第378話 命を燃やし尽くすまで

私とアリアさん、フィン様を守ってくれているクライヴ兄様やヒューさん達、そして元騎士団長と対峙するクリス団長とオリヴァー兄様は、突然この場に現れた少年を鋭い眼差しで凝視する。


そんな中、少年は周囲を見回すと「やれやれ」と言ったように溜息をついた。


「あいつの魔力無効、いくら聖女に阻害されているからって、中途半端にしか効いていないじゃないか。それにしても、使う事の出来ない魔力を剣に込めて戦うなんて思わなかったよ」


少年がそんな言葉を口にしている間に、クラーク前団長にまとわりついていた風と炎の融合魔法が霧散し、切り刻まれた身体は癒え、焼けただれた身体がみるみるうちに元通りになっていく。明らかにこれは、目の前の少年の『力』によるものだろう。


少年に対し、兄様達の敵意と緊張感が高まる。……だが。


「貴様ぁ!!」


少年の言葉に、少年がこの惨劇の首謀者であると悟ったクリス団長が、我を忘れたように少年目掛けて切り掛かる。

だがその攻撃は、復活してしまったクラーク前団長によって弾かれ、逆に剛腕の一撃で吹き飛ばされてしまった。


だが、クリス団長が作った僅かな隙を逃さず、クライヴ兄様とディーさんが、まさに電光石火の勢いで、少年とクラーク前団長に向かって刃を振るう。


「グルアァァアア!!」


鋭い咆哮と共に、血飛沫が噴き上がったのを見て、思わず身体を固くしてしまう。が、致命傷かと思われたクラーク前団長の傷から蒸気が上がり、みるみるうちに傷が塞がっていってしまった。


そして少年の方はと言うと、クライヴ兄様の刃を防御結界のようなもので弾きながら、クラーク前団長の肩から飛び退き、ふわりと床に着地する。そしてこちらを苦々し気に睨み付ける。


「魔力を制御されていて、これか……。流石はアルバ王国。どいつもこいつも化け物揃いだな」


「真の化け物に言われる筋合いはねぇよ!……おい、帝国のガキ。今回の黒幕はお前か?」


ディーさんの鋭い眼差しを受け、少年が口角を吊り上げた。


「まあ、ご推察通りだよ。初めまして。アルバ王国第二王子、ディラン殿下」


わざとらしく王族に対する礼を取る少年。

その馬鹿にしたような態度に、ディーさんの眉間に皺が寄り、刀を持つ手に力が入ったのが分かった。


「あ~あ、それにしても計画が狂いっぱなしだよ!」


「計画?」


「そう。君達の魔力を制御して使えないようにした後、狂人化したこの男をぶつけ、そのどさくさに紛れて『零れ種』を回収しようと思っていたのになぁ……」


「えっ!?」


少年の発した言葉に、私は目を見開き、少年を凝視する。


「……てめぇ……!!」


「ふざけんなよクソガキ!!エレノアの事を、そんな胸糞悪い名称で言うんじゃねぇ!!」


ディーさんとクライヴ兄様が、膨大な殺気を噴き上げながら、物凄い形相で少年を睨み付ける。

当然、オリヴァー兄様やセドリック、リアムも二人と同様、凄まじい殺気を噴き上げている。


フィン様も私の横で「……復活したら、あいつ串刺しにしてやる……」と仄暗い笑顔を浮かべていた。……うん。ただ激高しているよりも遥かに恐い。


それにしても……。


『この子が帝国の……。そして、クラーク前団長をこんな状態にした張本人……!?』


沸々と湧き上がってくる怒りのまま、目の前の少年を睨み付ける。すると、同じく私に金色の瞳を向けた少年と視線がぶつかり合った。


少年は私を品定めするかのように見つめた後、ニヤリと笑った。

その表情は、まるで獲物を狙う爬虫類のように獰猛で無機質なもので、思わず全身に悪寒が走ってしまう。


「それにしても、やはり『聖女』の力は厄介だな。お陰でこうして僕自身が出張らなくてはいけなくなった。……そうだな。こいつもこのままじゃ使えないし、そろそろ一気に生命力を燃やし尽くそうかな」


――生命力を、燃やし尽くす……?


「……やはりそうか」


「オリヴァー兄様?」


「この異常な肉体強化も再生能力も、お前が彼を狂人化させ、尚且つ生命力を対価として力を底上げさせていたんだな!?この……外道が!!」


珍しく、オリヴァー兄様が素の怒りを顕わにし、周囲の皆もそれに追従する。というか私だって、許せない気持ちで一杯だ。


まさか対象者の生命力を使って、こんな悪鬼のような状態で戦わせるなんて。しかも、私と大して変わらない年齢に見えるこんな少年が、そんな鬼畜な所業を平然と行えるだなんて。


