第363話 慈愛の聖女と激レア王子様

アリアは微笑を浮かべながら、階段をゆっくりと下りる。


歩くたび、金の刺繍が施された光り輝く純白の衣装が、聖女のたおやかな肢体を優雅に、そして柔らかく包み込む。


光を含んだ黒髪。煌めく黒曜石のような瞳。他の追従を許さぬ程に麗しい顔。


光り輝く純白のドレスに劣らぬ白磁の肌は艶やかで瑞々しく、とても四人も息子がいるとは思えない程の若々しさだ。


母である聖女をエスコートをしている第二王子ディランも、『紅の貴公子』と呼ばれるその精悍な美貌に男らしい笑みを浮かべ、ご令嬢方や婦人達の熱い視線と溜息を誘う。


そしてそれに続くのが、公の場に滅多に現れないとされる第三王子フィンレーと、先頃社交界デビューを果たしたばかりの、第四王子リアムだ。


「まるで蒼い妖精のごとき」と称される、リアムの透き通るような美しさは、ご令嬢方のみならず、令息達までもが思わず頬を染めてしまう程の麗しさだった。


……が、一番注目をされていたのは、やはり第三王子フィンレーであろう。


「闇の貴公子」と囁かれている彼は、『光』の聖女を母に持つ身でありながら、その魔力属性と相反する、希少な『闇』属性を有する異端である。その為、あまり表舞台に立たないのだと噂されていた。


なので第三王子の姿を目にした事のある者は、この会場には数える程しか存在しない。


アルバ王国の王族達は、その美しさと鷹揚な気質が合わさり、「太陽のごとき御姿」と称されている。


しかしながら、目の前の第三王子の冴え渡る月光のような美しさ、そして全身から滲み出る、孤高で近寄りがたい雰囲気は、先の王族に付けられた呼称とは対照的とも言えた。


だが、そこはそれ。


彼も至高の存在である聖女を母に持つ、れっきとした王家直系の一人。高位貴族であっても、滅多に相まみえる事のない存在だ。

属性に多少の難があろうとも、会場中の肉食令嬢ハンター達にとっては、極上の獲物が一人増えただけの、喜ばしいサプライズでしかない。


そんな訳で彼女らは、「是非ともお近づきに!あわよくば傍に侍りたい!」と、フィンレー並びに他の王家直系達に、更なる熱い眼差しを向けた。


――それにしても……。


その場に居並ぶ貴族達は、心の中で疑念を募らせる。


――何故予定されていなかった第三王子が、わざわざ・・・・バッシュ公爵令嬢のデビュタントに顔を出したのか?


――そもそも、ご学友の第四王子だけでなく、第二王子や聖女様までもがバッシュ公爵領を訪れるなんて、何か別の思惑があるのではないのか?


――やはり『噂』は本当で、王家はバッシュ公爵令嬢を『公妃』に向かえるおつもりなのでは……?


様々な思惑が入り乱れる中、アリアは慈愛の微笑を浮かべながら「皆様、顔をお上げになって」と、鈴の音が鳴るような声をかける。


「この度、視察を兼ねて訪れました、ここバッシュ公爵領で、我が息子の学友であるエレノア・バッシュ公爵令嬢が、デビュタントを迎える事を知りました。息子の学友であり、国の宝であるご令嬢が、大人への第一歩を踏み出す記念すべきこの場に、アルバ王国全ての国民の『母』として、是非とも祝福させて頂きたいと、恥ずかしながら息子達共々、こうして押しかけてしまいましたの」


そこで言葉を一旦切ると、アリアはニッコリと微笑む。


その場にいた者達の多くが、聖女アリアの言葉に「私がここにいるのは、バッシュ公爵家にお願いされたからではなく、自分達が乞うて参加させてもらったのだ」という声なき言葉を読み取った。


