第364話 直系の姫としての覚悟

エレノア・バッシュ公爵令嬢の後方に続くのは、やはり婚約者であるクライヴ・オルセン子爵令息。そして、筆頭婚約者であるオリヴァー・クロス伯爵令息と同じ父親を持つ、セドリック・クロス伯爵令息だ。


筆頭婚約者に負けず劣らずの麗しい美貌を持つ彼らに、会場中の女性達……その中でも特に年若いご令嬢達から、王族に向けられる視線と同等の熱量を含む視線が注がれ、熱い吐息があちらこちらから漏れ聞こえてくる。


だが、そんな彼等よりも会場の招待客達の視線を釘付けにしているのは、純白の『女神の絹デア・セレス』を使った、今迄に見た事のないエンパイアラインのドレスを身に纏った少女……エレノア・バッシュ公爵令嬢だった。


彼女の愛らしいかんばせでまず目を引くのは、インペリアルトパーズのように、キラキラと輝く黄褐色の大きな瞳。


アイラインは控えめに若葉色が施され、健康的なバラ色の頬の色味を押さえた分、ふっくらとした唇に少し濃い目の薄紅を乗せている。


濃くも薄くもない絶妙な化粧は、少女から大人の女性に変わりゆく様を表現しているかのようだ。


そして、豊かに波打つ艶やかなヘーゼルブロンドには、後頭部から耳元にかけ、色とりどりの宝石を使った髪飾りが付けられている。

大きさも輝きも一目で一級品と分かるそれらは、華やかでありながら本人の愛らしさを一切損なうことなく、最高の彩を添えているのだ。



その姿はまさに、色とりどりの花々の中、可憐に咲き誇る一輪の白い花そのもの。



会場中の貴族達……特に令息達が、熱に浮かされたような熱い眼差を向ける中、エレノアは聖女と王族達へと最上級のカーテシーを行った後、居並ぶ来賓達へと向き直り、花が綻ぶかのような愛らしい笑顔を浮かべた。


「皆様、ようこそお越し下さいました。エレノア・バッシュで御座います。聖女様。そして殿下方。また、こちらにお越し下さった方々。我がバッシュ公爵家主催の夜会へのご参加、まことに有難う御座います。バッシュ公爵家当主に代わり、心からの感謝を捧げさせて頂きたく存じます」


そう口上を述べた後、エレノアは来客達に向かい、美しい所作でカーテシーを行った。


その際、翻ったドレスが研磨されたアダマンタイトのように美しく輝きを放ち、幾つもの貴石を使った華やかな髪飾りが、眩い光を放ちながらシャラリと美しい音を立てる。


「ほぅ……」といった感嘆の溜息が、あちらこちらから上がる。


ついでに、「ああ……我らが姫騎士……!」「なんという美しさだ……!尊過ぎる!!」「うう……っ!こ、ここに来られて良かった……!!」といった呟き声も、あちらこちらで囁かれているようだ。


「……ふん。思っていたよりも地味ね」


「そ、そうよね。あの絹は素敵だけど、ただ白いだけなんて芸が無いわ!」


「それにあのドレス、見た事もない形ね……」


「きっと、目立とうとして奇をてらったんでしょう。……けど、本人があんなに貧相じゃあねぇ」


会場中の男性達から、夢見るような熱い眼差しを注がれているエレノアを、苦々しい表情で睨み付けていたご令嬢達が早速、エレノアの装いを貶め始めた。


彼女らは、王都から招かれた高位貴族のご令嬢達だ。……いや、招かれたというより、「美しい娘(私)を、あわよくば王子妃に!」と、意気込み、親と共に参加をゴリ押しした面々である。


