第379話 守られるだけじゃ駄目!
暗いトンネルに入った……というより、転げ落ちた私とフィン様だったが、独特の浮遊感を感じた直後、まるでそこから弾き出されるように、ペッと転がり落ちてしまった。
いや、本当にペッって感じに放り出されたって感じでした。……そんなに私達、不味かったんでしょうかね?
「うわっ!」「きゃあっ!」と、フィン様と一緒に悲鳴を上げ、吐き出された(多分)地面にコロコロと転がってしまう。
あ、私は咄嗟にフィン様が抱き締めて庇ってくれたおかげで衝撃はあまり感じませんでした。
「……ッ……!いたた……」
「フ、フィン様!大丈夫ですか!?」
「ああ。取り敢えずはね。……それにしても、ここは一体……?」
周囲を見回してみると、どうやら私達は森の中にいるようだった。
冷たい空気に混じる緑と土の匂い。そしてフクロウの鳴き声や虫の鳴く音が静寂な夜の空間に響き渡る。
樹々の間から差し込む、月光や満点の星空のお陰でそこまで真っ暗ではないが、ここがどこの森なのか分からないという不安感で、心細さが増していく。
それに何より、あの場に残していってしまったアリアさんや、帝国の少年やクラーク前団長と死闘を繰り広げている兄様達や殿下方が気になってしまう。
尤も、アリアさんはこの国の国母であり至宝。ヒューさんやマテオもいるし、影や騎士の人達も頑張ってくれている。だからきっと無事でいてくれる筈だ。
兄様達や殿下達だって、いくら魔力が使えなくても、剣の腕も格闘技も鬼神レベルなのだから、きっと大丈夫に違いない。
『クリス団長……』
彼の気持ちを思うと胸が痛む。
あの時、変わり果てた元上司であるクラーク前団長を見て、どれ程ショックだったことだろう。
しかも今、彼は酷い怪我を負っていた筈。
アリアさんもアシュル様もあの場にいるのだから、命の危険はないだろうが、やはり心配だ。
それに、招待客の皆さんも別の相手と戦っていた。しかも誰も彼もが、本来の力を発揮できずにいるのだ。
『アリアさん、兄様方、セドリック、殿下方、皆……どうか……無事で!!』
再び不安と焦燥感が湧き上がってくる。
そんな私の心境を察したのか、フィン様が頭を優しく撫でてくれる。
「大丈夫だよエレノア。ここには君だけじゃなく僕もいる。君の事は僕が、この命に代えてでも守ってみせるからね!」
「フィン様……!」
感動に胸が熱くなる。あのコミュ障で病み属性だったこの人が……!流石はアルバの男!!
「はぁ……。それにしても惜しいな。こういう状況下でさえなければ、君と二人きりで森の中……。こんな美味しい状況、これでもかと有効活用しているところなんだけどね。本当に残念でならないよ!」
「あの万年番狂いもいないってのに……!」と、冗談を言っているのではなく、本気で悔しがっているフィン様を見ながら、感動していた心が一瞬でスン……と凪いでしまった。
……うん。フィン様は、いついかなる時でもフィン様でした。
「フィン様。ここは……王都なのでしょうか……?」
気を取り直し、周囲を見回しながらそう疑問を口にすると、フィン様はイーサンのように眼鏡のフレームを指クイしながら首を振った。
「いや。王都ではないだろう。転移門にいた時間が短すぎる。……逆を言えば、帝国に導かれた……って訳でもなさそうだね」
その言葉に、私はホッと安堵の溜息をついた。
王都でなかったのは残念だけど、帝国に引き寄せられた訳ではなかったのは何よりだ。
フィン様は、再び転移門を構築しようとしていたが、何故か全く反応しないようだ。……あっ!キレたフィン様の背後から闇の触手が……って、瞬時に消えた!!
『という事は……。ここは『魔眼』の影響下にある……という事?じゃあひょっとして、ここは……』
そこでふと、近くの木の根元がぼんやりと光っているのに気が付き、そこに目をやった。
『こ、これは……ッ!!』
するとそこには、月明かりに反射するように淡い輝きを放つ『アレ』が咲いていたのだった。
「フィン様、ここって……!ハーちゃんとシーちゃんとウーちゃんと走っていた場所です!という事は、ここはまだバッシュ公爵家本邸ですよ!!」
そう。咲いていた『アレ』とは、『野花の聖女(認めてないけど)』たる私のシンボルとも言える、憎いあんちくしょう。……そう、『ぺんぺん草』だったのだ。
「――ッ!やはりそうか。……危険地帯から脱した訳ではないから、全く安心はできないんだが、知っている場所だとホッとはするね」
「はい、全くもって同感です!」
魔力阻害がかかっているという事は、見えない敵の影響力の圏内にいるという事。……つまり、あの帝国の少年の手からは逃げられたものの、危機的状況なのは変わらないって事だ。
でもフィン様の言う通り、ここには敵だけではなく、心強い味方も大勢いる。
彼等の事だから、きっと敵よりも早く私達を助けに来てくれるに違いない。そんな信頼感があるからこそ、全然安心できる状況ではないのにホッとしてしまうのだ。
「……というかエレノア。ハーちゃんとシーちゃんとウーちゃんって、誰?」
あ、ホッとしたついでに、そこツッコんじゃうんだ。流石はフィン様。……というかこの表情。まさかとは思うけど、他の男の影を疑っている……?
