第370話 婚約者達とのダンス③

朧月夜おぼろづきよ


この曲は十二舞踏の中で唯一、『悲しみ』を表現していると言われている。


それゆえ、大切な何かを亡くした者が、鎮魂の祈りを込めて踊るのが通例なのだそうだ。


まあつまり、こういった華やかな場で踊る人は滅多にいないと、そういう事なんだろう。


だからなのか、この曲を知っている人達は皆、興味深そうに私達の踊りを注目している。

……出来れば、がっつり注目しないで欲しいんですけどね。


私が初めてこの曲を聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのは、前世における巨匠が作ったピアノソナタ14曲『月光』だった。


ちなみにその『月光』なんだけど、無理矢理通わされていたピアノ教室で、私が唯一気に入って習得した曲なのである。


「何で、よりにもよって『月光』!?君なら軍艦マーチに飛びつくと思っていたのに!」……とは、ピアノ教室の先生のお言葉です。先生、なんて失礼なんだ!


まあ、それはともかく。


『悲しみ』と『鎮魂』の曲と言うだけあって、この『朧月夜』、ステップや動きはあくまでゆったりとスローテンポ。そして極力足音も立てないのがルール。


“夜の精霊が帳を落とし、冴え渡る月光をその身で覆う”……という解釈の元、優雅に、そして流れるように踊りは続いていく。


「……ダンスはあんまり得意じゃないんだけど、この曲は何故か気に入ってね。レッスンの度に踊っていたんだよ」


成程。道理で。


うっかりテンポを間違えそうになっても、足を踏み付けそうになっても、予期していたかのように軽やかにそれらを回避する、フィン様のフォロー力が半端ない。

多分、相当の手練れでなければ、私が失敗した事に気付きもしないだろう。


「自分に相性のいい曲って、その者の本質に近いからなんだって。……あの頃は僕、色々腐っていたしね」


――そうだった。


フィン様はずっと、自分の魔力属性に苦しんでいた。


だからこそ十二舞踏の中で、唯一負の感情を題材にしたとされる、この曲に惹かれたのだろう。


「ねえ、知ってる?この曲にはもう一つ、あまり知られていない意味があるんだ」


「もう一つの意味……ですか?」


「『悲しみの果ての再生』。悲しみが輝く月を覆い、その光を鈍くする。……けれどいつか、悲しみは晴れ、月は再び輝きを取り戻す……という祈りが込められているんだそうだ」


フッ……と、鋭利な美貌に微笑が浮かぶ。


「僕にかかった雲は、君と出逢えた事で晴れたよ。……いや。僕にとって君こそが、闇夜で彷徨っていた、哀れな夜の精霊を照らし、進むべき道を指し示してくれる月そのものなんだ」


「……フ……フィン様……」


いきなりの美辞麗句スキル発動に、思わずまたステップを踏み外しそうになった身体がフワリと浮遊し、柔らかく受け止められる。


「僕の愛しい月光の君。これからも、僕とこの国を……。君の優しく温かい光で照らし、導いていって欲しい」


「――ッ!……は、はい!頑張ります!」


色気の無い私の返事に、それでも嬉しそうに……そして鮮やかに笑ったフィン様の顔は、まるで夜空に冴え渡る月の光のようで……。


知らず潤んでいた目に、とてもとても眩しく映った。







「エレノア・バッシュ公爵令嬢。是非私と一曲踊って下さい」


白と青を基調とした王族の正装に身を包んだ、まさに『精霊のごとき』と称される麗しいリアムの美貌が、そろそろ眼精疲労気味になってきた目にブッ刺さる……。


皆の顔面偏差値、目に優しくなさ過ぎでしょう!?

……まあ、そんなとこに文句言ってんのは私くらいでしょうけどね。


「はい、喜んで!」


目をしばたたかせた後カーテシーを行い、笑顔でリアムの掌に手を預ける。


「リアム、ちなみに選曲は?」


「十二舞踏の『青東風あおこち』」


「うわぁ……!リアムの鬼!!」


「なんとでも言え!」


互いに微笑み合いながら、そんな会話を小声で交わす。


そしてスタートするワンマンショー。

……皆さん、さっきから私のダンスばかり見せられてますね。


カラオケ奉行がマイクを離さず、延々と歌い続けるのを聞いていなければいけない苦行を強いている気分ですよ。


皆さん本当は踊りたいだろうに……。まことに申し訳ない!


