第372話 感謝を込めて
アシュル様との二人きりのダンスの後、部屋に戻ると、「待ってました!」とばかりに待ち構えていたジョナネェと美容班達の手により、手早くドレス姿から姫騎士仕様のドレスへと着替えさせられる。
いやもう、あっという間に髪飾りを外され、フェイスカバーを掛けられた次の瞬間、本当にスッポーンってドレス脱がされました。
で、スポッと頭から姫騎士服in……って感じに、サクサクと支度が進んでいっている訳なんです。(果たしてこれでいいのだろうか?)
「それにしても、残念ですねお嬢様。セドリック様もリアム殿下も、花吹雪の演出を楽しみにしておられましたのに」
「うん、そうなんだよね」
剣舞をする際邪魔にならないよう、髪を編み込み、後頭部でお団子にしてくれているシャノンの言葉に、私は相槌を打った。
実は剣舞の舞台、警備上の問題から、外の演習場からダンスホールへと変わってしまったのである。
月明かりの下、幻想的に舞う私を楽しみにしてくれていた騎士達や婚約者達は全員、とても残念そうだったけど、確かに外は危険だと私も思います。特に招待客達の安全がね。
で、そうなったらそうなったで、別の問題が浮上してしまった。
それは何かと言うと……ズバリ、剣舞を舞う際の衣装。
確かに西洋風のダンスホールで袴姿っていうのは、ミスマッチ感半端ない。
そんな訳で、衣装も袴から姫騎士服へと変わる事となったのである。
ちなみにだが、私が今現在身に着けている姫騎士仕様のドレス。全体的に白を基調としており、勇ましさを削り、いつもよりも格段にドレス寄りになっていて、しっかりとデビュタントを意識した見た目になっている。
「うん、これで完璧ね!流石は私!全くもう……。自分で自分の才能が恐くなってくるわ~!!」
最後の仕上げとばかりに、細部に至る迄細かくチェックをしながら、ご満悦とばかりの良い笑顔で自画自賛しているジョナネェ。
だがその笑顔に反比例する、目の下の真っ黒いクマが痛々しい。
そんなジョナネェの姿を見ながら汗を流す私は、彼……いや、彼女がここに召喚された時の事を思い出していた。
あの時ジョナネェ、デビュタントのドレスと同時進行で姫騎士の服も作成してくれないかって、依頼されていたんだよね。
当然というか、ジョナネェはブチ切れた。
「あんたら鬼よ、鬼!!いえ、悪魔……ううん、魔人よ!!いや~!!誰かっ!私、ここで殺されるー!!」
……なんて、まさに自身が悪鬼かと見まごうばかりの物凄い剣幕で喚きまくっていたっけ。
まあ流石に不憫だよねって事で、姫騎士服の方は一から作るんじゃなく、今回持ってきていた服をアレンジするって事になったのだ。
それに加え、ディーさんの身体を好きに採寸していいって条件を付けた結果、ジョナネェは盛大に文句を喚きつつも、依頼を引き受けてくれたって訳なのである。
ジョナネェ、いつも無理ばっかり言って、本当に御免ね。(ついでに、犠牲になったディーさん、本当に御免なさい!そして有難う!!)
「……ねえ、ジョナネェ」
「なに~?」
「リメイクするって言っていたのに、これ殆ど新作……だよね?」
「何言ってんの、ベースは残したわよ!ほら、よく見なさい。こことここ!」
「う、うん……。ズボンの形とブーツの形は同じだね」
つまりはそこ以外、全部新作って事ですよね。
しかも、元々は黒だったズボンとブーツ、真っ白になっているんですが……。これ、実質全部作り直したって言わないかな?ジョナネェのデザイナー魂、ビシバシに感じるよ。
今回のデビュタント仕様姫騎士服は、お馴染み『
アニメや漫画でよく見る、女性用の軍服っぽくも見えるけど、あくまでラインはエレガント。また、目立たないように裾の部分に銀糸で刺繍が施されている。
シンプルそうに見えて、物凄く手がかかっている所は、デビュタントのドレスと同じだ。
勿論、袖に豪華なレースをあしらったり、髪をまとめるリボンやボタン、帯剣用の腰ベルトなどの小物類に、さり気なく婚約者の色を纏わせているところなんかは、ジョナネェのセンスが最大限に光る所だ。
そして、一見地味にも見える姫騎士ドレスだが、ダンスの時と同様、激しい動きに合わせ、『
「あんたのダンス、見させてもらったけど、もう本当に最高だったわ!!あの馬屋に押し込められている女猿共にも見せてやりたかったわね~!!」
「え?馬屋?」
途端、ジョナネェはハッとした後、何かを誤魔化すかのように、オホホーと高笑いをした。
「ええ、そうなの。何でも、お屋敷に迷い込んだ野生の猿が何匹もいたらしくてね、取り敢えず馬屋に放り込んでるんですって!ああ、心配しないでいいわよ?後でちゃんと野生に帰すそうだから!」
そうなんだ……。こんな所に猿が出没するなんて、流石は緑豊かなバッシュ公爵領。でも何で、捕獲した猿がメスだって分かったんだろうか?ひょっとして子供でも連れていたのかな?
