第377話 阻まれた魔力

爆風に伴い、舞った砂埃で遮られた視界が明瞭になっていくと、壁に開いた大きな穴から、獣のような唸り声を上げ、こちらに歩いて来る男の姿が露わになった。


全長二メートル以上ありそうな体躯。身に着けた服は、所々が引き千切られたかのようにビリビリに破れていて、上半身はほぼ裸だ。

その晒された身体は、まさに『鋼のような』としか形容出来ない程、異様に盛り上がった筋肉に覆われている。


だが最も異様なもの。それは、狂気を帯び、理性を失くしたかのような凶悪な形相と、その全身から発せられるどす黒い瘴気のような魔力だ。


例えて言うなら、その姿はまさに『悪鬼』そのもの。


「……あ……れは……」


――あれは……誰!?


瞬時に、黒いローブを身に着けた『影』達が、四方八方から異形の侵入者へと襲い掛かる。

だが侵入者は鋭い咆哮を上げると、その体躯に見合わぬ、目にも止まらぬスピードで拳を繰り出し、『影』達の獲物を次々と破壊し、撃破していった。


「ガハッ!」


「ぐぅっ!!」


侵入者によって吹き飛ばされ、ある者は壁に叩きつけられ、またある者は強かに床へと打ち据えられ、呻き声を上げる。


そんな中、二つの影がその攻撃から素早く身を引き、華麗な身のこなしで地面に着地する。


「ヒュー!」


「マテオ!」


ディーさんとリアムの声が上がり、目の前に立つ二人が、ヒューさんとマテオである事が判明した。


彼等はそれぞれ暗器を手にし、再び侵入者に襲い掛かる。……が、驚くべき事に、その凶刃を鋼のような筋肉に覆われた身体が弾き返す。


ならばと体制を立て直し、ヒューさんが攻撃魔法の術式を展開する。

だが、放とうとした直前にフィン様の転移門同様、構築した術式が消滅してしまった。


「チッ……!皆、重傷者を連れて一旦引け!魔力阻害だ!!」


――魔力阻害!?


ヒューさんの言葉に目を見張る。


そういえば、何か見えない膜に覆われているような感覚をずっと感じていた。

成程。だからフィン様が魔力を上手く発動する事が出来なかったのか。


気が付けば、周囲にも喧騒と怒声が上がっている。


急いで周囲を見回すと、目の前の侵入者と同様……とまではいかずとも、やはり瘴気をまとった男達と、招待客の人達があちらこちらで戦っているのが見えた。


やはり魔力阻害の影響か、一人の侵入者に対し、複数で応戦している。しかも劣勢を強いられているようだ。


その時だった。


不意に私やアリアさんを背に庇い、刀を向けているクライヴ兄様から、信じられない名前が零れた。


「……まさか……あいつ、ジャノウ・クラークなのか!?」


その名に衝撃を受け、固まってしまう。

何故ならその名は、このバッシュ公爵領の前騎士団長の名前だったからだ。


「うそ……。なんで……?」


彼と会ったのは、この本邸に初めて訪れた時の一度きり。

脳裏に、フローレンス様をその背に庇い、私に対し、鋭い眼差しを向けてきたクラーク前団長の顔が浮かんでくる。


確かによく見れば面影がある。だけど今、目の前で瘴気を撒き散らかす狂人のような男が『彼』だとは、とても思えない。

あの時見た彼は、騎士団長を拝命しているだけあり、意志の強そうな、畏怖堂々とした……まさに『騎士』といった風格を持った人物に見えた。


「クラーク団長……!!あんた、そこまで堕ちちまったのか……!?」


ふいに、悲鳴のような怒声がクリス団長の声から迸る。


その声音には、裏切られた憤りと悲哀、そして慟哭のような感情が入り混じっていた。


『エレノアお嬢様。前団長の事、馬鹿な奴だと思って下さって構いません。……ですが、どうか恨まないでやって下さい』


以前、そう口にしたクリス団長に頭を下げられた事があった。


彼、ジャノウ・クラークは、クリス団長が、このバッシュ公爵家騎士団に入団した時、騎士の心得や魔力を使った騎士の戦い方等を叩き込んでくれた恩人であったのだそうだ。


しかも、クリスが第三勢力同性愛者である事を知っても「個人の自由だ」と全く態度を変える事なく、クリス団長が副団長に昇格した時も我が事のように喜び、全面的に支持してくれたのだという。


