第368話 婚約者達とのダンス①
それはまるで夢のような光景だった。
名門バッシュ公爵家。
その本邸に相応しい、上品で煌びやかで……それでいてホッとどこか落ち着くような館。
そのホールの中央には、本日デビュタントを迎えた、バッシュ公爵家直系の姫であるエレノア・バッシュ公爵令嬢が、『貴族の中の貴族』と社交界で謳われる筆頭婚約者、オリヴァー・クロス伯爵令息とダンスを踊っている。
彼らが選択した曲は、難解と呼ばれる『十二舞踊』
デビュタントのファーストダンスでは殆ど選ばれる事のないそれを、二人は危なげなく踊り続けていた。
「ああ……。なんと美しいんだ……!」
「エレノアお嬢様……!まさに、このバッシュ公爵領を守護する女神の名に相応しい……!」
先程まで、不穏な雰囲気を纏っていた下級貴族の青年達。
その中の数名が、打って変わったような熱い眼差しでダンスホールを……いや、その中心で踊るエレノアの姿を食い入るように見つめていた。(ちなみにだが、彼ら以外の者達は全員、何故か急な体調不良に見舞われ、召使達の手により回収されていたりする)
純白のドレスを纏った、小柄でしなやかな肢体。色とりどりの宝石に彩られている、豊かに波打つヘーゼルブロンドの髪。
白磁の肌に映える薔薇色の頬。インペリアルトパーズのように煌めく黄褐色の瞳。そして、薄紅に色付いた形の良い唇。
その一つ一つが見ている者の心を捉え、あちらこちらから熱い溜息が漏れる。
何よりも、彼女の身に纏った『
また、そんな彼女に更なる華を添えるのが、極上の笑みを浮かべながら共に躍る、筆頭婚約者のオリヴァー・クロス伯爵令息。
彼の絶世の美貌と相まって、それはまさに一対の芸術作品のようであった。
……いや、それは二人が互いに醸し出す、甘い空気によるものなのかもしれないが。
幸運にも、その場にいる事を許された者達は皆、瞬き一つも惜しいとばかりに、可憐な花弁が舞っているようなその踊りを食い入るように見つめ続けた。
やがて、まるで夢のようなファーストダンスが終わりを迎える。
エレノアとオリヴァーはその場で身体を離すと、互いにカーテシーと貴族の礼を行う。
すると彼らを見守っていた招待客達から、万雷の拍手が沸き上がった。
そんな周囲に対し、頬を上気させ、はにかむように微笑むエレノアの姿に、周囲からは「くっ!」「ううっ!」「ぐはっ!」「む、胸が……っ!!」という声があちらこちらから上がる。
中には「姫騎士……尊い!」と言いながらすすり泣くご令嬢方の姿も見受けられた。
そうして、オリヴァーはエレノアをクライヴの元へとエスコートする。
「お次は俺とどうですか?愛しい婚約者殿」
口角を上げながら、そう告げた後、深々と貴族の礼を取るクライヴに対し、エレノアも「喜んで!」と、差し出された掌に自身の手をそっと置いた。
そして、エレノアがクライヴと共に再びダンスホールへ戻ってすぐ、新たな曲が流れだす。
それを合図に、招待客達も次々と、自身の伴侶や婚約者達とダンスを踊り始めたのだった。
◇◇◇◇
「ク、クライヴ兄様!兄様も十二舞踊ですか!?」
私達が躍り出した途端、変わった曲に目を丸くしてしまった。
それもその筈。なんと、クライヴ兄様までもが、またしても難解な十二舞踏を選曲したのである。
「ん?なんだエレノア。無理なら止めてもいいが?」
小さく抗議の声を上げた私に対し、クライヴ兄様は「止めるか?」と言ってくれる。
その言葉には、なんの含みも邪気も無かったものの、ついつい負けず嫌いの血が騒いでしまった私は、「お、踊れますっ!」と返してしまい、その数秒後に激しく後悔する事となってしまった。
というか、周囲で踊っていた皆様が、次々と脱落していく姿を目にし、冷や汗が流れ落ちる。
皆様、ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません!
