第376話 不気味な力

『オリヴァー!』


突然、脳内に響き渡った声。


オリヴァーは表情や視線を一切崩さなかったが、アシュルの声音のただならぬ様子に、眉が一瞬だけピクリと動いた。


『アシュル殿下!?』


『残念だが、可憐な舞姫を愛でるのはここまでのようだ!』


『それはひょっとして、が『餌』に食いついたのですか?』


『そうではない!……いや、そうとも言えるが……』


『アシュル殿下?一体何が仰りたいのですか!?』


我知らず、声に焦りが含まれてしまったオリヴァーに対し、アシュルも動揺を抑えるかのような固い声で話を続けた。


『食いつく以前に、禍々しい魔力が複数、地下牢の建物から、真っすぐにこちらに向かっているんだ!まるで……突然湧いて出たようにね』


『――ッ!?……な……!!』


オリヴァーは、アシュルの言葉に激しく動揺してしまった。


この場合で言うところの『餌』とは、例の元男爵令嬢の事だ。


帝国の『魔眼』持ちに利用されそうな者達の筆頭。それは、元男爵令嬢……フローレンスと、彼女に騎士の誓いを捧げ、いまだに彼女への想いを持ち続けている元騎士団長のジャノウ・クラークだった。


相手の心の邪悪さや欲を操る『魔眼』持ちであるのなら、彼等を使って何か事を起こそうとするだろう事は容易に想像がつく。

それゆえ、ジャノウがフローレンスを助け出そうとするタイミングで、帝国が接触する事を見越し、罠を仕掛けておいたのだ。


――『光』の魔力は唯一『魔眼』に反応する。


だからこそ、会場内の浄化は聖女であるアリアに任せ、アシュルは、裏側からヒューバードと共に『影』達を統率し、このバッシュ公爵家全体に張り巡らされていた防御結界に『光』の加護を注ぎ続けていたのだ。


張り巡らされたアシュルの魔力は、『魔眼』による魔力汚染を浄化させるのと同時に、『魔眼』が使用された時に反応するセンサーの役割も備えている。

帝国の『魔眼』持ちがジャノウに接触し、利用しようとすれば、必ずアシュルの張り巡らした『光』の加護に反応する。そこを一網打尽にしようと画策したのだ。


敵は……いや、帝国は、この数十年に渡る不干渉を破り、バトゥーラ修道院を襲撃するという、言うなれば宣戦布告を突き付けて来た。

そこまで行動を起こすからには、何がどうあってもエレノアを得ようと、これからも謀略を巡らしていくに違いない。


そうであれば、いくら守り手が沢山いようとも、安全な場所に隔離しようとも、現状は変わらない。それどころか確実に悪化していってしまう筈だ。

何よりも、愛しいエレノアを再び籠の鳥にし、自由を奪う事となってしまう。


――ならば……と、こちらから仕掛けてみる事にしたのだ。


攻撃は最大の防御。


帝国が、罠であると分かっていながら彼らを利用しようとするのであれば、全力で迎え撃つし、逆に引けば、その程度の戦力であると知る事が出来る。


更にはこうなる事を予測し、『魔獣使いビーストマスター』とフローレンスの母親は、フィンレーによっていち早く王都へと転送させ、フローレンスだけは地下牢に残しておいたのだ。


……そして帝国は、しっかりジャノウらを利用する方向に舵を取ったようだ。


敵は内通者によって、この場にアルバ王国を背負って立つ次代の王家直系達と、それを支える最高戦力達が集結している事を知っている筈。

そのうえで、罠に飛び込んだとすれば、余程己らの力に自信があるのか、ただ単純に自意識過剰の無謀者のどちらかと思っていたが……。


『くそっ!迂闊だった!!自意識過剰になっていたのは、こちらの方だったという事か!!』


突如として現われた・・・・・・・・・敵。


つまり、帝国側はこちらの戦力を承知していたうえで、十分に対抗しうる切り札を持っていたという事だ。


『……一刻前、クラーク家より早馬が到着し、嫡男である元バッシュ公爵家騎士団長ジャノウ・クラークが出奔した旨が本邸に伝達されたというのに、なにを僕は悠長に構えていたんだ!!』


