第383話 天敵と反撃

『……ッ……!』


すると、魔力の循環が、想像通りにゆっくりと流れを変えたかと思うと、一気に後方へと奔流していくのを感じた。


『背中が……熱い……!』


魔力が流れ出る感覚と同時に、押し寄せる虚脱感。だがフッと、突然押さえつけられるような圧が無くなり、身体が嘘のように軽くなった。


「えっ!?」


これって……一体……?


「ぐあぁっ!!?」


その感覚に戸惑う間もなく、鋭い悲鳴が響き渡る。


慌てて瞼を開けると、目の前にはティルに止めを刺そうとした恰好のまま、見慣れた『闇』の触手で雁字搦めにされたアリステアの姿があった。


「ば……かな……!?わ、私の……力が……何故!!?」


ギリギリと触手に締め付けられ、苦しそうに言葉を発するアリステアを見ながら、フィン様が満足そうに小さく頷いた。


「ああ、成功したね。エレノアの魔力を体内に入れれば、魔眼の影響が完全に無くなるかなと思ったけど、本当にそうなった」


そ、そうなったって、どうなったと……?


「……ああ……。それにしても、エレノア(の魔力)と一つになるって、最高に気持ちいいね。癖になっちゃいそうだ」


うっとりとしながら溜息をつくフィン様……って、ちょっと待ってー!!フィン様!「魔力」って言葉を入れ忘れてます!問題発言です!いや、まごうことなくセクハラ発言です!それと癖にならんで下さい!!


「そ……の娘の……魔力!?」


「そう。君みたいな輩には詳しく話せないんだけど、僕のエレノアの魔力って、特別仕様なんだよ。……とは言っても、君はエレノアの『力』を実際その目で見てるから、既に知っているんだろうけどね」


戸惑う私をその場に残し、フィン様がゆっくりと拘束されているアリステアの方へと向かって歩いていく。


そう言えば、私の持っている魔力って、初代姫騎士が持っていたとされる、『大地の魔力』……って言われていたんだった。


つまり、フィン様が私の魔力を自分に注げって言ったの、『魔眼』の天敵たる私の中の『聖女(?)』の力を体内に取り込み、『魔眼』の魔力を打ち消す為……だったのかな?


えっと……。つまり、私の魔力って、本当に『大地の魔力』だったって事なんでしょうか?


「……まあ実際のところ、『聖女』の持つ『光』の魔力程ではないにしても、僕の『闇』の魔力もね、実はちゃんと『魔眼』に対抗出来るんだよ」


そういえばフィン様、ボスワース辺境伯の『魔眼』の力をしっかり防いでいたっけ。


「でも、どちらの属性も完璧に『魔眼』の力を防げる訳ではない。しかも君の『魔眼』、魔力無効に特化していたから、流石の僕も転移門を構築する事が出来なかった。そのせいで、エレノアを危険な目に遭わせる事になっちゃったんだけどね……」


淡々と語り続けるフィン様の言葉を受け、アリステアは驚愕の面持ちで、自分の傍へとやってきたフィン様を凝視する。


「転移門が使えなくなった時点で、計画はエレノアを『囮』にする方向に変更された。僕の力が全く使えないように見せかけたのはね、そうする事で『君』というネズミを捕らえる為だよ。……ほら、他の連中はともかく、僕って腕っぷしの方はそんなに強くない風に見えるだろう?」


見えるんじゃなくて、実際肉弾戦苦手なんじゃ……と思った瞬間、フィン様にジロリと睨み付けられた。

フィン様、ひょっとして頭の後ろに目があるんですか!?


「まあつまり、魔力が使えない僕なんて、完全に役立たずだから、エレノアを簡単に奪う事が出来るって、誰でもそう思っちゃうよね。実際、君もノコノコ出てきて食いついてくれたし」


ここで初めて、フィン様がうっそりと嗤った。


「この邸宅内外にいる非戦闘員。彼らをその『力』で守っているのがアシュル兄上なんだけど、兄上を傍で守っているあの家令。僕と同じ『闇』の魔力持ちなのは知っているよね?」


フィン様の問い掛けに、アリステアは苦しそうな表情を更に顰める。


「……でも、これは知っていなかっただろう?『闇』の魔力持ちってね、例え魔力が使えなくても、互いに共鳴する事が可能なんだよ」


「な……っ!?」


「『光』の魔力と共に、『魔眼の天敵』と呼ばれるこの力を、舐めてもらっては困る。まあだからこそ、そこの彼がタイミングよく、ここに現れたって訳さ。残念だったね。帝国第四皇子、シリルの近衛騎士『デヴィン』」


「――ッ!?」


「デヴィン……?」


そういえば、あの会場で帝国の少年が叫んでいたのは、そんな名前だったような……。


「何を驚く?僕の『闇』の魔力は他者の精神を探る事が出来るって、それぐらいは知っている筈だろう?」


「――クッ……!!」


「まあ、知っていたからこそ、あの家令に悟られないよう、今迄は『魔眼』で魔力無効を使い、上手く誤魔化していたんだろうけどね」


確かにイーサンは『裏切り者』が紛れていないか、『闇』の魔力を使って定期的に検査をしていたと言っていた。


それを今まで掻い潜れたのだから、彼の能力は凄まじく高かったのだろう。


「でもここだけの話、僕はね……更に相手の深層心理まで探る事が出来るんだよ」


「ーー!!」


「まあ流石に疲れるし、滅多にやらないけどね……それにしても……」


フィン様がクスリ……と、冷ややかに嗤う。


「尊き血統だのなんだの言ってたけど、『魔眼』の力を奪ってしまえばこの程度か……。ふふ。わが国の基準で言えば、とんだ雑魚レベルだな」


「――ッ!きさっ……ぐあぁっ!!」


フィン様の蔑みに満ちた口調に、アリステア……いや、デヴィンが激高する。

が、間髪入れずに『闇』の触手が身体を容赦なく締め上げ、その口から悲鳴を上げさせた。


「……さて……そろそろお喋りは終わりにしようか?……そうそう。僕の大切な家族や仲間を襲い、挙句、愛しいエレノアを『こぼれ種』なんて汚らわしい名で呼んでくれた報いは、今この場でちゃんと受けてもらうよ?」


言い終わると同時に、フィン様の『闇』の触手がデヴィンの全身へと襲い掛かり、次々と巻き付いていく。


闇の触手に全身グルグル巻きにされ、まるでミイラのようになったデヴィンから、くぐもった悲鳴が漏れ聞こえてくる。


断片的に漏れ聞こえていた悲鳴だったが、不意にカクリとミイラデヴィンの動きが止まる。それと同時に周囲の圧迫感が完全に消滅した。


「本当は、八つ裂きにしてやりたかったんだけど……。まあ、『魔眼』と、ついでに五感も破壊しておいたから、今はこれで我慢しておいてあげるよ。……いや、拷問で口を割らせなさそうだから、このまま情報を吸い出して、放置してもいいかもね。そんでもって後で、オリヴァー・クロスにでも頼んで火葬にしてもらおうかな」


……え?ついでに、五感を破壊……?情報を吸い出して放置?というか、火葬って何ですか火葬って!?しかもオリヴァー兄様に頼むんですか!?やめて下さい!本当に嬉々としてやりそうで恐いです!!


フィン様の口から出た容赦ないお言葉に、彼の怒りの深さが伺い知れる。


思わず身震いしている私の視界の端に、刀を地面に突き刺し、満身創痍の状態で辛うじて立っているティルの姿が映った。


「ティル!!」


慌てて駆け寄ると、ティルは私の考えを代弁するように「うっわ~……えげつない。こわっ!」と、小さく呟いたのだった。



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フィン様、実は激おこでした(;゜д゜)ゴクリ…

そして、どこまでも言い方が卑猥なお方でした。

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