クライヴ兄様が選んだのは『白銀の風』
眩しい白銀の世界に、冬の精霊達が舞い踊っているという情景を現したその踊りは、舞い散る雪を表現した素早い動き。そしてターンとステップが見どころである。
以前、『激しくて華やかで、クライヴ兄様にピッタリですね』と言った事があったのだが、ひょっとして兄様、それを覚えていたのかな?
「綺麗だぞ、エレノア……」
鮮やかなアイスブルーの瞳が、私の事を愛しくてたまらない……とばかりに甘く煌めく。
そして、激しいステップに揺れる銀糸の髪が、会場を照らし出すシャンデリアの光を反射し、キラキラと輝いている。まさに、目が潰れんばかりの眩しさだ。
私はと言えば、まるで冬の精霊のようなクライヴ兄様の美しさに、心臓がドキドキしっぱなしだし、目が離せない。
そして、先程のオリヴァー兄様と見つめ合った時のような幸福感が、胸いっぱいに広がっていく。
「クライヴ兄様、大好き!」
満面の笑みでそう言い放った直後、クライヴ兄様が私の身体を両手で高く持ち上げた状態で、クルリとターンした後、胸にすっぽり包んで優しく抱き締めた。
後から聞いた話によれば、私達の踊りはまるで氷上を滑っているような、まさに精霊同士が戯れているかのごとき美しさだったそうな。
「セ、セドリック……。貴方もなのね……」
クライヴ兄様とのダンスを終え、次に私を待っていたのは、当然セドリックである。
私達は互いに挨拶を交わすと手を取り合い、ダンスを開始した。
……のはいいんだけど、やっぱりというか、セドリックもしっかり十二舞踏の曲に合わせ、ステップを踏み出した。
周囲も心得ているようで、もう誰もダンスホールで踊ろうとはしない。
まさにファーストダンスの時のように、ダンスホールは私達のワンマンショーと化してしまっていた。
「御免ね、エレノア。でも兄上達が十二舞踏なのに、僕だけ普通のダンスじゃ悔しいからさ」
うん、まあそれは分かります。
分かるんだけど、流石に三回連続で十二舞踏はないんじゃないかな!?……とは、ちょっと言えない。セドリックだって私の婚約者の一人としての
ちなみにセドリックが選んだのは『豊穣』
『収穫の喜びと感謝』を女神様に捧げるその踊りは、今迄の踊りと違い、収穫を共に喜び合う、歓喜と優しさを表すフワリフワリとしたステップが特徴で、十二舞踏の中では一番優しい踊りと言われている。
……まあ、あくまでも『十二舞踏の中では』なので、普通のダンスからすれば十分難しいんですけどね。
「ふふ、嬉しいな。こんな晴れやかな場で、愛しい君と婚約者として踊る事が出来るだなんて……。本当に、夢のようだよ!」
頬を染め、本当に嬉しそうな顔をしながら、熱い眼差しを私に向けるセドリック。
最初に出逢った時は、自分に自信が持てず、兄様方に対しても委縮しているような所があった。
でも今は、私の婚約者として相応しくあろうと、ひたすらに真っすぐ前を向いて頑張ってくれている。
というか、頑張りが過ぎて、逆に私の方がセドリックに相応しいのか不安になってしまう事もしばしばだ。
セドリックの深い琥珀色の瞳が、まるで包み込むような慈愛のこもった眼差しで私を見つめている。
カッコ良くて努力家で、お菓子作りが天才的に上手い、私の自慢の婚約者。
「セドリック。私もね、貴方とこうして踊る事が出来て、凄く幸せだよ」
「エレノア……!」
感極まったように頬を染め、セドリックはステップの合い間に、さり気なく頬にキスを仕掛けてくる。
そんな彼に対してはにかみ笑いながら、私もお返しとばかりに頬にキスを落したのだった。
====================
仲の良い兄弟同士であろうとも、愛する女性に対しては、アルバ男の性が出てしまうようです。
今回はバッシュ公爵家側。次回はロイヤルズ側のダンスです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます