第373話 破魔の舞い
『剣舞』
元は女神への奉納舞であり、神事の際、破魔の聖剣をもってその場の邪気を払ったのが始まりとされているそれ。
そして代々、そのお役目を司ってきたのは、その時代における『聖女』であったそうだ。
だが、それも女性が減り続け、『聖女』の出現が数十年から数百年に一度、あるかないかとまでなってしまった現在において、その真の意味は形骸化し、ただの剣技の一つとして世に定着されていったのである。
――【アルバ建国紀】より
◇◇◇◇
シャラン……。
硬質な美しい音が、静まり返ったホールに響き渡る。
少女が抜刀し、振るった白刃の煌めき。その一閃が……『何か』を切り裂いた。
「――ッ……!!」
その後、次々と繰り出される見慣れぬ剣の型と、流れる様な動き。翻る騎士服を模したドレスは、彼女の周囲を照らす光を受け、眩いばかりに幻想的な輝きを放ち、彼女の舞いに更なる彩を添えている。
虫も殺せぬような、たおやかで美しい少女。そのしなやかな腕が、武骨な武器を手に振るい、舞う。
そのアンバランスさが、更なる非現実感を増幅し、目の前の光景に神秘性を与えているのだ。
「……ッ……ああ……!これは……」
溜息交じりの声が、知らず口から漏れ出る。
彼女の振るう刀の動きに合わせ、会場全体に鳴り響く硬質な共鳴音は、まるで剣舞の為に奏でられている音楽のようだ。
傍にいた誰かが「ああ……。学院で見た舞いと同じ……いや、それ以上だ」と呟きながら、自分同様、恍惚とした表情で涙を流している。……そうか。彼は学院の生徒なのだな。
実際に出逢った彼女はとても美しい少女だった。そして、今迄出会ったどの女性達とも違っていた。
誰よりも素直で純粋で……。そして自分を愛する婚約者達に、同等の……いや、それ以上の愛情を惜しみなく向ける。
しかも信じられない事に、彼等との縁を断ち切られそうになった時、自分の身分をかなぐり捨てようとまでしたのだ。
信じられなかった。
――女性は国の宝であり、愛し尊ぶ守られるべき存在。
それがこのアルバ王国の絶対的な不文律であり、我ら男が命をかけて尊寿すべき事。
だからこそ、男は愛する女性に身も心も捧げても、同等の愛を捧げ返される事を望まず、ひたすらに尽くし続けるのだ。
……そう。たとえ本心ではそれを渇望していたとしても、見てみぬふりをし、心に固く蓋をする。
だが彼女はその蓋を、呆気なく開け放ってしまったのだ。
『大切な人達の色だから』と、婚約者達の色のドレスを身に纏い、『守られているようだ』と幸せそうに笑った彼女。
自分が愛する者達の為に、毅然とした態度で理不尽に対し、真っすぐに立ち向かう。
その姿に打算計算は一切なく、最愛の為なら、己の立場すらも投げ出そうとする。そのどこまでも潔く深い愛。
全ての男が渇望し望むであろう、理想そのものな少女。
『もしも彼女が、自分にもあの無償の愛情を与えてくれたのなら、それはどれ程の喜びであろうか……!』
そんな少女を手に入れられた婚約者達への嫉妬は、少女を渇望する心と相まって、どす黒い憎悪へと変わっていった。
そして……。自分と同じく彼女を愛し、手に入れようとしている王家直系達に対しても……。
――ウバイタイ、アイシタイ、ジブンノモノニシタイ、イヤ、シナクテハ……。ソレガカナワヌナラ、イッソカノジョヲコノテデ……。
ああ……。まただ。
何故かバッシュ公爵領を訪れた時から、頻繁に聞こえてくるようになった『声』。
遂に願望が幻聴となって頭の中に響いてきたのかと、幾度もその『声』を振り切って……いや。確かにこのまま正攻法では、彼女の婚約者になる事はおろか、傍に近寄る事すらまともに出来ないだろう。
王家も出て来た今、彼女の傍に在る為には……奪ってでも自分のものに……しなくては……ならない……。
――シャラン……。
ハッと唐突に、意識が覚醒したかのような感覚に見舞われる。
丁度目にした彼女は、刀を水平に一閃していた。
それがまるで、今自分が考えていた邪な想いを一刀両断されたような感覚に陥り、知らず冷や汗が背を伝い、震える唇を手で覆い隠す。
「私は……。一体
薄衣が一枚一枚剥がされていくように、思考が徐々にクリアになっていくのを感じる。
彼女が……エレノア・バッシュ公爵令嬢が、その刃を振るう度、先程まで胸の中で渦巻いていた激情と、胸が焼け爛れそうな程にドロドロと噴き上がって来る黒い劣情が、清廉な『何か』によって浄化されていく。
ああ……そうだ。自分は何を考えていた?