ジャノウが出奔した後、彼の後を付けるように言明されていた王宮の『影』達は全員困惑したという。

何故ならば、一体どんな手を使ったのか。屋敷を出奔した直後、彼の姿は文字通り煙のように掻き消えてしまったからだ。


必ず行動を起こすと踏んでいた為、張り付いていたのは『影』の中でも精鋭揃いだったと聞く。

いくらジャノウ・クラークが凄腕の騎士であったとしても、彼等の包囲網から逃げおおせられる筈がない。その時点で、もっと警戒すべきだったのだ。


こちらには、『魔眼』の天敵である『光』と『闇』の魔力保持者がいる……そんな奢りが、このような慢心を呼んでしまった。


結果、むざむざと、エレノアの身を危険に晒す羽目に……。


『何が筆頭婚約者か……!己自身に反吐が出る!』


だがそれでも、自分達が張り巡らせた防御結界に反応しなかった敵の存在を、アシュルの『光』の魔力だけは感知したのだ。


『魔眼』にとって、まさに天敵とも言える『光』の魔力。


アシュルがいなかったら、果たしてどうなっていたか……。想像するのも恐ろしい。


『アシュル殿下、感謝致します』


『オリヴァー、済まない。僕はギリギリまで、前線に参加する事は出来ない』


『当然です。貴方様は、最後の切り札なのですから。どうかここは、我々にお任せ下さいませ』


『……ああ。頼んだよ』


オリヴァーは、同じく魔導通信で会話を聞いていたイーサンに素早く目で合図をする。


それを受け、イーサンの気配が瞬時に変わった。


するとイーサンの気配に呼応するように、会場全体に配置されていた騎士達や影、そして招待客としてやって来ていた家門の精鋭達が、一斉に警戒態勢に入ったのだった。




◇◇◇◇




「え!?」


「なんだ!?」


エレノアの剣舞に見入っていた会場中の招待客達が、いきなり緊迫した会場の空気に動揺と警戒の声を上げる。まあ、当然だろう。


だが、流石はアルバ王国の貴族達と言うべきか……。


瞬時に何事かが起こると察し、高位貴族達は臨戦態勢に、非戦闘員達は近くの騎士達の指示に従い、速やかに避難を開始する。


ちなみにだが、女性達は今現在この会場には一人も居ない。エレノアの剣舞に皆が夢中になっている間に、全て避難済だ。


「オリヴァー兄様!?」


剣舞を止め、不安そうに自分の名を呼んだ愛しい妹に、安心させるように傍に寄ると、その身を抱きしめる。


「可愛いエレノア。……ごめん。出来ればこのまま、穏やかに君の成人を祝ったまま終らせてやりたかった……」


「兄様……」


僕の言葉に、無言でギュッとしがみ付くエレノアが、たまらなく愛おしい。


同時に改めて、この大切な妹のデビュタントを台無しにしてくれた帝国と、油断を招いた僕自身に対する怒りが湧き上がってくる。


「フィンレー殿下。宜しくお願い致します」


本当は、一分一秒たりと傍を離れたくはない。ましてや、とことん性に合わないフィンレー殿下に、可愛いエレノアを託す事も……。


だが、このままここにいては、エレノアが危険だ。


「ああ、任されたよ。さあ、エレノア。そして母上。安全な場所に行くよ」


フィンレー殿下が、闇の魔力を発動させる。このまま父上や国王陛下方がいらっしゃる王宮に戻れば、当面の間エレノアと聖女様の身は安全だ。


エレノアは……何かを耐えるような表情を浮かべ、心配そうに僕を見上げている。


優しいエレノアの事だ。襲撃者が自分を狙っているのに、僕達を戦わせて自分が逃げる事を気に病んでいるのだろう。

だが同時に、僕達が自分を守りながら戦うリスクについて、十分分かっているからこそ、何も言えずにいるのだ。


「兄様……。どうかご無事で……!」


不安を堪え、再び縋りつくように僕に抱き着いてくるエレノアをきつく抱き締めた後、フィンレー殿下にその身を託す。


大丈夫だよ、エレノア。僕達は君を悲しませるような事はしない。ちゃんと互いを守り抜いて、誰一人欠ける事無く君の元に戻るから。


エレノア達が無事に王都に戻る迄の間、彼等を自分の背で守るように、僕やクライヴ、そしてセドリックやディラン殿下方が刀の柄に手をかけ、グルリと周囲を警戒する。

更にその周囲を、クリス達バッシュ公爵家の騎士達や近衛達が取り囲んで守る。


――だが。


「――ッ!?これは……!!」


「フィンレー殿下!?」


焦りを含んだ声に、僕やクライヴ達が同時に振り返ると、フィンレー殿下が呆然とした様子で立っていた。エレノアや聖女様も、不安そうにフィンレー殿下を見つめている。


「フィン!?」


「フィンレー殿下!?どうしました!?」


「……魔力が……上手く出せない。いや、発動しても消えていってしまう!」


「――ッ!?」


衝撃的なフィンレー殿下の発言に気を取られる間もなく、周囲に凄まじい破壊音と爆風が響き渡った。



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もう一つの魔眼の力が発動されているもよう。

これはシリルの力なのか、それとも……?

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