第385話 三つの誤算
ジャノウの生命力を燃やし爆発させ、その攻撃を放った隙に、エレノアを奪おうとシリルは画策した。
だが寸での所で奪取に失敗したばかりか、オリヴァーの放った鋭い蹴り技をまともに受け、勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「ガハッ!!」
どうにか受け身を取り、体制を整えたものの、骨が数本折れたらしい激痛に顔を歪める。急ぎ、『魔眼』で己の痛覚を鈍らせる。
「ディラン殿下、リアム殿下、ヒューバード殿と共に、聖女様の御身をお守り下さい!……ここは僕とクライヴにお任せを!!」
「おう!分かった!!」
「了解した!!」
「オリヴァー兄上!僕もご一緒に!!」
「セドリック、お前は殿下方と共に聖女様をお守りするんだ!……僕達にいざという時があったら、殿下方と共にこの場を頼む!」
「――ッ!……はいっ!!」
オリヴァー・クロスが周囲に向かい、的確な指示を出す。
この場において、最も早く潰すべきは『聖女』であり、最も御し易いのは、あの茶色い髪の少年。
それらを最強の布陣で守る体制を取らせる。
愛しい妹が目の前で消えても動揺する事なく、恐るべき胆力で最善の行動を取る。なんとも厄介極まる男だ。
「僕達から愛しいエレノアを奪おうとする、薄汚い害虫め……!覚悟してもらおうか!」
『刀』という名の片刃の剣に、膨大な魔力と殺気を込め、こちらを睨み付ける、エレノア・バッシュの……いや、我が帝国の『こぼれ種』が、最も愛しているとされる二人の婚約者達。
「いくぞ!クライヴ!!」
「おう!!」
一気に放たれる攻撃を、ジャノウがその身で受け止める。
「この僕の身体に傷をつけただけでなく、虫呼ばわりとは……。ジャノウ!お前の力と生命力を全てかけ、そいつらを始末しろ!!」
既に半分崩れかけている
アルバ王国の男風情が、帝国の皇族に傷を付けるなど……決して許さない!その命で贖わせてやる!!
「グルァアアアー!!」
命令に呼応するように、ジャノウの口から咆哮が上がった。
◇◇◇◇
『この帝国の在り様を失いたくなくば、アルバ王国に手を出す事はまかりならぬ』
遥かなる昔。時の王が言い残したとされる言葉。
それは国の核たる皇族の間で、密やかに語り継がれてきた国是であり、不文律でもあった。
……だがそれも、時を経るにつれ形骸化されていき、『異世界人召喚』が行えなくなり、衰退の影が国全体にゆっくりと広がり始めた今現在、不可侵の不文律は完全に破綻した。
帝国人の中に根を張る、自身の血統と『力』に対する絶対的な誇りと奢り。
その苛烈な帝国至上主義は、他者に対する侮りと選民意識に繋がる。
そしてそれは、
帝国は己らの持つ強大な『力』により、長きに渡って『異世界人召喚』を行い、好きなだけ力を持つ女を得ていた。
逆に、種を繋げる為に女の機嫌を取り、媚びへつらっているようにしか見えないアルバ王国の現状は、哀れで滑稽にしか映らなかったのだろう。
どの国よりもアルバ王国を警戒しつつも、その存在を一段下に置き、公然と見下す。
その歪さこそが、帝国の弱点となっている事にも気が付かずに……。
◇◇◇◇
『……チッ!くそっ!』
あの時、オリヴァー・クロスの挑発に乗らず、ジャノウの生命力を爆発させ、すぐに撤退していれば……と後悔するが、既に後の祭り。
撤退のタイミングを掴めず、未だに目の前の連中と対峙する羽目になってしまった。
『まさか、こいつらがここまで強いとは……!!』
ギリ……と、奥歯を噛み締める。すると切れた唇から再び出血し、錆の味が口腔内に広がる。
帝国はこの世界において、アルバ王国を最も警戒している。その最大の理由は、彼等の持つ膨大な魔力量であった。
帝国人は、元々の高貴な血統に加え、異世界人達の血を多く取り込む事により、その能力を次代に繋げていった。
だがアルバ王国の者達は、祖に尊き血統がある訳でも無く、ましてや異世界人を使って能力を高めた訳でもないのに、王国貴族やそれに準ずる者達、果ては一般市民に至る迄、膨大な魔力を保有していた。
その事実こそ、帝国が真正面から武力衝突を避け続けた理由である。
そして、その元々高かった魔力量に加え、希少な『女』に選ばれ、自分の種を繋げる為だけに、己の容姿と魔力を磨き続けてきた結果、副産物として、高魔力保持者達が誕生し続けたとされている。
実際、潜ませていた間者達やデヴィンからの報告によれば、騎士達等の戦闘員は、その膨大な魔力を用いて戦闘力を高め、『魔眼』に劣る能力を補っている……との事であった。
ならば、そのご自慢の魔力を封じてしまえば、残されるのは無駄に高い容姿の美しさだけ。
魔力が使え、尚且つ『狂人化』した騎士一人だけでも、一瞬でケリがつく。……そう思っていたのに……。
