第386話 消滅した力

――エレノア・バッシュの傍らにいるのは、あの第三王子一人だけ。


いくら『闇』の魔力保持者であるとはいえ、他の連中と違い、本気で魔力量だけが取り柄の男だ。アレが相手なら、デヴィンが見つけ次第始末する事が出来るだろう。


「つまり、『こぼれ種』……エレノア・バッシュを確保するのは、ほぼ確定事項……」


思い描いていた通りにはいかなくとも、最終的には計画通りに『こぼれ種』を得る事が出来る。


その後、事実を知った目の前の男オリヴァー・クロスは、どれ程の絶望に塗れるのか……。想像するだけで昏い愉悦がこみ上げてくる。


そこでふと、他の『兄弟』の事を思い出した。


『なあ、シリル。お前の計画に、私も噛ませてもらってもいいか?』


そう言って、アルバ王国内で最も警戒が厳重とされる、バトゥーラ修道院への襲撃を提案してきた、すぐ上の異母兄。


彼は、母がアルバ王国から連れて来られた、魔力の高い平民の女で、その魔力量に興味を持った皇帝が、手慰みに傍に置き、作った子供だった。


『魔眼』持ちではあるものの、血統が劣る平民から生まれたという事で、兄弟達の中では皇位継承権が最も低い。

だが兄自身はそれを気にかけた風でもなく、寧ろ『身軽でいい』とばかりに、己の気の向くままに遊び暮らしている享楽主義者だ。


そんな兄が、何故そんな提案を?と、疑念を抱いた自分に対し、兄は楽しそうに笑いながら、その理由を語った。


『『こぼれ種』……とはいかないまでも、あそこには高魔力の女が多数収監されているだろう?そのうちの数人でも掠め取れれば御の字だ。しかもあそこって、性格最悪な女ばっかりだって言うじゃないか』


あの兄は、高飛車で我儘な女を、「躾」と称して隷属させ、服従させるのを何よりの楽しみとしている。

つまり自分と共闘すれば、王族の注意と戦力を分断出来て、兄自身にとっても好都合なのだろう。


だが、いくら享楽主義者とはいえ、あの・・修道院に奇襲をかけるなど、普通で考えれば狂気の沙汰だ。


でもだからこそ、万が一にも収監されている娘の一人でも得る事が出来れば、兄の評価は格段に上がるに違いない。


『あまり帝位に執着のないように見せてはいたが……。最有力候補の一人とされる自分に、そんな取引を持ち掛けてくるのだ。やはりそれなりに帝位への思いがあるのかもしれない』


まあ、アルバ王国一、難攻不落とされる監獄を襲撃しようなどと、やはりただの享楽主義ゆえかもしれないが。


こちらが動く為の、良い目くらましになるかもしれないと、自分は兄の提案を飲む事にした。


尤もあちら王都には、王家直系達の他に、『世界最高峰』と謳われる魔導師団長や、『ドラゴン殺しの英雄』までもがいる。

兄の計画が成就する事は限りなく低いだろう。


……そう思っていたのだが。


驚くべき事に、襲撃は辛うじて成功したようだ。


皮肉な事に、『こぼれ種』がいるこちら側バッシュ公爵領に王家関係者が集結してしまった事が、成功の後押しになったのかもしれない。

だとしたら、利用されたのは寧ろ自分の方だったのではないだろうか。


『兄も女を得る事は出来ずとも、この国の連中に一泡吹かせたという意味では評価を上げただろう。……まあ、『こぼれ種』を得た僕には及ばないだろうがね』


「さて……。そろそろ、この男ジャノウにも、最後の仕事をしてもらおうか……」


半壊したその身体を起爆剤とし、残った魔力と生命力を燃やし尽くさせる。


この男は、腐ってもアルバ王国の騎士……それも上位の魔力保持者だ。その生命力を持ってすれば、この建物が半壊する程の威力となるだろう。

しかもデヴィンの『魔眼』により、魔力妨害を起こしているこの場の連中では、防御結界を張る事は出来ないに違いない。


……いや、『聖女』ならば出来るのかもしれないが、この建物全体に守護の力を放出する事は不可能に近い。


『それにしても、あの『聖女』……惜しいな。膨大な『光』の魔力に加え、あの絶世の美貌。『こぼれ種』と一緒に帝国に連れて行って皇帝に献上すれば、更に僕の評価が上がるだろうに……』


