第393話 持ちつ持たれつ

「エレノア。確かに今回、帝国の者達は君を狙った。その事により、殿下方や聖女様には多大なご迷惑をおかけしたのは事実だ。……でも君はあくまでも被害者なんだよ。だから何でも、自分が背負おうとしてはいけない」


私を抱き締めながら、優しく諭すような声をかけてくるオリヴァー兄様の言葉に眉根が下がる。


「でも兄様……!」


「そもそも、今回帝国が絡んできた事が決定した時点で、聖女様が君の代わりに狙われているという事にするって、全員納得のうえで決めていたんだよ」


「え……!?」


オリヴァー兄様の話によれば、まだ公に『婚約者』ではない私を守り、尚且つ国全体で帝国に対抗する為には、『狙われたのは聖女である』とした方が都合が良かったのだそうだ。

しかもこの事は、国王陛下方や父様方、ワイアット宰相様までもがご存じの上、誰もが賛同していたとの事だった。


「王家の覚えめでたきバッシュ公爵家を妬み、反感を持つ貴族達はそれなりに存在する。その中でも、年頃の娘を持つ高位貴族達は、王子殿下方のお気に入り・・・・・である君の事も良く思ってはいない」


……それはひょっとして、今回私の装いを貶しまくっていた、あのご令嬢方の家々……だったりするのかな?


「だから、君の方こそが帝国から狙われており、その結果、聖女様方を巻き込んだ……となれば、彼等は嬉々として、その責任を追及しようとするだろう。バッシュ公爵家の家名に泥を塗ると同時に、君を殿下方の『公妃』にさせない絶好の機会だからね」


「まーったく、ふざけんなだよな!たとえエルと婚約していなくたって、そんな連中の娘なんざ願い下げだっつーの!!……だが、そうなっちまうと、『大地の聖女』の称号も功を成さなくなっちまうかもしれねぇしな」


ディーさんが憮然とした表情で、そう言い放つと、オリヴァー兄様が同意するように頷いた。


「ええ。そうなってしまうと、殿下方とエレノアの婚約どころではなくなってしまうでしょう。まさに僕達にとっては願ったり叶ったりですが、帝国が動いた以上、殿下方とエレノアの婚約は成さねばなりません。……ええ、本当に、非常に残念ですが!」


オリヴァー兄様が、愁いを帯びた表情で、溜息交じりに吐露した本音を受け、ディーさん、フィン様、リアムの額にビキビキと青筋が立った。


「で、でもそれじゃあやっぱり、私とバッシュ公爵家が保身の為に、聖女様であるアリアさんを利用したという事に……」


「違うわよエレノアちゃん。……私はなんとしてでも、貴方という大切な『娘』を守りたかったし、絶対に息子達のお嫁さんになって欲しかった。当然、夫達も私と同意よ」


「そうだぜエル!俺達は絶対、お前を嫁にすんのを諦めねえ!それにお前を守れるんだったら、頭ぐらいいくらだって下げてやるよ!」


「王族がペコペコ頭下げてちゃ不味いんじゃない?……でもまあ、エレノアに関して言えば、僕もディラン兄上に完全に同意だね」


「エレノア、お前が負担に思う事はないんだ。母上の言う通り、これは俺達王家の勝手な我儘からやったんだからさ!それにお前にだったら、いくらだって利用されてやる!」


「アリアさん……みんな……」


いかん……!!またしても涙腺が崩壊しそう!


そんな私の頬に、オリヴァー兄様が優しく口付け抱き締める。


「分かっただろう?君は僕達婚約者にとっても、君の周囲にいる全ての人達にとっても、かけがえのない大切な存在なんだ。そんな君を守る為なら、僕らは何だってする。利用するしないなんて思わないで、君はその好意を素直に受け取るだけでいいんだよ」


「オリヴァー兄様……」


本当に、何で皆こんなに優しいんだろう。きっとアルバ王国の人達は、心も体も優しい成分で出来ているに違いない。


「まあ、そうは言っても君の事だから、何を言っても申し訳ないって思っちゃうんだろうね」


流石はオリヴァー兄様。私の事をよく分かってらっしゃる。


「……う~ん……そうだな。例えば殿下方が、君に使役されて悦びを見出す特殊性癖の持ち主だと思えばいい。というか、むしろ事実だし。ね?心の負担、減っただろう?」


「と……特殊性癖……」


いっそ清々しいとも言える程、キラキラしい笑顔でそう言い切ったオリヴァー兄様。

流石です。まさに不敬の極みマックス!どう考えても、本人達を目の前にして、堂々と言うべき言葉ではありません!