……いや、長年『異世界召喚』を平気で行ってきた国なのだから、こういう人達が多いのは当然なのかもしれない。


不意に、少年の金色の瞳がギラリと光った。次の瞬間、クラーク前団長が咆哮を上げる。


「グルアァァアア!!」


しかもその身体は、ビキバキと膨張するようにどんどんと大きくなっていく。


騎士達やクライヴ兄様、ディーさん。そして、クラーク前団長同様、操られている刺客達と戦っていたヒューさんが加わり、一気に切り掛かった。


「セドリック、リアム殿下、そしてマテオ!君達は僕と共に、エレノアと聖女様。そしてフィンレー殿下を守れ!!」


オリヴァー兄様の言葉に、セドリック達は戦闘に加わらず、私達の周囲を固めるように刀を構えた。


そんな中でも、皆による激しい攻撃が絶え間なくクラーク前団長を襲う。だがどれだけ致命傷を与えても、傷は瞬く間に再生し、塞がってしまう。

多分だが、帝国人の少年が傍にいる事により、クラーク前団長の『狂人化』が増幅しているのだろう。……前団長の、生命力を対価として。


「ジャノウ・クラーク。いつまで遊んでいるつもりだ?ほら、本命はあそこにいるじゃないか。お前の生命力が尽きる前に、見事本懐を遂げて見せろ」


少年が『声』を発すると、今度は空気がズンと重くなった。


「ぐっ!」


「う……ッ!く……そっ!!」


クライブ兄様やディーさん達の顔が歪み、攻撃する動きが鈍くなった。これ……!前に、ボスワース辺境伯が『魔眼』を使った時と同じ……!!


クラーク前団長がギロリと、血走った眼で私の姿を捉える。その瞬間、彼の身体から禍々しい膨大な瘴気と……殺気が噴き上がった。


「くっ……!なんて……邪悪な『力』……!」


「アリアさん!?」


「母上!!」


私とフィン様の横で苦しそうに顔を歪め、それでも祈りを止めないアリアさんは、ぎこちない笑顔を私達へと向ける。


「大丈夫。アシュルも力を貸してくれている!まだまだ大丈夫よ!」


その言葉の後、アリアさんの身体から発せられる銀色の光が更に強くなり、フィン様が先程まで使えなくなっていた『闇』の魔力が解放された。


だが、『闇』の魔力を持つフィン様を警戒し、より重点的に魔力阻害を掛けられているのか、構築した転移門がグニャリと歪な形となり、中々安定する事が出来ない。


「私の『力』で押さえられるのも、あと少し。……いいこと?これからアシュルの力と同調し、『光』の魔力を一気に高めるわ。フィンレー、その時がチャンスよ!?気合を入れなさい!」


「……分かった。母上」


「いいこと?貴方は私に構わず、エレノアちゃんを無事に王都に連れていく事だけを考えなさい!」


「アリアさん……!」


一緒に……と、言いたくても言えない。


あの、クラーク前団長を操っている目の前の少年。彼が言っていたように、今現在、敵の何者かによって、皆の魔力が抑えられているのだ。


それを押し返しているのが、アリアさんの『光』の魔力。ならば、彼女がここを戦線離脱する訳にはいかない。

そんな事をしてしまったら、この場の全員が危険に晒される、それになにより、フィン様の魔力も復活しないのだから。


「フィンレー殿下、ご安心ください!貴方の大切な母君は、僕達が命を懸けてお守りします!」


「フィン兄上!俺達は大丈夫だから、兄上はエレノアを頼む!!」


こちらに向かおうとするクラーク前団長に刃を構えながら、そう言い放ったオリヴァー兄様とリアムに対し、フィン様も力強く頷きを返す。


「……ああ。じゃあ、僕も全力を出すよ……!」


「今よ!フィンレー!!」


アリアさんの掛け声と共に、歪んだ転移門が元通りの形になる。


「エレノア、行くよ!」


「は、はいっ!」


差し出されたフィン様の手を取り、転移しようとしたその時だった。


「チッ……!させないよ!!デヴィン!!あいつの『魔力』を阻止しろ!!」


「くぅ……ッ!!」


途端、フィン様の顔が歪み、転移門の形が再び歪みだした。


更に、クラーク前団長の身体から、嘗てない程の凄まじい瘴気が噴き上がり、真っすぐこちらに向かって……文字通り爆発した。


「――くっ!」


「きゃあっ!!」


「母上ッ!!」


咄嗟に、フィン様が『闇』の魔力で、アリアさんとその場にいた全員の前にシールドを張る。


が、衝撃は完全に封じる事が出来ず、皆がそれぞれ体勢を崩す中、突如目の前に帝国の少年が現れ、私に向かい手を伸ばした。


「――ッ!?」


突然の出来事に硬直し、動けなくなってしまった私の腕を、少年が掴もうとした次の瞬間、フィン様が咄嗟に私の身体を引っぱり、少年の手が空を切る。


「チッ!くそっ!!」


再度手を伸ばそうとした少年の身体が、オリヴァー兄様の足蹴りにより吹っ飛んだ。……だが。


「きゃぁっ!!」


「うわっ!」


「エレノア!?フィンレー殿下!!」


バランスを崩した私とフィン様は、歪んで不安定になってしまった転移門の中に、転がり落ちるように吸い込まれてしまったのだった。



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シリルが参戦しました。

こちらもアルバの潜在能力を見誤っていたもよう。

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