『実際は、デヴィンの『魔眼』で魔力妨害をしても、ここまで苦戦を強いられてしまった!』
まず、誤算だったのは、その魔力量を見誤っていた事だ。
確かに直接魔力を発する事が出来なくなったものの、その魔力を剣に移し、戦うという変則技をやってのけた。
魔力を直接使うのとは威力が半減するものの、普通の剣や体術ではかすり傷一つ負わせる事の出来ない筈の『狂人化』した相手や、狂人化していないまでも命の危機を顧みず、生命力と共に魔力を放出している『操り人形』達とも対等に戦えているのだ。
しかも、戦闘慣れしていないであろう、会場中の貴族達もが……である。
更には、魔眼の天敵たる『光』の魔力を持つ聖女の力だ。
同じく天敵と言われる『闇』の魔力は、さほど脅威ではなかった。だが、デヴィンの『魔眼』の力を、聖女は限定的とは言え、打ち消して見せたのだ。
しかも強大な『闇』の力を持ち、容易く転移門を作り出せる第三王子の力を一時的に使用可能とした。
お陰で予定外に早く、『
そしてもう一つの誤算は、アルバ王国の男達の『強さ』だった。
――女に媚びへつらい、己の種を次代に繋げる事に全身全霊をかける、膨大な魔力と美貌だけが取り柄の軟弱者。
それが帝国人の、アルバ王国の男達に対する認識だ。
実際、この目の前の『
しかも、このアルバ王国の要とも言えるバッシュ公爵領においても、それは同じだった。
騎士として潜入していたデヴィンの報告で知った、本邸に入り込んだ管理人の母娘。
あんな見てくれだけの小賢しい女達に、多くの男達が惹かれ、不穏の芽があちらこちらに芽吹いていたのだ。
そんなおり、直系の姫であり、『こぼれ種』の疑惑を持ったあの少女……エレノア・バッシュがバッシュ公爵領にやって来る事になったと聞き、これは絶好の機会だと思った。
あのフローレンスとか言う娘と、それに傾倒した男達の『欲』をそれとなく煽り、エレノア・バッシュと対立させる。
その結果、互いに疑惑と憎しみの感情を巻き起こし、それらの感情を己の『魔眼』で操り、更なる敵対を起こさせ、その混乱に乗じ、あの少女を手に入れる。……そういう計画だったのだ。
なのに、末端の貴族令息達や、
そして一旦そうなってしまうと、アルバの男達の精神はまさに鋼のごとくといった風に、こちらの干渉をことごとく弾いてしまう。
……いや、一旦
お陰で、今回の襲撃に利用出来た騎士達は、想定の半分にも満たなかった。しかも、『狂人化』出来たのは、
それでも、魔力が使えない連中相手なのだから、これだけの戦力でも十分事足りると高を括っていた。……なのにこの体たらく。
認めざるを得ない。アルバ王国の男達は魔力だけではなく、心・技共に想像を絶する力を持ち合わせているという事実を。
寧ろそれこそが、魔力よりも最も警戒すべきなのかもしれないという事を。
『……いや。最も誤算だったのは……あの『こぼれ種』の存在だ……!』
エレノア・バッシュ公爵令嬢。
権力も、女の武器も何も使う事無く、ただ彼女自身の存在でもって、瞬く間にバッシュ公爵領の者達の心を掴み、一つにした。
「……いや、今はそれを考えている場合じゃないな」
転移門に落ちた第三王子とエレノア・バッシュは、デヴィンの『力』に邪魔され、この敷地内のどこかに移動しただけだろう。
ジャノウ・クラークの『魔力』を出し惜しむ事無く、放出させて戦わせながら、それを掻い潜って攻撃をしてくるオリヴァー・クロスとクライヴ・オルセンの攻撃を、『魔眼』の魔力で防ぎながら、撤退のチャンスを探る。
「――ッチ!」
だが、流石はアルバ王国の次代を担う若手貴族の筆頭。
『魔眼』で防ぎ切れなかった攻撃で、身体のあちらこちらに裂傷や打撲を負ってしまい、思わず舌打ちが漏れてしまう。
『この僕の身体を、よくもここまで……!たかが一貴族の子息ごときが!』
怒りに任せ、『魔眼』の殺傷能力を一点集中でぶつけて始末してやりたい衝動に駆られるが、そうすれば今度は、後方にて『聖女』を守っていた連中が、一斉に自分を殺しにかかるに違いない。
歯軋りしながら、殺意を散らし、デヴィンが追っているであろう『こぼれ種』の事を、頭の隅へと押しやった。
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やはり、帝国と獣人王国は似ていますね。
七つの大罪の中で、一番の罪は『傲慢(プライド)』と言われていますが、帝国にも当てはまりそうです。
というか、節子、それ違う!誤算三つだけじゃないから!全部だから!(;゜д゜)(゜Д゜;)ネー
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