「大丈夫だ。寧ろあいつらにとって、お前の踊りを見るのはある意味ご褒美だろ」


はい?ご褒美?……ってリアムー!貴方まで私の心の中読まないでよ!


「だって、エレノアって本当に分かりやすいんだよ!」


楽しそうに笑いながら、リアムが初っ端から私の身体をフワリとターンさせ、そのまま軽快なステップを踏み出した。


青東風あおこち』とは、初夏の青葉を渡る風という意味で、文字通り、緑薫る初夏の爽やかな季節を表現している曲だ。


……うん、まさしくリアムにピッタリ!


さっきフィン様が「相性の良い曲は、その者の本質に近い」って言っていたけど、さっきから皆が選んだ曲を振り返ってみると、まさにその通りだなって思う。


クルリ、フワリと、まるで重心を感じさせないターンとステップに、会場中から「ほぉ……!」「これは……!」と、溜息交じりの称賛の声が聞こえてくる。


実際私も、まるで羽根が生えたように身体が軽い。

多分だけど、これってリアムが『風』の魔力で私をフォローしてくれているから……なんだろうな。


まあ、それでも十二舞踏ですから。

いくらフォローして貰っても、かなり大変だ。スピード感も桁外れだしね。


「ねえ、リアム。……あのさ、リアムって……何で私の事……す、好きになった……の?」


ちょっと息を上げながら、常々疑問に思っていた事を口にしてみる。


だって最初に私達が出逢ったのって、あの不細工仕様のドレス姿だったし、その後の格好もアレだったからね……。


ひょっとして、リアムってブス専……?


「違うからな!ってかまあ、あんまり美醜には興味ないのは本当だけど」


だーかーら!心の中を読むなっての!!


「まあ、そう言うな。……そうだな。お前だったら、どんな姿でも……。そう、たとえ同性でも、惚れる自信はあるぞ!」


ど、同性でも!?それはちょっと言い過ぎでは?マテオが聞いたら泣くよ。


「だから、あくまで例えだっての!……なんて言うのかな……。俺、兄上達やお前の兄達みたいに、うまいこと言えないんだけど、お前がお前であったから、俺はお前に惚れたんだ。理屈じゃねえよ」


リアムらしい、飾り気のない真っすぐな言葉に頬が赤くなる。


「あ、ありが……とう……。わ、私……。リアムのそういうトコ……凄く好きだよ」


「エレノア……!!」


極上の笑顔を浮かべたリアムの眩しさに、思わずよろけそうになった身体が、力強いリードでフワリと舞う。

それによって、再び会場中に称賛の溜息が上がった。


――爽やかで鮮やかな、私の空色の風。


その笑顔につられるように、私も満面の笑顔を浮かべながら、リアムの動きに身を任せ、踊り続けた。






誰からも見えない、踊り場の死角に佇みながら、そんなエレノアを見つめるアシュルの口元には、小さな笑みが浮かんでいた。


「ああ、本当に綺麗だ……」


まさか、あの難解な十二舞踏をあれだけ危なげなく踊れるとは思わなかった。


その、複雑で優雅なステップを見事踊り抜いた可憐な公爵令嬢に、会場中の男達が熱い眼差しを向けているのが分かる。


……いや、オリヴァー達や弟達こそが、そんなエレノアに誰よりも熱のこもった眼差を向けている。


「出来れば僕も、彼女と一緒に踊ってみたかったけど……」


――唯一無二の愛しい女性との初めてのダンス。


それはどれ程、この心を浮き立たせるだろうか。


だが、アシュルはその甘美な想像を一瞬で頭の中から消した。


王太子の立場で我儘を通し、ここに在るのはなんの為だ?

そう……。自分はあの至高の花を守らなくてはならないのだから。


「アシュル殿下」


声をかけられ、視線をやるとそこには、家令のイーサンが恭しく礼を取りながら立っていた。


……というかこの家令、たしか先程まで、確実に階下にいた筈では……!?


「私に何か用かな?……まさか、帝国の動きに何か進展が?」


「いえ。そうではありません。オリヴァー様からの御伝言をお届けにあがりました」


「オリヴァーから……?」


アシュルの顔に、困惑の表情が浮かんだ。



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表に出ている婚約者達とのダンスは無事終了です。

残るはあと一人……。

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