第365話 ジルベスタ・アストリアル

万雷の拍手が鳴り響く中、エレノアは心の中で冷や汗を拭い、拳をギュッと握りしめた。


『……よしっ!やり切ったぞ!!』


今は亡き……いやいや。今この場にいない父様方、母様方、オネェ様方、ジョゼフやベンさんら王都邸の皆!エレノアはやり遂げました!!


『思えば、ここまで大変だった……』


まず、大階段を下りる時、緊張のあまりに何度も足がもつれて転びそうになるのを、エスコートしてくれたオリヴァー兄様がしっかりフォローしてくれた。

流石は『貴族の中の貴族』と謳われる男。どんな時でも完璧である。


そして、居並ぶ凶悪な顔面偏差値の嵐に晒され、笑顔のままフリーズしてしまった私を、後方からさり気なく凍える冷気をぶつけ、正気に戻してくれたクライヴ兄様。

……奇声を発しそうになってしまいましたが、お陰で助かりました。有難う御座います!


更には、挨拶という名のスピーチの監修をしてくれたセドリックにも感謝である。


なんせ、「皆さん、私のデビュタントに参加して下さって有難う御座います!これからはこの身に着けた装飾品にかけて、めっちゃ美味しい食材をより一層、推して推して推しまくる所存!だからこれからも、バッシュ公爵領を宜しくお願いします!」……という感じのスピーチ内容を、貴族言葉に変換してくれたからね。


というか私にスピーチ内容聞いて来た時、正直に答えたら、「やっぱり!そんな事だろうと思った!!」って頭抱えた後、即興で監修してくれたんだけどね。


しかも他の皆も、物凄く生温かい笑顔を浮かべながら、可哀想な子を見るような目で私を見ていたんだけど……。私の心からのスピーチ、そんなに変だったかなぁ?


あ、でもディーさんだけは、「お!ズバッと直球で分かりやすい、いい内容だと思うぜ!」って、凄く良い笑顔でサムズアップしてくれたけどね。(後でアリアさんに頭叩かれていたけど)う~ん……。お貴族様って面倒くさい!


……なんて思っていたら、相変わらず私の心を読んだ兄様方に怒られてしまいました。御免なさい。


「……エレノア?なに『やり切った!』って顔しているのかな?夜会はまだこれからなんだから、気を引き締めなさい」


私の横で優雅に微笑を浮かべていたオリヴァー兄様が、正面に向けた視線を動かす事無く、ボソリと呟いた。


『ハッ!そ、そうだった!』


確かにこの後、招待された方々との個別のご挨拶に加え、ファーストダンスも控えている。更には何故か、剣舞の披露まであったりするのだ。


しかも、帝国がいつ仕掛けてくるかも分からない今、オリヴァー兄様の言う通り、気を抜く事は許されない。


――……待てよ。


あの牧場の時みたく、私が狙われるだけじゃなく、この場にいる招待客の人達までもが帝国の企みに巻き込まれてしまったら大変だし、夜会は中止に出来なくても、剣舞は中止してもいいんじゃないだろうか?


うん、そうだよ。やっぱり後でイーサンに相談して……。


「いや、剣舞は中止にしない方がいい」


……え?オリヴァー兄様、それってどういう事でしょうか?……というか、本当に何でいちいち、私の考えている事が分かるんですか!?そんなに私の顔って、色々語っているんですか!?……え?語っている?くっそう、そうですか!!


……なんて具合に、視線でこんな会話を繰り広げている私達なんだけど、傍から見れば、公爵令嬢と筆頭婚約者が仲睦まじく微笑み合っているように見えるんだろうな……。


「エレノア・バッシュ公爵令嬢」


「はい?」


バリトンのめっちゃいい声で名を呼ばれ、反射的に振り向くと、いつの間にか物凄い美形が胸に手を当て、目の前に立っていた。


『ふぉっ!!』


うっかり奇声を上げそうになり、なんとか心の中で叫ぶに留める。

そんな私を見つめながら、目の前の美青年は極上の笑みを浮かべた。……えっと、貴方様はどこの誰でしょうか?


「……エレノア。彼はアストリアル公爵家嫡男、ジルベスタ殿だよ」


「え……。アストリアル公爵家……?」


オリヴァー兄様が小声で教えてくれた名前には聞き覚えがあった。


確かアストリアル公爵家って、四大公爵家……いや、今は三大公爵家だけど、その一柱ですよね!?凄い大物じゃないですか!!