確かに彼女達が言うように、エレノアが纏う白いドレスには縫い込まれた宝石はおろか、刺繍すらない。

あるのは、女性的なドレスのラインに沿うように身に付けている、金色の細い装飾品のみ。


……とそこで。


最前列にて、エレノアをガン見していた高位貴族の子弟が何かに気が付いた。


「あの黄金の意匠は……麦……か?」


静かな会場に、その声は存外大きく響き渡り、会場中にどよめきが広がる。


「おい、よく見れば……。あの揺れている部分……あれはブドウか?」


「じゃあ、ひょっとして他の飾りも?」


ざわめきが大きくなっていく。


それはそうだろう。なにせ今迄、宝石で花を模る事はあっても、麦や果物といった食べ物を意匠にしようとする者など、誰もいなかったのだから。


「まぁ……。公爵家のご令嬢ともあろうものが、なんて貧乏くさいの!」


「食べ物なんかを飾りにするなんて、下賤の者ならともかく、高位貴族が恥ずかしくないのかしら?」


「普段から変わっているお方で有名だけど、よりにもよってデビュタントでそんな所を発揮されなくても……ねぇ?」


令嬢達は、ここぞとばかりにクスクスと嘲笑いながら、エレノアの意匠をこき下ろし始める。


会場中の男性達……しかも、自分達の婚約者や取り巻き達までもがエレノアに対し、夢見るような熱い眼差しを向けている事に怒り心頭だった彼女らは、ここぞとばかりにエレノアへの批判をわざと聞こえるように囁き合う。


そんな彼女らは、エレノアを貶める事に夢中になるあまり、傍らにいる両親や同伴した婚約者達が青褪めている事も、周囲から非難を含んだ、冷ややかな視線が自分達に注がれている事にも、まるで気が付いていなかった。


だがエレノアは動揺する事無く、ニッコリと薄紅色の唇に微笑みを浮かべた。


「皆様。お聞きおよびかと存じますが、この夜会は私のデビュタントを兼ねております」


エレノアの言葉に、会場内は一気に静まり返った。当然、先程まで姦しくエレノアの装いを貶めていたご令嬢達もである。


そう。そもそもこの夜会は、バッシュ公爵令嬢のお披露目がメインなのだ。


にもかかわらず、主役である自分に対して、誹謗中傷を口にするとは何事か!?……と、彼女らに対して糾弾の言葉が続くのかと、誰もが想像した。


だが、その予想は大いに外れる事となった。


「私の装いがお目汚しと、御不快に思われたのでしたら、まことに申し訳ありません。ですがこの姿は、今宵成人し、バッシュ公爵領を背負い立つ直系の娘としての覚悟なので御座います」


「――……ッ!?」


「な……っ!!」


その言葉を聞いた貴族や商人達。……特に、バッシュ公爵家に連なる者達は、エレノアの意図に気が付き、衝撃のあまりに息を飲んだ。


純白のドレスを彩る黄金の輝きは麦。そして髪飾りの意匠は果物。それらはどれも、一大穀物産地であるバッシュ公爵領の名産品だ。


デビュタントは、アルバの女性……。特に貴族令嬢にとって、一生に一度の晴れ舞台。


なのに彼女は、希少な宝石を自分自身を彩る為ではなく、領地を想う気持ちを形にし、身に纏った。


つまりそれらを身に纏う事により、彼女は直系の姫として、このバッシュ公爵領を背負う覚悟を、この場にいる者達に対し示したのだ。


「うう……っ!」


「エ……エレノアお嬢様……ッ!!」


堪えきれず、バッシュ公爵家家門の貴族達や商人達が次々と感激に打ち震えながら、涙を零す。


そして王都の貴族達もまた、エレノアの余りにも尊いその志に感動し、揃って恍惚の眼差しをエレノアへと注いだ。


先程まで、エレノアを嘲笑っていたご令嬢達は、そんな周囲の反応に唇を噛み締め、真っ赤な顔で悔しそうに俯いてしまう。


「……上手くまとめたね」


「ああ……。成長したなと褒めてやりたいところだが……なぁ?」


「ええ。でも本当、果物にしておいて良かったですよね」


この場を完全に魅了した最愛の少女。


婚約者として傍らで寄り添い、成り行きを見守っていたオリヴァーやクライヴ、そしてセドリックは、安堵の微笑を浮かべる。


だが、誇らしさと愛しさを感じつつも、自分達の『色』を、うっかりナスやジャガイモにされかけた彼らの心中は、大いに複雑であった。


いや、クライヴに関して言えば、リアム共々一貫して花だった為、ノーダメージなのだが。


「それでは皆様。当家の夜会、心ゆくまでお楽しみ下さいませ」


エレノアがそう締めくくった後、場内を割れんばかりの拍手が鳴り響いた。



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エレノア砲、ナチュラルに炸裂しております!

そしてどうやら、野菜にされそうになった婚約者達の心の傷は深いもよう(´・ω・`)

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