第374話 悪意の種

チッ……。と、己の年若い主が舌打ちしたのに気が付き、デヴィンは気遣わし気に眉根を寄せた。


「如何なされました?シリル様」


「……僕の『力』が浄化されていっている」


「なっ!?」


忌々し気に呟かれたシリルの言葉に、デヴィンの目が驚愕に見開かれた。


帝国に君臨する皇族の中でも、現皇帝の血を引くシリルは、数ある兄弟達の中でも強力な『魔眼』を有している。


そのシリルの『力』が破られるなど、信じられない事だった。


「そ、そんな……!!シリル様のお力が!?……もしや、『聖女』が……!?」


「ああ……。まあ、確かに『聖女』の力もあるけど……。やったのは『本命』の彼女だよ」


「――ッ!?エレノア・バッシュ公爵令嬢が……!?」


「そう。僕の可愛い『こぼれ種』だよ。まさか剣舞を使って、僕の『力』を浄化させるとは……。流石は『転生者』というべきか。それとも、彼女には聞いていたのとは違う、特別な力が備わっているのか……。ふふ……。益々欲しくなっちゃったなぁ……」


デヴィンからの報告で、あの結界の中、膨大な土の魔力でもって精霊を召喚し、最終的に九頭大蛇ヒュドラを滅ぼしたのは、あの娘だったと聞いた。


それに加えて、この浄化の力。……まさに『聖女』に勝るとも劣らぬその力。

彼女こそ、まさに自分の隣に在るに相応しい。


「なんとしてでも手に入れる。……あの『こぼれ種』は僕のものだ……!」


シリルの金色の瞳が妖しく煌めいた。


自分の持つ『魔眼』の力の一つ。それは、他人の『欲』を増幅させる事だ。


金が欲しい、権力を持ちたい、手に入れたい女がいる……。


そういった欲求が強ければ強い程、自分の『力』はそれらを爆発的に増幅させ、あたかも毒が全身に回っていくように、対象者の心身を汚染させていく。


ただ、たとえそういった欲を持っていたとしても、強大な魔力保持者や、清廉な思考の持ち主等に、この『力』は作用し辛い。


結果的に、大陸一の国力と豊かさを誇り、ずば抜けた魔力量を有するアルバ王国の国民……主に男性であるが、彼らと自分はかなり相性が悪かった。

多分ではあるが、大切にされ過ぎて、大陸一我儘と定評のあるこの国の女達の理不尽に耐え続けた結果、鋼のような自制心が育まれたのだろう。


だが、たとえアルバ王国の民であったとしても、全ての者が聖人君子である筈もない。……そう、このアルバ王国に在っても、愚かな人間はそれなりにいるのだ。


女に手酷い目に遭わされたり、愛する相手を得る為、金が欲しい下級貴族達。

そんな彼等の欲を増幅させ、リンチャウ国の人身売買組織に便宜を図らせていたのだが……まあ結局それも、王家が介入し、完膚なきまでに叩き潰されてしまった。


その切っ掛けとなったのが、特に使える駒だったあの下級貴族だ。


かつて、エレノア・バッシュ公爵令嬢に懸想し、己がモノにしようと画策したが、その事を彼女の筆頭婚約者であるオリヴァー・クロス伯爵令息に看破され、排除された男。


あの男の、オリヴァー・クロスへの憎しみを必要以上に増幅し、暴走させさえしなければ、大切なルートは潰されず、今も優秀な胎を得られ続けていたに違いない。そう思うと、返す返すも残念でならない。


