第371話 二人きりのダンス
「うぅ……。さ、流石に限界が……」
「お嬢様、しっかり!あと十三段ですよ!!」
私はウィルに手を取られ、優雅に大階段を上がっていた。
勿論、時たま会場を振り返り、笑顔を振りまく事を忘れない。
……ドレスの中の足は、ダンスによる疲労で、生まれたての小鹿のようにプルプルしているんだけど、それを悟らせないよう、あくまで優雅に階段を昇っていく。あ……あと八段!頑張れ自分!!
ちなみに何故私が階段を昇っているのかというと、それは勿論、お色直し(?)の為である。
いやいや、お色直しとは言っても、新しいドレスに着替えてワンマンショーならぬ、デビュタントショーを繰り広げたい訳ではないですよ。
そんな愚かな事をして、会場中の人から冷笑で迎えられたら心が折れる。というより絶対やらない!
という訳で。
私の言うお色直しとはズバリ、剣舞の衣装に着替える事です。……にしてもこの震える足で、果たして剣舞を舞う事が出来るのだろうか?
あ、そっか!きっとアリアさんが後で治してくれるんだね……って、ん!?ちょっと待って欲しい。
もうここまで階段昇っておいてなんだけど、着替える為だけならわざわざ階段を昇って二階に行かなくても、一階にも山のように部屋があるじゃないか。
実際、招待客用のレストルームや休憩用のお部屋も全部、一階にあるよね?なのに何で、わざわざ二階まで行かなければならないんだ!?
階下のオリヴァー兄様に、そう目で訴えたんだけど、ニッコリと謎の笑顔を向けられた。
「お嬢様。こういった事も、主催者としての大切な演出なのですよ」
ウィルにそう説明されて、撃沈。
なんでも、貴族として夜会を主催するのって、いちいちこういった
うむ、つまりは宝●や演歌歌手のステージのようなパフォーマンス的な?
……はぁ……。貴族って大変。もう今後一切、夜会主催するのは止めよう。……って、クライヴ兄様!冗談です!冗談ですから、私の表情読んで、手をワキワキするの止めて下さい!
後で頭を撫でるフリして、頭部鷲掴み攻撃を決めないで下さいよ!?ほら、『お嬢様の御髪を乱したら……』とばかりに、柱の影からシャノンが睨んでますよ!?
まあ、そんな訳で、プルプルした足を必死に叱咤激励し、優雅かつドラマチックに残りの階段を昇る。
……そういやエスコート、なんでウィルなんだろう?
いや、正直気心の知れたウィルで嬉しいんだけど、普通こういった場合、筆頭婚約者であるオリヴァー兄様がエスコートしたりするんじゃあ……え?貴族令嬢が茶会や夜会を開いた時は、筆頭婚約者が全てを取り仕切るのが普通?
えっと、じゃあ御令嬢は何を……ああ、今の私のようにパフォーマンスしつつ、新しい婚約者や恋人の
『それにしても……』
リアムとのダンスが終わった後、すかさずイーサンが「それではこれより、エレノアお嬢様が一時退席されます。戻られる迄の間、皆様は引き続き、御歓談やダンスをお楽しみ下さいませ」と宣言したんだよね。
で、その直後、「ええっ!?」「なんだと!?」「ちょっ……!まっ……!!」「謀ったな!?」……なんて怨嗟交じりの声とあらゆる魔力が一気に沸き上がった。あれにはビックリしたなぁ。
どうやら、「次は自分が」と待ち構えていた人達がかなりいたようで、それが打ち止めになったと恨み節が炸裂したらしい。
……いやいやいや。あれ以上踊ったら、真面目に私、死にますから。
というか、ブーイングかましている御令息方、フィン様が一瞬出した闇の触手見てピタリと口をつぐんでいたけど、あれってひょいひょい出してしまっていいものなのだろうか。
あ、オリヴァー兄様、珍しく良い笑顔を浮かべながらフィン様と頷き合っている。成程、ああいう場で使うのは正しいようだ。
おおっ!そんな中でも一人だけ、フィン様の闇の触手も恐れず、殺気を駄々洩れさせている人が……って確かあの人、アストリアル公爵令息のジルベスタ様だ。流石は三大公爵家の嫡男。肝が据わってるなぁ。
さて、最後の一段を昇り終えた後、最後の根性で踊り場を後にした私は、そのまま力尽きて崩れ落ち……る前に、ウィルではない誰かによって、後方からキャッチされた。どこのどなたか知りませんが、お手数おかけしま……。
「やあ、エレノア」
「――ッ!?ア、アシュル様!?」
何故ここに!?……という言葉は、アシュル様のキラキラしい絶世の美貌にやられ、口から出てこなかった。
代わりに真っ赤になってあうあう言っている私を、アシュル様は軽々とお姫様抱っこしながら、更に極上の笑顔を浮かべる。ちなみにウィルはと言うと、いつの間にか姿を消していた。
「実はね、ここから君の部屋までエスコートして欲しいって、オリヴァーから頼まれたんだよ」
「え!?オリヴァー兄様に!?」
その言葉に、私は二重の意味でビックリする。
一つは当然、王太子をそんな事に使うなんて……って事と、もう一つは、オリヴァー兄様がわざわざアシュル様にエスコートを頼んだって事だ。
ウィルに任せるのはともかく、デビュタントで婚約者をエスコートするのは、どんな時であっても筆頭婚約者がするのが常識であり、特権でもある。
その特権を同じ婚約者であり、恋敵でもあるアシュル様に譲るなんて……。
「オリヴァーは、君が絡むと天元突破な狭量を発揮するけど、基本優しい男だからね。裏方で一人寂しくしている僕を見かね、情けをかけてくれたんだろう。……まあ、ついでに君の治療をしてもらおうって魂胆だったのかもしれないけど」
「は……はあ……」
そう言って苦笑するアシュル様の言葉に、気が付けば足の痛みや身体中の疲労が綺麗さっぱり消えている事に気が付いた。
きっとアシュル様が、アリアさん譲りの『癒し』の力を使ってくれたんだろう。アシュル様、どうも有難う御座います!