「おい……!黙って聞いてりゃてめぇって奴は……!いい加減しばくぞゴラァ!!」


案の定、ディーさんがこれでもかとばかりに、ビキビキ青筋立てている!


フィン様とリアムも「この陰険万年番狂いが……!!」「お前、エレノアの為ってより、ここぞとばかりに俺らを落したいだけだろ!?」と、ディーさん同様、青筋立てまくってますよ!!


アリアさんも「あらあら」って困ったような笑顔を浮かべて……あっ!何気に青筋一本発見!!ヒューさんやマテオも、笑顔だけど、全身から立ち昇る殺気が半端ない!!


オリヴァー兄様……。ひょっとして、ご自身が悪役になる事で、私の罪悪感や心の負担を取り除こうとした……とか?


……あ!クライヴ兄様が首を横に振っている。ガチで言っていましたか。そうですか。


うん、兄様。妹は心の負担が減るどころか、胃が痛くなりました。





『やれやれ。本当、なんでもそつなくこなしているようでいて、変な所が不器用な子ね』


アリアは、息子達とギャアギャアワイワイやり合っているオリヴァーを見ながら、そっと溜息をついた。


オリヴァーの言っている事は正しい。


エレノアは自分達全てにとって、誰よりも大切な少女であり、これから先、このアルバ王国の男女の在り方を根底から変えていくであろう、かけがえのない存在だ。


だからこそ、これから確実に色々な思惑に晒されるエレノアに対し、「王家を利用してやるんだ!」と割り切れる程に強かになって欲しいと思い、敢えて自分が憎まれ役を買って出ているのだろう。


……だが、そこはやはり『万年番狂い』の異名を取る、エレノア激ラブ男。


そういった思惑に、嫉妬のエッセンスがプラスされ、余計な事まで言ってしまうから、周囲だけでなく、当のエレノアからも、言ってる事が本心なんだとしっかり誤解されてしまうのである。


アリアがクライヴの方へと目をやると、なんとなく自分の考えを察したのか苦笑を浮かべ、軽く頭を下げている。


どうやらこの苦労性の兄は、ちょっと斜めに捻くれてしまった弟の気持ちがよく分かっているようだ。

流石はあのヒューバードが、ディランの女房役にと切望する男である。


アシュルはオリヴァーが、そしてディランにはクライヴが傍らで支えてくれれば、まさにアルバ王国の未来は安泰そのものだろう。

特にアシュルは将来、国王として、今以上の重責を背負うのだ。本音でいがみ合える側近など、ある意味とても貴重であるに違いない。


「本当、君ってムカつくよね!何かっていうと僕達に嫌味炸裂するし、不必要にエレノアにベタベタするし!」


「筆頭婚約者として当然の権利です」


気が付けば、言い合いは主にフィンレー対オリヴァーになっていた。


何かどこかで相通じるものがあるのか、はたまた前世で敵同士だったのか……。とにかくこの二人は仲が悪い。……いや、むしろ良い……のか……?

というより根底が似すぎていて、いわば同族嫌悪なのかもしれない。


母親としては、今迄友人らしい友人が一人もいなかった問題児フィンレーに、本音で罵り合える相手が出来た事は、ある意味喜ばしい事だと思えるのだ。


しかも、同じ少女を愛する者同士、切っても切れない腐れ縁で繋がっているから、どんなにいがみ合っても最終的には協力せざるを得ない。それに何と言っても、同じ『病み』属性だし……。



『“強敵”と書いて“友”と呼ぶ……って、前世の闘魂漫画でも描いてあったし。いがみ合いの果て、互いに親友と呼べる関係になっていってくれれば……』


「だいたい、ベタベタしていると仰いますが、僕とエレノアは他の誰よりも深く通じ合っているのです!つまりは一心同体!常に寄り添うのは当然の事です!!」


「何が一心同体!?というより、それ言ったら僕なんか、エレノア(の魔力)と一つになったんだからね!君より一歩どころか十歩ぐらい先に進んでるんだよ!?」


ビキッ……と、その場の空気が一瞬で凍る音が聞こえた(気がした)。


「……エレノアと……一つ……に……?」


「そう!しかも凄く気持ち良かった!」


「フフフ、フィン様ー!!」


「フ、フィンレー!?」


とんでも発言をドヤ顔で言い切った愚息に対し、エレノアとアリアは同時に悲鳴混じりの絶叫を上げた。


――……親友への道は、果てしなく遠い……。


アリアは遠い目をしながら、心の中でそう呟いたのだった。



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オリヴァー兄様を正しく理解しているアリアさん。流石は母親、視点が鋭い!

そしてやはりオタク気質なご様子w

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