「しかも……だ。よりによって、あのオリヴァー・クロスの掌中の珠が、我ら帝国の『こぼれ種』だったなんてね」


貴族の中の貴族と謳われるだけあり、あの男にはまるで隙が無い。あるとすれば、『万年番狂い』と称される程に、婚約者である妹を溺愛している事だけ。


もしその愛情が一方通行のものであったとしたら、その偏愛を利用する事も可能であったろう。

だが当の妹も、彼の事を心の底から慕っており、彼女からの惜しみない愛情を向けられ、心が満たされてしまっている。


他の婚約者達も同様で、憎らしい程に互いに相思相愛。


しかも、彼女の周囲にいる者達の忠誠心は非常に篤く、「これぞアルバの男」という程に、邪な想いを抱く者が皆無という凄まじさだった。


しかも、あれだけの男達に愛され、傅かれているにもかかわらず、女の敵とされている第三勢力同性愛者達にも、何故か大なり小なり好意を持たれている始末。


ならばと、彼女を公妃にしようと画策しているとされる、王家直系に狙いを定めてみたものの、当代の聖女の血を継ぐだけあり、容易く『力』を弾かれてしまった。


しかも、あの第三王子。あれは危険だ。


彼の持つ魔力は、聖女の持つ『光』の魔力と対極にある『闇』の魔力。


鎮静と精神感応に特化した『闇』の魔力は、邪を浄化する『光』の魔力と同等、相手の精神を操る『魔眼』にとっての天敵だ。


迂闊に手を出してしまえば、先の『魔獣使いビーストマスター』同様、待つのは破滅だろう。


だが、折角彼女が王都という鉄壁の守り場から出て来たのだ。この機会は逃せない。


しかも彼女が主催する夜会に、彼女を信奉する『部外者』達が多く集うという。……そう、彼女を心の底から愛し、欲する男達が……である。


彼等は、彼女の事を崇拝する程に愛してはいても、エレノア・バッシュ公爵令嬢の周囲の者達のような、絶対的な忠誠心はない。だから容易く『欲』に干渉する事が出来た。


アルバの男達の弱点は、女性に対する愛情の深さと執着心だ。


実際、エレノア・バッシュ公爵令嬢を渇望する男達の『欲』に干渉してみると、面白い程にそれらは肥大し、みるみるうちに狂愛へと昇華していった。


そうして、植え付けた自分の魔力と意識をリンクさせ、エレノア・バッシュ公爵令嬢が会場に現れたタイミングで、一気に彼らを暴徒化させようとしたのだ。


しかし、聖女の力なのか、忌々しい事に会場中を覆う程の『光』の魔力に阻まれ、『力』の発動が押さえつけられてしまう。


……だが、彼等の『欲』の源であるエレノア・バッシュ公爵令嬢がいる限り、彼等の中の『欲』は増大し、浄化される事はない。


皮肉な事に、護るべき彼女が輝きを放つ程に、『欲』の力は増していくのだ。


そうして、『欲』の暴走への切っ掛けになるであろう機会が遂に訪れた。……そう、彼女が『剣舞』を舞う時だ。


彼女は『姫騎士の再来』と呼ばれ、崇拝の対象となっている。そんな彼女が、姫騎士姿で剣舞を踊るなど、爆弾を抱えた連中にとっては格好の起爆剤となるに違いない。


――そう、思っていたのに……。


「まさか、剣に『聖女』の魔力を宿し、僕の『力』を浄化してしまうなんて……!」


そうこうしている間にも、繋げていた『力』が浄化されていくに伴い、徐々に視界が狭まっていく。


やがて、彼女が剣を鮮やかに一閃させた瞬間、何も『視る』事が出来なくなった。


その事に苛立ち、再度舌打ちをする。


計画が狂った事も当然苛立たしいが、何よりもあの白い輝きが視界から失われてしまった事に、不可思議な焦燥感を覚えてしまう。


「それにしても、まさかここまで我らの目論見が読まれていたとは……」


流石は我が帝国の力を以てしても、攻め滅ぼす事が出来なかった唯一の大国であり、その中心で次代を担うとされる精鋭達。


「……ふ……。まあいい。確かに初手はこちらの負けだ。……さて。それでは、かけていた『保険』の方へと向かうとしようか。デヴィン、『彼』はもう到着しているのかな?」


「は。今頃は感動の再会に打ち震えておりましょう」


「はは。今この場において、最も厳重な警備を敷かれているだろう場所に、まさか堂々と招かれざる客が来るとは思っていなかっただろうな。まったく、お前の能力は使い勝手がいい」


「恐悦至極に御座います」


シリルの上機嫌な声音に、デヴィンは深々と頭を垂れる。


「それじゃあ僕らもそろそろ、あちらに向かうとしようか。…それにしても全く、アルバの男の女にかける情熱とやらは、愚かで哀れなものだねぇ……」


嘲るように、小さく嗤うと、シリルとデヴィンは闇の中、溶けるように消えていった。



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場面変わって、帝国サイドです。


魔眼の力のヤバさは、王侯貴族なら熟知しておりますので、当然手は打ちますが、やはり知られていない能力などもありますので、互いに油断禁物です。

そしてアルバ男の献身と不遇は、思いがけず魔眼対策になっていたもよう。何事も悪い事ばかりではないんですね。

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