第362話 デビュタントスタート!

まだ日が高い内から、バッシュ公爵家本邸には続々と、大勢の紳士淑女が煌びやかな装いで訪れていた。


中央に大階段を有する巨大な吹き抜けのホールには、バッシュ公爵領に咲き乱れる花々が飾られ、また一大穀物産地と評される領内自慢のあらゆる美味が、趣向を凝らした料理となって、各テーブルに所狭しと並べられている。


それらを摘まんだり、希少な品種のブドウで作られた極上のワインで喉を潤しながら、招待客達は優雅にお喋りや外交に興じていた。


その顔ぶれも、バッシュ公爵家の家門である貴族達はもとより、国内外に名だたる豪商達や、公爵家の直轄事業を受け持つ責任者達、更には四大公爵家の一柱である、アストリアル公爵家次期当主ジルベスタ・アストリアルを筆頭に、数多くの名だたる名家の当主や名代達……と、錚々そうそうたるものであった。


そして彼等にエスコートされ、趣向を凝らした豪華な装いのご婦人方やご令嬢方が、場の煌びやかさに更なる華を添えている。


流石はいずれ、四大公爵家の一柱となるであろうと噂される名門、バッシュ公爵家の直系の姫が迎えるデビュタントだ……と言いたいところだが、実は当初、この夜会はエレノアをバッシュ公爵領内の家門や関係者達へ顔見せする為の、あくまでもささやかなものであった筈なのだ。


だが、その事が耳聡い有力貴族達の耳に入るや、我も我もと、参加希望する者達が続出した。

まあようは、今をときめく『姫騎士』エレノア・バッシュ公爵令嬢と直接接点を持てる絶好の機会と、夜会への参加に飛びついたのである。


そして彼女の『学友』として、第四王子リアムが。更には視察を兼ね、バッシュ公爵領を訪れた聖女アリアの護衛として、第二王子ディランまでもがバッシュ公爵領を訪れているのである。

年頃の息子だけではなく、娘を持つ貴族家当主達は、「あわよくば!」とばかりに、アイザックを猛攻した。


当然、アイザックは「あんたら、日数がないのに今から支度出来るの?というか、そんな不純な動機で来られても、超迷惑!」……という言葉を、やんわり貴族言葉に変換し、お断りしていたのだが、「特定の貴族が、聖女と王家直系の王子二人を、娘の格付けの為に利用するのはいかがなものか?」と指摘されてしまえば、断り続けるのが難しくなってしまう。