「さあ、部屋まで送っていくよ」
そう言って歩き始めたアシュル様。
広い廊下には、窓から差し込む月明かりを邪魔しないようにか、魔道ランプに淡い光が灯っており、とても幻想的だった。
そして背後からは、階下で演奏されているダンスの曲が聞こえてくる。
「あの、アシュル様」
「ん?何だい、エレノア?」
「……少しだけ、踊りませんか?」
「――!!」
ほっそりとしているようでいて、服越しからでも分かる筋肉が付いた胸から、アシュル様が息を飲んだ動きが伝わって来た。
そっと見上げた先にあったのは、驚きで見開かれた幻想的な程に美しい、澄んだアクアマリン・ブルーの瞳。
そして次に目に映ったのは、月明かりに煌めく白磁の美貌を彩る黄金の髪。
私のドレスの飾りになっている麦の色であり、豊穣の象徴でもあるそれ。
やがて、驚愕に彩られたその顔に、蕩けるような甘い微笑が浮かぶ。
「勿論!僕の愛しい女神様のご要望とあらば、何を置いても喜んでお受け致しましょう」
そう言うと、アシュル様は抱き上げていた私を優しく下ろす。
そして、「これぞ王族!」と言いたくなるような、優雅で美しい貴族の礼を行った。
思わず世界がグラリと揺れた気がした。……が、あくまで気のせいと己に喝を入れ、足を踏ん張る。
そして、その所作に負けじと、最上級の敬意を込めたカーテシーを行った。
微笑み合い、手と手を取り合い共に踊る。当然というか、今回の曲は普通のワルツだ。
「ちょっと残念だけど、君と踊る十二舞踏は、結婚式の時まで楽しみに取っておくよ」
そう言って、見事なリードで私と踊るアシュル様の笑顔が眩し過ぎる。
薄暗がりの中に在って、このキラキラしさ。
パーティー会場で拝んだとしたら、間違いなく鼻腔内毛細血管が決壊していたに違いない。全くもって、危なかった。
でも……。
「アシュル様だけ、こんな所で御免なさい……」
王太子でもあり、私の婚約者でもあるのに、彼は私を守る為に影に徹しているのだ。出来る事ならディーさん達のように、非公式でも私と婚約者としてダンスを踊りたかっただろう。
「違うだろう?エレノア」
アシュル様の人差し指が、私の唇にそっと触れた。
「こういう時は、『有難う』って言って欲しいな。それに、僕は嬉しいんだよ。遠い王都で、ただ君の無事を女神様に祈るだけじゃなく、こうして直接君を守る事が出来るんだから」
――その言葉が慰めなんかではなく、本心からのものだと分かる。
一番煌びやかな場所で、優雅に笑っているべき立場の人なのに、国や国民の為に粉骨砕身尽くす事を厭わない。
まさに王となるべく生まれた、アルバ王国の未来を……そして私を照らす黄金の輝き。
「アシュル様……。有難う御座います」
恐れ多いとか、なんでこんな人が……とか、今はもう思わない。
この人が私に向ける、真っすぐな愛情に相応しい人間になれるよう、私はこれからも頑張ろうと思う。
「エレノア……」
ゆっくりと、アシュル様の絶世の美貌が私の視界いっぱいに映り、思わず瞼を閉じた直後、温かい感触が唇に触れた。
……いつもならこの時点で、鼻腔内毛細血管は崩壊していただろう。
けれどそんな事にはならず、ただ温かい気持ちが心の底から湧いてくるだけだった。
まあ勿論、顔は真っ赤になっているだろうけどね。
「ふふ……。二人きりで踊れるなんて、僕にとって最高のご褒美だね」
唇を離した後、そう言って笑ったアシュル様。
それは年相応の青年が浮かべる、屈託のない、とびきり良い笑顔だった。
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天知る地知る、オリヴァー兄様が知る。
文句の一つもなく、頑張っているアシュル様に、とびっきりの塩が送られました(^O^)
でもその後、最後の抜け駆けを影達から聞いて「止めとけばよかった……」と呟いたとかなんとか。
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