第391話 今の私がすべき事

「聖女様……。そして、エレノアお嬢様。……有難う……御座います。我々一同、心からの感謝を……お捧げ致します!」


クラーク前団長が息を引き取った後、クリス団長が他の騎士達と共に、アリアさんと私に向かい、深々と頭を垂れた。


その直前に、一瞬だけど私を潤んだ瞳で見つめたクリス団長。


あの牧場での私の力を見知ってた彼は、『誰』がクラーク前団長を癒したのかを、きっと分かっているに違いない。


『クリス団長……』


敬愛する元上司を失い、自分だけではなく、仲間達の多くも重傷を負わされた。

しかもそれだけではない。腹心の一人と信じていたアリステアは、実は帝国の間者であり、裏切り者だったのだ。


その事実を知った時、彼はどれ程深く傷ついてしまうのか……。想像するだけで、胸が痛くなってしまう。


「クリス団長……」


思わず声をかけようとしたその時、別の声が割って入った。


「聖女様。御前失礼致します」


「イーサン……?」


イーサンは、アリアさんと私の前で片膝を突くと、右手を左胸にあて、床に頭が触れそうな程深く頭を下げた。


「聖女様。この度は このような事態に巻き込み、その尊き御身を危険に晒してしまいました。この身をもってしても償い切れぬ、許されざる大罪に御座います」


イーサンの言葉にハッとする。


「それにも拘らず、御身を危険に晒そうとした、大罪人たるこの男に対してまでも、大いなる慈悲をもって魂の救済をして下さいました……。当主並びにこの場の一同を代表し、心からのお詫びを申し上げると共に、我々一同の感謝と敬意を捧げさせて頂きます」


その言葉が終わると同時に、クリス団長を含んだその場の騎士達全員が、アリアさんに対し、最大級の騎士の礼を取る。

それに続き、オリヴァー兄様、クライヴ兄様、セドリック、家門の当主達……そして、この場にいた全てのバッシュ公爵家に連なる者達が、一斉にアリアさんに向かって跪いた。


「……エレノアお嬢様。今貴女様がすべきことは、失った臣を偲び、涙する事ではありません。恐れ多くも聖女様に仇を成そうとした大罪人を、我々の身内から出してしまった事に対し、真摯にお詫びする事なのです」


「……!!」


重く厳しいその言葉に、私は頭の天辺から爪先まで、冷水を浴びせられたような気持ちになった。


私はグイッと袖で涙を拭うと、居ずまいを正し、額を床に着く程に深々と頭を垂れた。


「聖女様。並びに王家の方々。我が領内から出してしまった逆臣による愚行の数々。当主代行として、我が全身全霊をもってお詫び申し上げます。家臣による罪は、当主代行たるこの私の罪。この大罪に対する処罰、どのようなものであってもお受け致します。この身をどうぞ、いかようにもご処断下さいませ」


静寂の中、私と共に俯いている騎士達や、その場に集まった多くの人達の息を飲む音が聞こえてくる。


そう。いくら私が許したとしても、クラーク前団長達の犯した罪は、許されざるものなのだ。


もしこの場にアリアさんが……そして、殿下方がいて下さらなかったら、悪鬼と化したクラーク前団長の手にかかり、どれ程多くの命が失われたか分からない。

そしてその結果、彼や他の操られた騎士達の親族やそれに連なる者達が、連座で処断されてしまったに違いないのだ。


いや、それよりもなによりも、国を統べる王家直系たる殿下方と、国の至宝であるアリアさんの命すらも危険だったのだ。


イーサンの言う通りだ


今、私のすべき事は、私の所為で傷付き、殺されかけた多くの人達に対し、地に頭を擦り付けて詫びる事だった。本当に……自分の甘さが今更ながらに恥ずかしい。


「……いいえ。バッシュ公爵令嬢。そしてバッシュ公爵家に連なる皆様方。顔をお上げ下さい。謝罪すべきは、私の方なのですから」


「え……?」


不意にアリアさんの口から出た信じられない言葉に、弾かれたように顔を上げた。


周囲の人達も、アリアさんの言葉に動揺する。


「此度の騒動……。帝国が私を狙った・・・・・が為に、エレノア・バッシュ公爵令嬢の一生に一度しかないデビュタントを台無しにしてしまいました。そればかりか、このバッシュ公爵領の方々の多くを傷付ける結果に……。たった今亡くなられたこの方も、帝国に操られた哀れな被害者。力及ばず、命を救う事は叶いませんでしたが、女神様の慈悲を願い、祈りを捧げる事になんの否やがありましょうか」


