が聞かされた立場だったとしたら、間違いなく相手の正気を疑っているところだ。


「……クリス団長、平気?ちゃんと眠れている?」


エレノアお嬢様が、不安そうな表情で僕に問い掛けてくる。


多分それは、クラーク前団長の事だけでなく、腹心の部下の一人だったアリステアの裏切りに対し、僕が気に病んでいるのではないかと心配して下さっているのだろう。


アリステア……いや、確かデヴィンという名だったか。奴が帝国の間者であった事は、確かにショックだった。


だが、結果的に帝国の計画は破綻し、エレノアお嬢様は今こうして無事なお姿で僕の目の前にいらっしゃる。

だから、元部下に関しては、不甲斐なかった自分への戒めと切り替える事が出来た。


『……けれども……』


帝国の皇子の『魔眼』に操られ、道を踏み外したジャノウ・クラーク。彼の顏が脳裏をよぎると、今でも胸に刺すような痛みを覚える。


「……正直、クラーク前団長の事は、今でもキツいです。悪夢も見ます。……でも、エレノアお嬢様のお陰で、思ったよりも辛くないんですよ」


そう。これは本当の事だ。


最後の最後で恨み節をぶつけてやる事が出来たし……あんなに安らかに逝かせてやる事が出来た。

あの男がエレノアお嬢様に救われた事が、僕にとっても救いとなったのだ。


「だから……。エレノアお嬢様は気に病まないで下さい。貴女は何も悪くない。悪いのは帝国と、それに踊らされた連中です」


「クリス団長……」


ああ、ほら。やっぱり気にしている。

こんなに優しい人を苦しめない為にも、僕も色々吹っ切って、早く復活しないといけないな。


「クリス団長、色々溜め込んだりしちゃ駄目だよ?」


「お嬢様……?」


「大丈夫だって、自分で思っている程……大丈夫じゃない場合があるから」


「――ッ!!」


お嬢様の、宝石の様にキラキラと輝く瞳に一瞬影が過る。その事に、僕は息を飲んだ。


「愚痴でも相談事でも、言葉にして吐き出すだけでも違うから!あと少ししかここに滞在出来ないけど、私だって話ぐらいは聞けるよ?」


「……お嬢様……!」


ああ……そうだ。


このお方には、我々には言う事が出来ない深い事情があるのだ。

実際それは、帝国が狙っていたのが聖女様ではなく、エレノアお嬢様の方であった事実からも窺い知れる。


獣人王国の件といい、今回の件といい、エレノアお嬢様は今迄大変な目に遭われてきた。

しかも、今回の企みは退けられたとはいえ、帝国の脅威は去った訳ではない。


自分だって、沢山傷付いているだろうに……。なのにこの方は、自分の事よりもまず他人の事を心配し、手を差し伸べようとされるのだ。


御婚約者様方が、過剰な程にお嬢様を構い倒されている……と聞いているが、それは多分、お嬢様が余計なことにお心を向けないようにする為なのだろう。


『僕の“貴婦人”。……改めて、貴女への忠誠と、御身を生涯守る誓いを致します……!』


貴女が向けてくれる慈しみと愛情にお応えすべく、僕ももっと強くなって、貴女の事を守っていきたい。


そんな思いを胸に、エレノアお嬢様に微笑むと、エレノアお嬢様は一瞬で、分かり易い程真っ赤になってしまった。


……ああ、そういえばお嬢様って、極度の照れ屋さんなんだった。


「ク、クリス団長、あのねっ!ど、どうしても誰にも言い辛かったら、身近にいる人に、それとなく聞いてもらえばいいと思う!例えばティルとか……」


「お嬢様。ティルに何か話すぐらいなら、庭の池にいるカエルに愚痴った方がマシです!」


思わず、奴の名が出た瞬間、心がスンと凪いでしまった。


お嬢様、「そ、そこまで!?」って絶句していたけど、本当に奴相手になんか愚痴れません。そんな事をしたら、割と真面目に何かを失います。


「そ、それじゃあ……イーサンとか?」


「……イーサン様って……。お嬢様、真面目に僕を殺すおつもりですか?」


「えええ~!?イーサン、ああ見えて優しいよ?」と仰っているお嬢様。……いえ、優しいのは貴女様限定だと思われます。

あ、お嬢様の後方に控えていた従者が首を横に振っている。うん、お前は分かってくれているようだな。


「……そうですね。それじゃあいつか、お嬢様に聞いて頂けたら幸いです。その時は醜態を晒してしまうかもしれませんが、宜しくお願い致します」


そう言うと、お嬢様はキョトンとした後、「うん!いつでも言ってね!」と、嬉しそうに笑ってくれた。



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エレノアのお陰で、最大級のトラウマは負わずに済んだクリス団長です。

ひょっとしたらクリスさん、前団長に淡い何かを抱いていたのかもしれませんね。

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