「私はこの良き日を女神様の祝福を持って、皆様と共に祝いたいと思っております」


そう言い終えた後、アリアはまるで女神に祈りを捧げるかのように、胸の前で両手を合わせ、静かに目を閉じた。


まるで女神に祈りを捧げるようなその姿は、凛と咲き誇る白百合のごとき清廉な美しさに満ちており、思わずその場で膝を付き、祈りを捧げる者達が続出する。


まさに、『女神の代理人』の名に相応しいアルバ王国の国母と、アルバ王国の誇りとされる今代の若き直系達を前に、その場の全ての者達は再び、最上級の礼を行った。


「……流石だな。お袋」


そんな母の後方で、ディランが感心したように小さく呟く。


「はい。完全にこの場を掌握しましたね」


リアムも、恐らく初めてみるであろう『聖女』としての母の姿に、感嘆の眼差しを向けた。


「今迄母上が『公務』として訪れた場所は、大抵自然災害に遭ったり魔獣に襲撃されたり、流行病に侵されたりした町や村への慰問だったからね。このバッシュ公爵領は、アルバ王国一豊かで平和な領土で、『聖女』が一度も訪れた事がない事でも有名。だから、変な思惑を持たれないように、ああして釘を刺しているのさ」


フィンレーが、むすっとした無表情で、兄と弟に向かってアリア母親の思惑を語る。


実際の所は平和で呑気そうに見えるがゆえに、帝国を含めたあらゆる国の間者がバッシュ公爵領を足掛かりに侵入してこようとする為、常に闇で撃退し続けているという裏事情があるのだ。


その為、国の重鎮達からは「最も強かしたたかで危険な領地」と裏で言われていたりするのである。


「……それにしてもさぁ……」


フィンレーはチラリとパーティー会場を一瞥した。


俯き祈りを捧げている紳士淑女の中にあって、流石は肉食女子ハンターと言うべきか。

多くのご令嬢方が、さり気なさを装いつつ、こちらに熱い視線をギンギンに送ってくる。

しかもその視線は、引きこもりであったがゆえに、初お目見えと言っても過言ではないフィンレーに対し、より熱く注がれているのだ。


「品がない。視線が五月蝿い。ああ……早くエレノアの傍に行きたい」


「お前。リアムの茶会の時と、まんま同じ事言ってるな」


ディランが呆れたようにフィンレーを見る。

まあ尤もあの時は、「エレノアの傍に行きたい」ではなく「早く塔に帰りたい」だったが。


それにしても……。


ギラギラした視線に、うんざりしたように溜息をつくフィンレーであるが、『エレノア』の名を口にした瞬間、目元が心なし赤くなった。


四年前から、言っている事が変わっていないこの弟が、愛する女の為にこんな煌びやかな場に自ら出てきたり、年相応の若者らしく浮かれる日が来るなんて……。実に感慨深い。


「……ディラン兄上。フィン兄上って、実は感情豊かだったんですね。あ、見た目がとかじゃなくて、雰囲気が」


「リアム。お前も段々分かって来たな」


リアムの言う通り、一見冷静沈着な無表情を装っているが、あれは確実に浮かれ切っている。

何だかんだと、兄弟の中では一番つるんでいる自分からすれば一目瞭然だ。しかも奴の背後に「ウキウキ」の文字が躍っている幻覚まで見える。




挨拶を終え、アリアがディラン達と共に大階段の横に控えた後、イーサンが恭しく大階段の方に向かって一礼した。


それにつられて、会場中の視線が大階段へと注がれる中、黒い礼服を着た絶世の美貌を持つ青年……オリヴァー・クロス伯爵令息にエスコートをされた少女が、優雅な足取りで階段を下りてくる。


「――ッ!!」


その姿を目にした瞬間、息を飲む音が、会場のあちらこちらから聞こえた。



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普段は肝っ玉母さんですが、実はアルバ女性の頂点だったアリアさんです(^人^)

そして次回は遂に、真打ち登場!

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