第389話 女神様、どうか!
フィンレー殿下に「もうそろそろ帰ろうか」と、軽く告げられ、気が付いたらズタボロになった会場に戻っていました。
ティルも思わずといったように「スゲー……」って呟いていた。うん、私もそう思う。いずれバッシュ公爵家にもこんな感じに「来ちゃった」とか言って現れそうだなこの人。
というよりフィン様の『闇』の魔力の底力、半端ない。こんな一瞬で移動……しかもティルを含めて何人も持ち上げているのに。
……フィン様。なんかレベル上がっていません?というより、「帰ろうか」で、いきなり目的地にペッとされるのはいかがなものでしょうか。凄いけど、出来ればワンクッション置いて欲しいです。いくらなんでも、いきなり人が現れたら相手がビビりますし、うっかり攻撃されちゃったらどうするんですか!?
……いやしかし、覚悟はしていましたが、物凄い壊れっぷりですな。
これは当分、皆で離れ住まい決定かも……って、あれ?皆が物凄い形相でこちらを凝視しているんですけど?
思わず「帰って来ました」と挨拶をした瞬間、会場中が絶叫の大合唱となってしまい、思わず「ヒッ!」と悲鳴を上げてしまった。
「ち、ちょっ……えっ!?」
「何故に!?」とうろたえる私に対し、「いや、君のその血塗れの服……」とフィン様が声をかけた直後、秒で傍にやって来たオリヴァー兄様に、久々にサバ折りを食らってしまいました。
「フィンレー殿下!!あ、貴方という方は!!あれ程エレノアを守って下さいと念を押したというのに……何故、何故このような事に!?」
まるで咬み殺さんばかりの形相でフィン様を睨み付けるオリヴァー兄様。
その後方には、クライヴ兄様、セドリック、ディーさん、リアムといった面々が……。あ、イーサンもいた!
でもなんか皆、物凄い形相で、顔面蒼白呆然自失って感じになってるんですが!?
「オ……オリヴァー……にいさま……!」
落ち着いて下さい!……と言いたいものの、サバ折り状態で上手く言葉が紡げない。
「フィンレー殿下!!聞いておられるのですか!?」
オリヴァー兄様が、なおも激情のままに、サバ折り続行中の私の身体をギュウギュウ抱き締め続ける。
……うう……に……にいさま……な、なんだかわたし……お花畑がみえるのですが……?
「うん、だから傷一つ付けずに守ったって。というか、むしろ今現在、エレノア死にそうになってるけど?」
フィン様に冷静にツッコまれ、自分の腕の中で酸欠状態になってグッタリしている私に気が付いたオリヴァー兄様が、大慌ててサバ折りから私を解放する。
「ご、ごめんエレノア!!い、痛くない!?って、痛いか!じゃなくて、その……あ、頭の中が真っ白になってしまって、ついっ!!」
「だ……だい……じょぶ……ッ……です……」
スーハースーハー呼吸を確保し、息も絶え絶えになりながら、この血はティルのです。私は無傷ですと説明する。
その途端、オリヴァー兄様並びに、クライヴ兄様達が、ハーッと安堵の溜息をついたり、歓喜の涙を流したりしながら片膝突いて、女神様に祈りを捧げる。(やめて!)……うん、主に泣いたり祈りを捧げたりしているのは、バッシュ公爵家家門の方々だね。
「ってかさぁ、もし本当にエレノアが大怪我していたとしたら、絶対今のでとどめ刺していたよね。君って本当、エレノアの事になると、途端にダメダメになるね。というよりバカ?もうちょっと冷静になったら?筆頭婚約者の名が泣くよ」
「くっ……!!」
ああっ!久々にフィン様の毒舌炸裂!オリヴァー兄様、青筋浮かべて物凄く悔しそうだけど、何気に正論だからか言い返せないでいる。
イーサンは、フィン様の触手にグルグル巻きにされ、宙をふよふよしながら、「さーせん!」とヘラヘラしているティルを見上げながら、「……事情を聞いたのち、躾ですね」と言って、眼鏡のフレームを力強く指クイしていた。って、ちょっ……!こめかみに浮かんだ血管の数、ヤバ過ぎ!
イーサン、ティルあれでも重症だから!私を守ってくれたがゆえの大怪我だから!今回は見逃してあげて!お願い!!