仕方がなく、アイザックは何か起こっても・・・・・・・自分と身内の身を護れそうな高位貴族達を中心に、夜会の参加を渋々承認したのであった。






「……だいぶ集まって来たな……」


「というか、集まり過ぎでしょう。特に、王族狙いのご令嬢方が」


「ふうむ……。淑やかで美しいかんばせの下に、飢えた野獣のごとき牙が見え隠れしていますな。これはこれで、愉快な余興なり」


「それよりも、ほれ。我らが姫様の姿を一目見んと、目を血走らせている令息達の様も一見の価値ありですぞ?」


ご婚約者様方相手に、どこまでやれるか……見ものですな」


そんな事を呑気に語り合いながら、優雅にグラスを傾けているのは、バッシュ公爵家に連なる家門の貴族家当主達や、その名代達である。


彼等はバッシュ公爵家並びにアイザックに絶対の忠誠を誓う忠臣であり、また、身分を問わず、固い血の誓約で結ばれた同志達でもあるのだ。


ゆえに、エレノアがバッシュ公爵領を訪れてからの様々な事象を、彼等は一から十まで全て把握している。

当然、己が魅力を過信し、エレノアを踏み台にしようとした身の程知らずの小娘の所業も、それに踊らされて身を持ち崩した男達の事もだ。


「……ほれ、あそこの一群を見なされ」


家門の貴族の筆頭。……イーサンの父であり、ホール伯爵家前当主が、会場のとある一角に固まっている青年達に視線を向ける。

するとそれに倣うように、その場の全員が一斉に視線の先を確認した。


その数、およそ十名足らず。

彼らはグラスも持たず、一様に厳しい表情を浮かべ、何事かをボソボソと話し合っている。


他の子弟達が熱に浮かされたような面持ちで、主役や王族達の登場を今か今かと待ちわびている中、その様子はあまりにも場違いに見えた。


「ああ……。あの母娘の毒に侵された下位貴族の若者達か」


「殆どの者達は、お嬢様のお人なりに触れたり、それを伝え聞いたりして目が覚めたというのに……。愚かなものだ」


やれやれ……。と呆れた様子で一瞥した後、彼等は一斉に、エルモア・ゾラの方へと目をやった。


彼の妻子が、バッシュ公爵家並びに主家の姫であるエレノアに不敬を働いたとし、罰を受けた事は、バッシュ公爵家に忠誠を誓う貴族達なら、誰もが知っている。


だが彼は、エレノアと直接接した事により、己と家族の罪に気が付いた。そして自分の持つ全ての権利を放棄し、妻子の罪を明らかにした事に加え、自身も共にその罪を償おうとしたのだ。


その事により、彼はバッシュ公爵家当主アイザックに温情を与えられ、バッシュ公爵領に一商人として留まる事を許されたのである。


既に爵位の返上を願い出た彼の今の身分は『平民』であったが、長年、バッシュ公爵領の発展に尽力してきた功績により、集積市場の新統括ガブリエル・ライトの補佐として、今この場に参加している。


そんな彼を見る、多くの貴族達の目は冷ややかなものだった。


更に、彼の妻子に未だ傾倒している者達からしてみれば、彼は命よりも大切な女性を売った裏切り者である。その為、殺気まで向けられている始末だ。


だがそんな中でも逃げる事無く、己の罪と向き合い、生涯をこの領地に捧げる覚悟を持って立つその姿に、悲壮感や卑屈さは欠片も感じられなかった。


――一度汚泥に沈んだ後、自力で這いあがった者は強い。


きっと彼は、再びのし上がって来るに違いない。それも、更なるバッシュ公爵領の発展に尽力するという、とても良い形で。


そんな未来を予感させる、エルモア・ゾラの姿を見つめる当主達の目は、厳しくも温かいものだった。


「あの若者達もゾラの姿を見て、己を顧みられればよかったものを……。まあ、それだけ見る目が無かったという事だな。未来ある身でありながら、なんとも惜しい事よ」


「……というより、それだけ不器用で一途であるとも言えるがな」


「そういう輩が、一番厄介なのだよ。……それより聞いたか?例の元・騎士団長……」


「ああ。逃げたそうだな。問題は『誰』が手引きしたかだが……考えられるのは……」


「奴を使って、その『誰』かが企む事……。ふむ。この夜会、荒れるぞ。我らが姫様の晴れ舞台に、なんとも無粋な事だ」


等と、苦々しく吐き捨てるように話し合う彼らの心は一つ。「その『誰か』帝国、真面目にぶっ潰す!」である。


アイザックやイーサンに負けず劣らずのエレノアガチ勢である彼等にとって、将来自分達が忠誠を誓うべき愛しい少女を奪おうとする者達は、すべからく排除すべき敵だ。


ましてやそれが、長年の敵対国家である帝国であったとすれば……。るべき……いや、やるべき事は一つ。敵との徹底抗戦と、完全排除である。


「ジョゼフ兄上からも、くれぐれも不覚を取るなとのお達しがあった。我らバッシュ公爵家に忠誠を誓う家門一同、総力を挙げてお嬢様をお守りするぞ!」


ホール前伯爵の言葉に、その場の者達は力強く頷く。

彼等の表情はる気……いや、やる気に満ち溢れていた。




「皆様」


その時だった。


凛とした声の主に、その場にいた者達が一斉に注目する。


その声の主……。当主アイザックに代わり、バッシュ公爵家本邸を統べる影の支配者にして、最強の家令。イーサン・ホールが、いつもの厳格な表情を浮かべながら、恭しく礼を取った。


「聖女様。並びにディラン殿下、フィンレー殿下、リアム殿下が、こちらにお見えになられました」


途端、その場に緊張とどよめきが広がった。


――フィンレー殿下だと!?


――確か、このバッシュ公爵領に来られたのは、ディラン殿下とリアム殿下だけだった筈では!?


そんな囁き声があちらこちらで囁かれる中、正面中央の大階段から、第二王子ディランにエスコートをされながら、聖女アリアが現れる。


その姿を見た全ての者達が、思わず「ほぅ……」と、感嘆の溜息をついた。



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デビュタントの前哨戦は、随分前から始まっていたもようです。

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