第384話 ティルはティルだもん!

「ティル!ティル、大丈夫!?」


流石に立っていられなくなったのか、ガクリと地面に片膝を突いてしまったティルを抱き着くように支えながら、必死に声をかける。


「うううっ!ティ、ティル……!死んじゃヤダー!!」


色々な感情が一気にこみ上げて、ティルに取り縋りながらわあぁん!と泣き出してしまった私の背中を、ティルの手が控えめにポンポンと叩いた。


「……だいじょうぶ……とは言いかねますけど、これぐらいじゃ死にませんから安心して下さい」


血の気を失い、蒼白になりながらも、不敵な表情で口角を上げるティル。


その姿に僅かに安堵しながらも、私は抱き着いた状態のまま、一生懸命治癒魔法をティルにかけ続けた。


本当は例の『大地の魔力』なるものが発動し、パパ―ッと傷を治してくれるように念じているんだけど、こういう時に限ってうんともすんとも発動してくれないのだ。

おのれ、なんて使えないんだ!私の大地の魔力もどきめが!!


「……有難う御座います、お嬢様。何とか血は止まったようです」


そう言って微笑むティルの顔色は、確かにほんの少しだけ血色が戻ったように見える。


「良かった……!」


ホッと安堵の溜息をついた私を優しい顔で見つめていたティルだったが、不意に眉根を寄せながらポツリと呟いた。


「済みません、お嬢様」


「え?何が?」


いきなりの謝罪にキョトンとしてしまった私に、バツが悪そうな顔をしながら逡巡していたティルが、思い切ったように再び口を開いた。


「俺の正体……黙ってて……」


「え?ティルがバッシュ公爵家の『影』だったって事?そんなの別にどうでもいいよ!そもそも『影』ってそういうもんでしょう?」


そう、『影』とは本来忍ぶ者なのだから、迂闊に身バレなんてしないもんでしょう。

実際のところ私、今でも王都邸の『影』の正体知らないしね。


「いや、そーじゃなくて!……俺が、元帝国人だったって事……」


「帝国人だろうが何人だろうが、ティルはティルだもん!」


間髪入れず、即答した私の言葉にティルの目が丸くなった。


「……や、でも俺、あの外道共と同郷なんすよ?少しは戸惑うとか、嫌悪感感じたりとかしません?」


ちょっと戸惑いがちに、そう口にするティルに対し、私はかぶりを振った。


「ティル、私が前に、肉食獣人と草食獣人のハーフの子達と交わしたやり取り、誰かから聞いている?」


唐突に、視察で訪れた牧場での出来事について聞かれたティルが、益々戸惑いの表情を浮かべながらも頷いた。


「あ、はい。そりゃあ勿論……」


「私はね、肉食獣人の血を引いているから……そういう見た目だからって、何も悪い事していないあの子達までもが悪く思われるのは間違っていると思っている。ましてや、そんな事で初対面の相手を嫌うなんて、絶対に有り得ないよ!」


「……」


「……私、肉食獣人の王族達やその取り巻き達に嫌な目に遭わされたけど、みんながみんな、そんな人達ばかりじゃないって事、知っているの」


そう。少数だったけど、アルバ王国に移住した獣人達の中には、ちゃんと肉食獣人達もいたのだ。


彼等は、恋人である草食獣人を守ろうとして迫害されたり、自分の治める領地の民を、他の肉食獣人達から密かに守ろうとしていたのだという。


弱肉強食が国是で、強い者が弱いものを虐げ、搾取するのが当たり前だったあの国の中にも、ちゃんとそういう人達が存在していたのだ。


「ティルも……あの子達と同じだよ」


「――ッ!!」


息を飲み、固まってしまったティルに、私は再度、ギュッと抱き着いた。


「それにティルは、命をかけて私を守ってくれた恩人じゃない!ティルが元・何人であったとしても、私はティルが大好きだよ?」


「……ッ……はは……。流石はお嬢様。最高……!」


気が抜けたように笑うティルの顔は、どことなく吹っ切れたようにサッパリとしていた。が、次の瞬間真顔になると、私から身体を離し、片膝を突いた状態で恭しく頭を垂れ、騎士の礼を取った。


「我が貴婦人。改めて、生涯の忠誠をお捧げ致します。我が命をもって、永久とこしえに御身を守る剣となり、盾となる事を、この場でお誓い申し上げる」


「……うん。有難うティル。これからも宜しくお願いします!」


改めて捧げられた騎士の誓いに、私は正座した状態で、へにゃりと笑って答えた。

するとティルも、いつもと同じ、やんちゃそうな笑顔でニッカリと笑う。……うん。やっぱりティルは、こうでなきゃ!


「……ねえ。君達、僕の事忘れてない?」


ちょっと不機嫌そうなフィン様の声に、二人同時に振り返ると、声と同じく絶賛不機嫌顔のフィン様が、こちらをジト目で睨み付けていた。


「あ、すんません。忘れてました!」


そんなフィン様に対し、ティルがテヘペロ顔で馬鹿正直に答える。……あ、フィン様の目が吊り上がった!


「おわっ!!」


突然、ティルの身体にフィン様の闇の触手が巻きつき、そのまま宙に浮かせる。


先程のアリステアの惨状を目の当たりにしていたからか、恐れ知らずっぽいティルの表情にも、流石に怯えの色が見える。


「フ、フィン様!何を!?」


「何って、運ぶんだけど?だって動けないんでしょ、この男」


あ、た、確かにそうですね。ってかフィン様、この男じゃなくて、ティルって名前で呼んであげて下さい。……え?「人の婚約者とベタベタした奴の名前なんて呼びたくない」って、フィン様……。


まあ、『帝国人だから』じゃない所が、フィン様らしいですよね。


その後、フィン様はミイラ状態のデヴィンと、ティルにやられ、倒れていた騎士達もティル同様、闇の触手に巻いて浮かせる。


どうやら騎士達は、洗脳されてはいなかったんだそうだ。


でもだからこそ、いざという時は即座に、デヴィンによって殺されてしまうだろうと踏んだティルが、刀背打ちで気絶させたんだって。


ティル曰く、「お嬢様が『刀』ってやつを開発してくれたお陰で、殺したり傷付けたりせずに倒すのが、格段に楽になりました!」……だそうです。


ちなみに、『影』界隈に刀は大人気で、殆どの組織では刀を標準装備にしているのだとか。

切れ味鋭く、刃こぼれし辛いのも高ポイントだそうです。うん、ご愛顧いただき、有難う御座います。


「さて。あの家令から緊急速報はきていないから、大丈夫だとは思うけど、決着ついたかどうか確認してから転移門繋げるからね。エレノアはその間に、その恰好の言い訳考えておきなよ」


そう言われ、自分の恰好を改めて確認すると、真っ白だった姫騎士の装いは、ティルに抱き着いた事により、鮮血に染まってしまっていた。まさにスプラッタショー!


た、確かにこのまま戻ったりしたら、皆が阿鼻叫喚になるに違いない。というか、ジョナネェとシャノンに殺される!!


「あ~……お嬢様。俺があのお姉さん・・・・達に殺されないよう、しっかり庇って下さいねー!」


フィン様の触手に釣りあげられ、ふよふよと浮きながら、呑気そうにそんな事を口にするティルに、私はガックリと項垂れた。


ティル、さっき騎士の誓いで、私の盾になるって言ったのにー!もう!!



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なお、やはり緊張していたので、ティルのギャップ萌えに反応しなかったエレノアです。

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