真に愛し、尊ぶべき女性を地に堕とし、悲しみを与えるなど、アルバ男の風上にも置けぬ言語道断な所業だ。
煌めく白刃を手に、ヒラリ、フワリと白い花のように舞う愛しい少女。
女神様の祝福をその身に体現したかのような、奇跡のようなその存在。
その姿をこうして目にする事が出来る、今の幸運もきっと、女神様の慈悲と祝福に違いないのだ。
私はそっと胸に手を充て、目の前の少女と女神様に対し、心からの懺悔の祈りを捧げた。
「……感じるか?オリヴァー、セドリック」
「ああ、クライヴ」
「はい、クライヴ兄上。……明らかに彼らの纏う空気が変化しました」
オリヴァーがチラリと王家直系達へと視線を走らせると、彼等も心得た様子で軽く頷く。
そんな彼らは、互いに『聖女』である母を背に守る様に囲んでいる。
その『聖女』はというと、目を固く瞑り、両手を組んでひたすらに祈り続けていた。
祈りは、エレノアの振るう刀へと宿り、力となる。
そうして芽吹きそうになっていた『悪意』を剣舞を舞う事により、次々と浄化していっているのだ。
「アリア様が単独で祈られていても、今にも暴走しそうな魔力を抑える事しか出来なかったからね。流石は邪気を祓うとされる『破魔の舞』だ」
エレノアの舞う剣舞は、神に捧げる奉納舞であるのと同時に、その場の邪気を祓う邪気払いの舞いでもあるのだ……と、以前エレノアから説明を受けた事があった。
それは、本来の剣舞の役割である、『破魔の聖剣をもってその場の邪気を払う』と同等の意味を持っていた。
帝国の高魔力保持者。……特に王族に連なる者達は、大なり小なり、先日捕らえた『
そして強力な『魔眼』持ちの魔力に完全に対抗出来る属性は、『光』と『闇』。……だが、アリアの浄化の祈りとフィンレーの精神感応も、ジルベスタ達にかけられた魔力干渉を完全に断ち切る事は出来なかった。
つまり、『光』と『闇』の属性は、強力な『魔眼』と
それは実際、かの元辺境伯とアシュル達との戦いでも実証されている。
だが、その中に在って唯一、『魔眼』を完全に封じる事が出来たのが、エレノアが発動したとされる『大地の魔力』だ。
帝国が仕掛けてくるとすれば、このデビュタントの場以外考えられない。
しかも間の悪い事に、この場には高位魔力保持者達が沢山集結している。もし彼らが他人の心を操る類の『魔眼』により操られでもしたら、大変な事になるに違いない。
極論で言うならば、帝国の戦力を相手にするだけなら、殺す事を前提に攻撃すれば済む。
だが、操られた彼等は、本来であれば味方であり、同じアルバ王国の人間。出来れば傷付けずに済ませたいが、それは甘い考えだろう。
なにせ招待客達の中には、貴族令嬢や獣人メイド達といった、守るべき女性達がもいるのだ。
エレノアを守り抜き、なおかつ彼女達を守る為、場合によっては操られた者達の命すら奪う事も視野に入れなくてはならない。
バトゥーラ修道院が襲撃され、王都に動揺が広がっている今、そのような事態になってしまえば、国に激震が走り、パニック状態に陥るに違いない。
エレノアを奪い、更にはアルバ王国を揺さぶり隙を作る。……多分だが、帝国はこの一挙両得を狙っているのだろう。
――だからこそ、自分達は敢えてエレノアに剣舞を舞わせる事を決めたのだ。
アリアは『聖女』だが、剣舞は舞えない。
対してエレノアはまだ『聖女』ではないが、『
ならば、二人の力を合わせれば、たとえ帝国の王族クラスの『魔眼』が使用されても、その力を打ち破れるのではないか……。というのが、アイザックと国王陛下の一致した意見だった。
一か八かの賭けではあったが、エレノアが剣舞を舞い始めた時から、明らかに彼らの纏う雰囲気が変わり、会場中の空気も徐々に清廉なものへと変わっていった。これでひとまずの危機は脱したと言えるだろう。
エレノアの持つ魔力を知らない帝国側は、この予測不可能な事態に動揺しているに違いない。
「まずは、先制は取った。更に、内部に裏切り者がいる事も確実となった。……さて、次はどう出てくるかな……?」
オリヴァーはそう呟くと、酷薄な表情でうっそりと笑った。
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第三者視点から始まりました剣舞です。(誰かなんて、すぐにお察しですよねv)
元々、鉄や鋼は邪気を祓うとされているそうです。
一説によると、精霊や妖精も鉄の武器は苦手だとか。(となるとワーズはどうなんでしょうかね?)
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