そういえば以前、お見舞い品を頂いたような……。えっと、確か金と銀を加工して作った、溜息が出る程美しいランプシェードだった筈。

しかも魔力を注ぐと、幻想的な明かりが灯るような魔術式が彫られていて、「これは興味深い」って、メル父様が持っていっちゃったような気が……。


私は改めて、不躾ではないギリギリのラインで目の前の美青年を見つめた。


スッとした切れ長な瞳の色は群青色。そして、長めの前髪をサイドに軽く流した髪色は銀。


だけど、クライヴ兄様の燃えるように煌めく明るい銀髪とは違い、シルバーグレイ……というような、落ち着きのあるいぶし銀だ。


そして瞳の色と同じ、濃紺の礼服を纏った長身な体躯は、細身ながら引き締まっているのが分かる。

確かアストリアル公爵は、北方の国境線を守る辺境伯でもあるそうだから、頭脳派に見えて、しっかり鍛えているのだろう。


モノクルを付けたらさぞ似合うであろう鋭利な美貌だが、その表情は歓喜に満ち溢れ、薄っすらと上気していた。


『さ、流石は三大貴族の血筋……!顔面偏差値が、兄様方や殿下方に勝るとも劣らない!』


「ああ……。ようやくこうして貴女と直接お会いし、言葉を交わす事が出来ました。貴女は覚えておられないかと思いますが、私と貴女は一度お会いしているのですよ。……グロリス伯爵のお茶会の席でね」


えっ!?あの場所に?


あの時は、元・ノウマン公爵令嬢のレイラ様や取り巻きのご令嬢方に気を取られていて、彼女らの周囲にいた男性達に、全く注意を払っていなかったんだよね。……うん、やっぱり思い出せない。


あ……でも待って。


以前、クライヴ兄様から聞いた事があったけど、確かアストリアル公爵令息って、レイラ様の元婚約者だった方では?


「……あの……。申し訳ありません。私、覚えていなくて……。その……」


「構いませんよ。あの時は色々とありましたしね。それに、私が貴女の事を覚えている。それだけで十分です」


やんわりとそう言いながら微笑まれる。うん。確かにあの時は色々あったからなぁ。……というか、眩しくて目が痛いんですけど。


「あの時の貴女は、どんな花よりも美しく高潔で、どんな宝石よりも輝いていて……。不覚にも、心を奪われてしまいました。あの時といい、今宵の貴女といい、どれだけ私の心を魅了するおつもりなのかと、少々憎らしく感じている程ですよ」


くぉぉっ!で、出ました!アルバ男の美辞麗句攻撃!!し、しかも、甘いバリトンボイスと熱い眼差し付きですか!?スピーチ終わって、ホッと緩んだ心にジャストミートですよ!!


……くっ!だ、ダメだ!ここで顔を赤くしたり狼狽えたりしたら、脈があると思われてしまう……!!


「――ッ!」


途端、背筋に走った悪寒に我に返った。


恐る恐る見てみたら……ひぇぇっ!オ、オリヴァー兄様!?アルカイックスマイルの顔半分に影が!背後から暗黒オーラが!!……って、背後からも二人分の暗黒オーラの気配!クライヴ兄様、セドリック、貴方達もですか!?


「いッ!」


――ん?王族方面から小さい呻き声が……?


あっ!笑顔のアリアさんの横にいるフィン様が、涙目になってる!……えっと。見間違いじゃなければ、アリアさんの足がフィン様の足の上にあるような?


……ひょっとしてフィン様。闇の触手出しそうになって、アリアさんに足を踏みつけられたとか……?


というか、ディーさんとリアム。暗黒オーラこそ噴き上げていないけど、オリヴァー兄様同様、アルカイックスマイルを浮かべた顔半分に影が落ちています!


そんな周囲の圧にも怯む事無く、笑顔を崩さないアストリアル公爵令息が凄い。

流石は筆頭公爵家に次ぐ名家のご子息だ!


「それでは、またいずれ……」


アストリアル公爵令息は、流れる様な所作で私の手を取り、甲に口付ける……ような仕草をしてから、絶妙な上目遣いで私を見上げ、フッと口角を上げた。


「――ッ!」


そうして、一瞬で真っ赤になってしまった私を満足そうに見やると、彼は貴族の礼を取り、その場を離れたのだった。


「……ジルベスタ・アストリアル……。随分と舐めた真似をしてくれたね……」


ボソリと呟かれたオリヴァー兄様のお言葉に、真っ赤になった顔が瞬時に青くなってしまう。あっ!背後から「お前、顔赤くしてんじゃねぇよ!」って、クライヴ兄様の声が!


だって、クライヴ兄様!これってば不可抗力ですよね!?え?忍耐力が足りない?後でお仕置き!?あんまりです!酷いです、クライヴ兄様のバカ!!

あっ、クライヴ兄様!怒りで氷結するの止めて!!背中とお尻がキンキンです!女子に冷えは大敵なんですからね!?


ちなみにその後、私に挨拶にやって来た貴族令息達ですが、婚約者達の怒りのオーラに気圧され、ロクに挨拶も出来ずに退散する人が続出しました。



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さてさて、意中の女性を巡るガチバトル勃発です!

前々から名前だけはチラホラ聞こえて来ていたジルベスタさんです。クライヴと色が割と被っておりますが、ノウマン元公爵令嬢の好みって、こういうタイプだったのかもしれませんね。

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