そんな事を考えながら、ジャノウに最後の仕掛けを施そうとした次の瞬間、突如として会場を覆っていたデヴィンの『力』が消失した。


「――ッ!?何だ!?」


突然の事に動揺する。何だ!?一体何が!?


ゾクリ……と、凄まじい悪寒が全身を覆い、慌てて我に返ってみると、解放された魔力がそこかしこで噴き上がり、凄まじい勢いで操り人形達が倒されていく。


そして……。


「――ッな……っ!!」


目の前の、『狂人化』していたジャノウの身体に、凄まじいばかりの『火』と『水』の魔力が襲い掛かり、その身体が瞬く間に崩れていく。


『不味い!このままでは……!!』


『魔眼』の魔力で、己に襲い掛かる魔力の嵐を防ぎながら、嘗てない程の身の危険を感じ、身体が震える。


ジャノウの魔力と生命力を爆発させようにも、次々と致命傷を負う事により自己再生が発動してしまう為、魔力も生命力もどんどん目減りしていってしまっている。多分、現時点で爆発させたとしても、大した威力にはならないだろう。

いや、そもそも攻撃を防ぎ切れず、防戦一方となってしまっている今現在、そんな事をする余裕がない。


「駄目だ……!くそっ!ここまできて!!」


デヴィンの力が解除されたのは、こちらに力を回す余力が無くなったという事。ならばあちらに思わぬ伏兵が現れたに違いない。


ただでさえ強かったアルバの精鋭達が、魔力までも使えるようになってしまえば、いくら自分の『魔眼』を持ってしても多勢に無勢。なんとも口惜しいが、ここは撤退すべきだろう。


「――え!?ど、どういう事だ!?」


潜ませていた術者達に、『転移』の指示を出せど、なんの反応もない事に動揺する。


「こちらの方々をお探しでしたか?」


静かな声と共に、黒い『何か』を視界の端に捕らえる。


慌ててそれに目をやれば、黒くうねる紐のようなものに全身巻きつけられた術者達が、四肢をダラリとさせながら宙に漂っていた。

それと同時に、執事の服装に身を包んだ壮年の男が、こちらに向かって恭しく礼を取っているのが見える。


「我が国の第三王子殿下……とまではいかずとも、私の『闇』の魔力も、そこそこ使えるので御座いますよ。お初にお目にかかります。帝国第四皇子シリル様。ご機嫌麗しゅう」


まさに慇懃無礼と言えるその態度。


ゆっくりと顔を上げ、眼鏡のフレームに指をかけるその男こそ、帝国上層部にその名を知られる、バッシュ公爵アイザックの懐刀。家門全てを裏で統べる総帥……イーサン・ホール。


『しまった!こいつも『闇』の魔力保持者……!』


第三王子程の化け物レベルであっても、デヴィンの『魔眼』で押さえる事が出来た。だからこそ、こんなにも近くに居た脅威を失念していたのだ。


まさかこんなに瞬時に、潜んでいた術者を捕らえるとは。しかも、認識阻害の防御を施していたであろう者達を、こうも容易く……。


「よそ見をして考え事とは、随分と余裕だな?」


凪いだ声がかかる。


『――紅……?』


視界一杯に、目も眩まんばかりの炎の幻影が乱舞したその直後、灼熱の痛みが全身を襲った。



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シリル、自意識過剰ゆえに、捕らぬ狸の皮算用をした挙句、自滅しましたね。

そして、シリルの腹違いの兄も出てまいりました!

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