「ご、誤解ですよフィン様!ハーちゃんとシーちゃんとウーちゃんは、野生の白鳥と鹿と馬です!」
「野生の……白鳥と鹿と馬?」
「ええ、そうなんです!」
あ、フィン様がキョトンとした顔になった。ごんな状況下じゃなければ『ギャップ萌えー!』って悶絶していた所ですよ。
そう、このバッシュ公爵家本邸で初のウォーミングアップの時、一緒に走った(一羽は飛んでた)彼等は、私が剣舞の練習の前にウォーミングアップする際、何故かどこかしらから現れ、並走するようになっていたのだ。
多分だが、私の生やすぺんぺん草がよっぽど美味しかったのだろう。
しかも最後は、まるでアイドルの出待ちのように、木の影から私が来るのをジッと待っていた。そんな二匹と一羽に対し、セドリックもクライヴ兄様も呆れ顔をしていたっけ。
「いつもは綺麗に食べ尽くしちゃうのに……。きっと根が残っていて、また生えたんですね……って、あれ?フィン様……?」
フィン様。なにか言いたそうで言えないような顔してますが何か?
「……成程、白鳥と鹿と馬の頭文字か……。うん、流石のネーミングセンスだね。こんな時じゃなければ、大いに笑わせてもらっていたんだけど……」
――笑うって何故ッ!?
分かり易くて良いネーミングだと思ったのに!あっ、フィン様!何ですか、その可哀想な子を見るような眼差!?そ、そんな目を、大切な婚約者に向けるべきではないと思うんですがね!?
「まあ、それはどうでもいいや」
ああっ!バッサリ終わらせた!!
「……とにかくエレノア。先程も言ったけど、もし万が一敵と遭遇したら、君は僕が命に代えても守るから」
「で、でもフィン様は……魔力が……!」
フィン様は生粋の魔導師であり、魔力を使った戦いはメル父様も認める程の実力者だ。
でもこう言ってはなんだが、それゆえに多分私の婚約者の中で唯一武闘派ではない。……ぶっちゃけ、確実に弱い(筈)
私は無意識的に帯刀していた愛刀に手をやった。
「大丈夫だよエレノア。転移門は無理でも、ちゃんと戦いようが……」
「フィン様!フィン様は私が守ります!!」
「は?」
いきなりの私の宣言に目を丸くしたフィン様に、私は勢い込んで宣言した。
「王家の臣として。……そ、そして……婚約者として!私がフィン様をお守りします!!この刀にかけて!」
そうだ。私は(大変不本意だけど)姫騎士と呼ばれている女。
今迄の剣の修行は一体なんの為だ!?この腰に下げている刀はお飾りか!?……否!
「私は守られるだけじゃなく、守る側になりたいんです!だからフィン様……。私も一緒に戦わせて下さい!!」
私を凝視したままのフィン様に向かい、私は力強くそう言い切ったのだった。
「――……ッ……!エレノア……!!」
精一杯キリッとした決意の表情を浮かべながらこちらを見つめる愛しい少女。
決意を込め、宝石のように煌めくインペリアルトパーズの瞳。
月光に照らされ、艶やかに煌めく『
……普通のアルバ男だったら、愛する相手にこんな事を言われてしまえば、「守るべき相手にこんな事を言わせてしまうなんて……不甲斐ない!」と、大変に落ち込んでしまう所だろう。
だが生憎、フィンレーは普通の男ではなかった。
寧ろ落ち込むどころか、心の底から感動していた。というか、なんなら後で、オリヴァーや兄達に自慢する気満々だった。
だって、エレノアの「守ります!」を初めて貰った男になったのだから。
『いや、女が男を守ろうとしようとする事自体、アルバ王国では多分これが初めての事だろう。うん、絶対そうだ。だってそんな女性なんている訳無いし。あ、今目の前にいたか』
つまり自分は、世紀の瞬間に立ち会っている……と、そういう事なのだろう。
『でもこの事を自慢したら、多分間違いなく「お前、男としてそれでいいのか!?」って、番狂いだけでなく、兄や父や叔父達にも、もれなくツッコまれるだろうな』
だが、そんな事はどうでもいい。
だってそれって、それだけ相手に大切に想われているという事なのだから。
『……まあ。男として、ちょっと複雑ではあるけど……。というかこの子、絶対僕が戦えないと思っているよね?う~ん……。次からは叔父上との訓練、サボらないでちゃんと受けよう……かな?』
なんて、アルバ王国の男として、ほんのちょっぴりそう思ってしまったフィンレーだった。
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最近緊迫している状況が続いておりますので、少し和み(?)回です。
ツッコミ不在のボケボケコンビが一緒だとこうなりますvそして、エレノア菌は野生にも蔓延しているもようです。
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