「な……なんと……!帝国が……聖女様を!?」


「そんな……!信じられない!!我が国の至宝を……なんという事だ!!」


国母たる聖女が帝国に狙われていた……という事実・・に、会場中にどよめきと怒りの声が上がった。


不意に、アリアさんと目が合う。


その瞬間、向けられた静かな微笑に、私はアリアさんの……王家がしようとしている事を察し、咄嗟に開こうとしていた口を閉じた。


「……このような事態を引き起こしてしまった咎は、むしろ私にあります。帝国に不穏な動きがあるとの報告は受けていたというのに……。退出の時を誤ってしまった……」


「皆、よく聞け!」


アリアさんの言葉に続き、ディーさんが高らかに声を張り上げる。


「先程、王宮より知らせが入った。数刻前、バトゥーラ修道院が帝国により、襲撃された!」


「――ッ!!」


「な……ッ!?」


招待客も騎士達も、事情を知っている私達以外の全ての者達が、ディーさんの口から伝えられた衝撃の事実にどよめき、声を上げる。


「幸い怪我人も無く、拉致された者もいなかったそうだが……。皆も記憶に新しいだろう。数年前、リンチャウ国が我が国の貴族達と手を組み、女性の売買を行っていた事を。……それに帝国が関わっていた事が、先日判明した!」


更に続く衝撃的な言葉に、誰もが言葉を失う。


「帝国は今現在、低下する出生率を上げんとし、己の属国のみならず、世界中に食指を伸ばし、女を得ようとしている。我が国の宝たる女性達は、彼等にとって特上の胎。更には出生率の低下を食い止める特効薬として、我が国の聖女をも狙ったのだ!バトゥーラ修道院の襲撃と合わせ、これは帝国の我が国に対する明確な宣戦布告である!」


凛とした声を張り上げ、高らかにディーさんが宣言する。

ま、まさか……このまま戦争に……!?


「……が、我々はあの野蛮な国とは違う。ゆえに、理知的に対処する事にしよう。……そうだな。まずはそれを証明する為、やんちゃ・・・・をした帝国の皇子の忘れ物・・・を懇切丁寧にもてなし、送り返してやろうではないか」


ニヤリ……と嗤いながら告げられたディーさんの言葉に、その場にいた全ての人達がその意図を察し、ディーさんに負け劣らぬ狂暴な笑みを浮かべた。


そしてそれを見た私はというと……。思わず全身ガクガクと震えてしまいました。


顔面凶器の大集団が浮かべる狂暴な笑み……まさに背筋が凍る程の恐ろしさだ。


「我々が揃って母たる聖女に付き従い、ここまでやって来た理由は、これで察してくれた事だろう。……バッシュ公爵令嬢。巻き込まれてしまった貴女と、このバッシュ公爵領の者達に対し、王家を代表して、心からの謝意を送らせて頂く。……恐い思いをさせた」


ディーさんが頭を下げると、フィン様とリアムが次々と頭を下げる。勿論、アリアさんも。


王族……しかも女神様の御使いであり、国母でもあるアリアさんが家臣である私に頭を下げている。それは王家の責を全面的に認めたという事に他ならない。

更にはここで互いの責を手打にするという、暗黙のメッセージでもあるのだろう。


――人の口に戸は立てられない。


例えこの場で緘口令を敷いたとしても、起こってしまった出来事は、いずれ必ず誰かの口から広まってしまうだろう。


だからこそ、この手打により、確実に上がるであろうバッシュ公爵家に対する批判を封じようとしたのだ。

もしバッシュ公爵家に対して責任を問えば、それはすなわち王家の責を問う事になってしまうのだから。


「……ッ……。……勿体なき……お言葉に御座います……」


私を守る為の優しい嘘に、涙が零れそうになってしまう。

それを堪え、私は深く頭を下げたまま、必死に振り絞った声で感謝の言葉を伝えた。



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エレノアの周囲は、優しく厳しい人達で溢れております。

そして、草食獣の皮が一瞬剥がれ、肉食獣たる姿が……(;゜д゜)ゴクリ

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