『あの人は、真っすぐすぎて融通が利かないのが難点だったんです。あの女の事だって、何度も諫めたってのに、結局こんな事になってしまった……』


そう言って、寂しそうに笑っていたクリス団長。

きっと彼は、誰よりもクラーク前団長の事が大好きで、尊敬していたのだろう。


そんな事を考えていると、横からフワリと温かい魔力を感じ振り向く。

すると、両手を胸の前で組んだアリアさんの身体から、『光』が湧き上がるのが見えた。


それは銀色の美しい煌めきとなり、会場全体に降り注いでいく。そしてクラーク前団長によって倒された者達の身体をみるみるうちに癒していった。


「グウゥ……!」


逆に、その光を浴びたクラーク前団長は、顔を苦しそうに歪める。


今現在の彼は、『魔眼』の魔力汚染により、このような姿にされているのだろう。そして、その汚染された魔力が、アリアさんの『光』の魔力により、浄化されていっているに違いない。


その仮説を裏付けるように、クラーク前団長の身体から噴き上がっていた瘴気が弱まっていくのが見えた。

しかも、私達の魔力を押さえつけるようにまとわりつく気配が、若干弱まっていくのも感じる。


「よし、皆!聖女様がお力をお貸し下さった今、一気に行くぞ!!」


その隙を逃さず、獲物を構えた兄様達や殿下達に向かい、クリス団長が叫んだ。


「お願い致します!ここは私めにお任せ下さい!!」


「クリス団長!?」


返答を待たず、クリス団長は『風』の魔力を使い、一気にクラーク前団長の間合いに入ると、渾身の一撃を放った。


その斬撃により、クラーク前団長の鋼のような身体に深い傷が刻まれる。……だが、驚くべき事にその傷は、噴き上がる瘴気に覆われ、みるみるうちに塞がってしまう。


「グルグァアァ!!」


鋭い咆哮と共に、目にも止まらぬスピードでクリス団長に拳が叩き込まれていく。


それを剣で受けるクリス団長の身体が、瞬く間に傷だらけになっていくのを見て、オリヴァー兄様が叫んだ。


「クリス!一旦引いて間合いを取れ!そして、剣が壊れても構わん!お前のありったけの魔力を剣に込めろ!!」


「――ッ!はっ!!」


オリヴァー兄様の言葉に従い、クリス団長が一瞬の隙をついて剣に『風』の魔力を込める。それと同時に、オリヴァー兄様も自分の刀に『火』の魔力を込めた。


「よし、今だ!同時にいくぞ!!」


「はあぁっ!!」


オリヴァー兄様の掛け声と共に、クリス団長が渾身の力でもって刃を振るう。すると、放たれた『風』の魔力がオリヴァー兄様の振るった『火』の魔力と合わさった。


融合したその二つの魔力は、巨大な爆炎となってクラーク前団長を直撃する。


「グアアアアアォ!!」


クラーク前団長の口から、凄まじい咆哮が迸る。


風の刃はクラーク前団長の身体を切り刻み、炎は巻き付くように身体全体に絡み付き、その身を焼け爛れさせていく。


「……えげつねぇ……」


ディーさんの呟きが耳に届く。た……確かに……凄い!


クラーク前団長の傷付いた身体は再生しようとするも、絡み付いた爆炎がそれを阻止し、なお且つ更に身体に傷を増やしていく。


「あいつ、相当頭きてたんだな……」


これ以上の惨劇を見せないようにと、私の視界を自分の背でさり気なく遮ったクライヴ兄様の口から、ボソリとそんな言葉が呟かれた。


ええ、そうですねクライヴ兄様。オリヴァー兄様の背後から、瘴気にも似た暗黒オーラが噴き上がってますもんね。




「ご助力……感謝いたします、オリヴァー様」


肩で大きく息をするクリスは、満身創痍状態になりながらも、目の前でもがき苦しむクラークを鋭く見据える。


「いや。……クリス、最後までやれるかい?」


「……はい。バッシュ公爵家の騎士団長として、けじめをつけさせて頂きたく存じます」


「……躊躇はするな」


「御意!」


未だ炎を絡み付かせ、全身焼けただれた嘗ての上司に、クリスは止めを刺すべく刃を振るおうとした。その時だった。


「やれやれ。全くなんてざまだ」


場の空気にそぐわない、凪いだ声が響く。

そして、黒いフードを被った冷たい美貌を湛えた少年がフワリと燃え盛る炎の上に降り立った。



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魔力阻害を起こされていましたが、エレノアの考案した方法が有効であったようです。

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