というかジョナネェ、微妙に笑顔が黒く見えるのは、私の気の所為なのかな?
「ふふ……それにしても、どこに出しても恥ずかしくない姫騎士の誕生ね!美しいわよエレノアちゃん!」
「ええ、本当に……。大変にお美しゅう御座います、お嬢様!」
「まさに姫騎士……いえ、白の聖女様!!」
「我がバッシュ公爵家の誇り!!」
「あ、有難う。みんな」
支度が完璧に終わり、腰ベルトに帯刀した私に、惜しみない称賛をしてくれるジョナネェと美容班達に、思わずはにかみ笑いを向ける。
すると、ジョナネェや美容班達は揃って口元を手で覆い、俯き震えている。やはり連日の徹夜が祟っているのだろう。顔も赤いし、今日を乗り切ったら是非ともゆっくり寝て欲しい。
「さ、エレノアちゃん。出陣よ!ビシッとキメてらっしゃい!」
復活したジョナネェの笑顔での喝に、私もとびきりの笑顔で頷いた。
私が大階段に姿を現したその瞬間、会場中が静まり返った。
楽団が奏でる静かな音楽に混じり、ヒュッと息を飲む音や、感嘆の溜息等があちらこちらから聞こえてくる……のはいいんだけど、そこかしこで片膝を突いて祈り始めるのは止めて下さい。
あ、ジャックさん!五体投地は流石にアウトでしょう。ほら、ライトさんに殴られた!
それにしても……だ。
階段を上る時、ウィルが私をエスコートしてくれたんだけど……。階段を下りている今は、私の後方にシャノンと共について来てくれているのだ。
まるで騎士が上官に従うかのように……いや、実際ウィルもシャノンも、バッチリ騎士服に着替えているんですけど!?これも演出かな?え?見たまんま護衛です?成程。お世話をおかけします。
階段を下り切り、兄様達や殿下方、そして来賓達の前に立った。
……視線が痛い。特に婚約者サイドからの視線が滅茶苦茶熱い。
チラリと見てみると、どの顔もまるで熱に浮かされたような蕩ける笑顔で、思わず顔から湯気が出そうになった。
だが、ここでヘタレてしまったら女が廃る!頑張れ、私の自制心!そして鼻腔内毛細血管!!
あ、イーサンが眼鏡のフレームを指クイした。
よしっ!打ち合わせ通りに……。
私はグッと腹に力を入れると、出来るだけ凛として見えるような笑顔を浮かべた。
「皆様、お待たせ致しました。これより、今宵無事にデビュタントを迎えさせて頂きました感謝を女神様に。私の為に、今この場に集って下さった皆様方への感謝を。……そして……」
脳裏に、王都で私を待っていてくれる父様方や母様方、パト姉様他、大勢のオネェ様方、ジョゼフやベンさん……。大切な人達の顔が次々と浮かんでくる。
「私を慈しみ、育んで下さった全ての方々への感謝を、剣舞でもって捧げさせて頂きたいと思います」
そう言って、騎士の礼を取った途端、会場中からどよめきと共に、「おおっ!!」「なんと……!!」「姫騎士の剣舞!?」「あああっ!!め、女神様!!」「ご褒美です!有難う御座います!!」「い、生きてて良かったぁ!!」等の声が次々と上がった。
正直、騎士達やクライヴ兄様が行う剣舞の方が、確実に見ごたえがあるんだろうけど、女だてらに剣舞を舞うなんて、この国……というよりこの世界では、多分私ぐらいのものだろうから、多少稚拙でも楽しんで貰える……と思いたい。
私の後方について来てくれていたウィルとシャノンが、私の傍から離れ、兄様方の後方に控える。
いつの間にか音楽が止み、華やかに煌めいていた会場も、自然な状態で照明が抑えられている。
会場中が静寂に包まれていく中、私は先程まで十二舞踏を踊っていたダンスホールの中央へと、精神統一しながら歩を進める。
私が足を止めた瞬間、その場と周辺だけが、まるでスポットライトを当てられたかのように柔らかい光に包まれる。
痛い位の静寂の中、深呼吸を一つし、目を閉じると、周囲の音も視線も何もかもが意識の中から消えていく。
そうして研ぎ澄まされた感覚に従い、私は柄に手を添え重心を落し、抜刀した。
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いよいよ、剣舞という名の奉納舞スタートです!
ジョナネェ、何気にエレノア関連では苦労のさせられ通しですが、未知の挑戦という、デザイナーにとってご褒美とも言える体験が出来るので、実はいつもワクワクしています。
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