そんな中、ふとティルの表情が鋭いものへと変わった。
「……ジャノウ・クラーク……」
「えっ!?」
慌ててティルの視線の先を見てみると、こちらを安堵の表情で見つめている沢山の人達の向こう側……。遠目でも分かる程にボロボロな状態になった人が、床に寝かせられているのが見えた。
そしてその傍らには、必死に祈りを捧げているアリアさんと、クリス団長達の姿が……。
そういえばアリアさん、悲鳴を上げてこっちに来ようとしていたけど、多分フィン様が取り乱していなかったのを見て、瞬時に察したからか、こちらに来る事はなかった。
そうだよね。だって、あんな怪我人を置いてこっちになんて……。
そこまで考えてから、思わず駆け出す。それはもう、無意識だった。
「エレノア!?」
オリヴァー兄様の声にも振り返らず、アリアさんの元へと走る。
集まっていた沢山の人達が次々と私の為に道を開けてくれる中、辿り着いた先には、先程まで帝国の少年に操られ、戦わされていたクラーク前団長の変わり果てた姿があった。
「クラークさん!!」
思わず口を手で覆い、震えてしまう程に、彼の状態は最悪と言っていいものだった。
悪鬼のごとく、異形になってしまっていた外見はそのまま。
そして、私とフィン様が吹き飛ばされた時に放っていた、魔力暴走の所為だろう。身体の半分近くが崩れており、しかも残った部分すら、無数に負った傷からボロボロと炭化して崩れていっている。
アリアさんが必死に癒しの魔力を注いでいるが、崩れていく身体を止める事は出来ていないようだ。多分だが、その癒しの魔力にはアシュル殿下の力も注がれているに違いない。なのに崩壊が止まらないという事は……この人は、もう……。
「……エレノアお嬢様。この男は、貴女様に許されざる罪を犯した大罪人。このような事をお願いする事自体、間違っているのは分かっております。……ですが、どうかお慈悲を!死に逝く前に、どうか一言、声をかけてやって下さいませ!……ッ、どうか……ッ!!」
クリス団長がポール達に支えられながら、私に向かい、片膝を突いて頭を垂れる。
唇を噛み締め、ふり絞る様な声での懇願。それに呼応するように、その場にいた騎士達が次々と私に対し、主君に対する騎士の礼を取った。
「…………」
私はグッと唇を噛み締めた後、その場に膝を突く。そしてクラーク前団長の崩れていく身体にそっと手を置いた。
まるで乾いた土塊が風に吹かれるように、崩れ落ちていく身体。その色はまさに土気色で、目も固く瞑っていて……でも、触れた身体はまだほのかに温かかった。
それは彼がまだ、確かに生きているという証に他ならなくて……。
『ジャノウ・クラーク前団長……』
私は、彼がバッシュ公爵領の騎士団長だった頃の事を、何一つ知らない。
確かに彼は罪を犯した。けれど、クリス団長を含め、この場にいる騎士達の誰もが、死に逝く彼を思って悲しんでいる。それは彼がどれ程騎士団長として、バッシュ公爵家を……いや、バッシュ公爵領を守る為に頑張ってきたのかを教えてくれている。
それなのに……。ただ、一人の女性を愛した。それだけだったのに……。
彼はその恋心を利用され、まるで使い捨ての兵器のように、こんなにもボロボロにされてしまった。
そう、彼は私を手中に収めようとした、帝国の思惑の犠牲にされてしまったのだ。
ポロリ……と涙が頬を伝い、クラーク前団長の身体にポツポツとこぼれ落ちる。すると涙が落ちた個所が、ほんの少しだけ金色に淡く光った。
「――……え?」
「エレノアちゃん……?」
アリアさんが、戸惑うような表情を浮かべながら、私の顔を見る。
その間にも、涙が落ちた場所を起点に、ゆっくりとだが、クラーク前団長の乾いた土気色の肌が、徐々に元の肌色へと戻っていく。
これは……これはまさか、『大地の魔力』!?
「おおっ!ようやく、聖女様のお力が効いてきたぞ!!」
不意に誰かがそう叫ぶと、私達の周囲にいた人達が、次々にその言葉に続いた。
「見ろ!あの呪われた身体が、元通りになっていく!」
「異形と化していた容姿もだ!苦しそうだった表情も、穏やかなものに変わっていく!まさに女神様による慈悲だ!」
「聖女様、万歳!!」
皆が、アリアさんの『聖女』の奇跡を目の当たりにし、興奮に沸き立つ中、アリアさんがそっと私の手の上に、自分の手を重ねた。
すると、私達の……いや、私の手から、淡い金色の光が広がっていく。
きっと周りの人達が見れば、アリアさんの『聖女』の力が、この人の身体を元に戻していっているように見えるに違いない。
私は心の中で、女神様に必死に祈りを捧げた。
『女神様……!どうか、この人の魂をお救い下さい……!!』
淡い金色の光は、異形のように変わり果てた見た目や土気色だった肌を元通りの姿へと戻していく。だが残念ながら、身体に負った傷や、欠損した場所は癒える事はなかった。
「……ッ……」
やがて、クラーク前団長の、固く閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。
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エレノアの大地の魔力発動しました!
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