第361話 自信をもって、デビュタントへ!

イーサンがドアの方に向かって声をかけるのを見ながら、私はソワソワドキドキと、落ち着かない気持ちで、隣にいるジョナネェの服をクイクイと引っ張った。


「ジ、ジョナネェ。本当にこれで大丈夫……かな?変じゃない?」


「あぁ?な~に今更な事言ってんのよ!ここにいる全員が、あんたに見惚れていたでしょう?!ほら、シャッキリ背筋を伸ばして!自信持ちなさい!」


そう言って背中を軽く叩くジョナネェに、私は戸惑いながらもコクリと頷いた。


――……実は今私、コスプレイヤーの気分を味わっているのです。


いやね、衣装合わせの時に「おや~?」って思っていたんですよ。


だけど、金の麦穂の飾りやら、髪飾りやらを装着した姿を鏡で見た瞬間、唖然としてしまいました。

だって、私が「こんな感じ」と描いた、某有名画家の描く、女性達の良いとこどりって感じに仕上がっていたんだもん。いやもう、ビックリだよ!


いやいや、自分でいうのもなんですが、このドレスも飾りも凄く素敵ですよ!?「流石はジョナネェ!」って、真面目に気に入りました!


でも脳裏に浮かぶのは、あの蠱惑的な女性的魅力に溢れた女性達の姿な訳で……。

うん、正直なところをぶっちゃけよう。……圧倒的に、胸の大きさが足りてない!!


あの曲線美を表現する為には、せめて……せめてもうちょっと……!そう、Bカップぐらい育っていれば……!!


「だーから!あんたの良さは、胸の大きさなんかじゃないんだってば!それに、ちゃんとツルペタでも可愛らしく見えるように作ってあるんだから!ほら、無い胸張りなさい!!」


そんな事言ったって、無いものは張れない……って、ジョナネェ!オリヴァー兄様みたいに、私の心の中読むの止めてくれる!?……え?オリヴァー兄様じゃなくてもバレバレ?顔見れば分かる?し、失敬だな!そんな事ないもん!!


「……エレノア……」


ジョナネェとやり合っていた私の耳に、オリヴァー兄様の声が聞こえ、ハッとして顔を上げる。


そんな私の目に映ったのは……。


『ふぉっ!!』


黒一色の貴族の正装でキメた、顔面破壊力半端ないオリヴァー兄様とクライヴ兄様、そしてセドリックの姿だった。


貴族の男性は、夜会やお茶会に参加する時は、自分や婚約者の『色』に合わせた正装を身に纏うものなんだけど、今回兄様方やセドリックは黒一択。


これは、婚約者達がデビュタントを迎えるご令嬢をエスコートする時の伝統なんだそうだ。


理由は、『主役』であるご令嬢を引き立たせる為だそうで……。そういえば前世でも、エスコート役の男性は全員黒のタキシードだったような?


だがちょっと待って欲しい。存在自体がキラキラしいアルバの男性が、黒を身に纏ったごときで忍べる筈がないではないか!


現に今目の前に立っているオリヴァー兄様やクライヴ兄様、セドリックを見るがいい!むしろ服がシックな分、素材そのものの良さが前面にビシバシ出てるから!

しかも見るがいい!この蕩けそうな笑顔を!!確実に主役(私)を喰っている!例えるならば、刺身のツマが、刺身を喰っているようなものだ!……いや、ツマは私の方か!?


な、なにはともあれ、くぉぉぉ……!!目が!目がぁ!!


「エレノア……!ああ……まさに、全ての命を宿し生み出す、大地の慈愛そのもの……いや、慈愛に満ち溢れた、光り輝く女神のごとき美しさだ……!」


オ、オリヴァー兄様!美辞麗句のスキルが天元突破しています!!


「……悪ぃ……。あんまりにもお前が綺麗で……。上手く言葉が出てこねぇ……!」


ク、クライヴ兄様ー!!超ど直球!!


「本当に……綺麗だよエレノア。輝くような君の美しさは、僕をどこまでも魅了して止まない……!」


セ、セドリックー!?オリヴァー兄様並みの美辞麗句スキル発動!!あ、貴方まだ十三歳だよね!?どんだけ極めるつもりなんですか!?なんて……なんて、恐ろしい子ッ!!


「おおおっ!スゲェ!良いじゃねぇか!ってか、マジ最高!!」


すると、三人の後方から、いつもの能天気なディーさんの声が……。


「うぐっ!!」


見ればそこには、表向きはまだ婚約者ではない為、バッチリ自分の色の正装を身にまとっているディーさんの姿があった。


いつぞやの、王家主催の夜会で着ていたような軍服を模した正装は、王家の直系らしく、マントを翻して凛々しさが倍増で、私の沼が大はしゃぎしていますよ!!そして貴方は、言葉攻めではなく視覚攻めですかっ!!あああっ、目が痛い!!顔が熱い!!


「ああ、本当だね。まるで大地の息吹と実りを身に纏い、清浄な白雪の中、たおやかに佇む女神のようだ……!」


……なんて、オリヴァー兄様並みの美辞麗句スキルを口にしながら続けて登場したのは、真っ白い王族の正装に身を包んだアシュル様。しかも甘やかな美貌に、極上の蕩ける笑顔のオマケ付き!!


くぅっ……!!純白に金色の輝きが、私の目を潰さんとばかりに襲い掛かって来る……!


言葉攻めと視覚攻めのダブルコンボでの攻撃ですか!?むしろ貴方の方こそ、神々しいまでに輝いております!!

というか、今回は影で潜んでいる筈の貴方様が、何故にそこまでキラキラしい装いを!?


「エレノア……!!うわぁ……!まさに『豊穣の女神』って感じだな!!うん、凄く綺麗だぞ!!」


続いてリアムが登場!……そろそろキラキラしさにも目が慣れるかな?なんて思った私が馬鹿でした。


白地に青をふんだんに使用した王族の正装が……!!なんなんですか、アシュル様に負けない、そのキラキラしさは!?しかも、ただ綺麗なんじゃなくて、凛々しくて綺麗って、もはや犯罪だよね!?

……はっ!ひょっとして、今日は貴方のデビュタントでしたっけ!?うん!むしろ私の代わりにデビューしていいから!それぐらいに綺麗です!!


「……うん。綺麗だし、そのまま食べちゃいたいくらいに、美味しそうな装いだね」


フィン様。思わずツッコミたくなる問題発言、有難う御座います。

……って!!いつもの魔導師団のローブ姿じゃない!!お、王族の正装着てるー!!


は、初めて見ました!!や、やはり黒と緑を基調としていますか!い、いつものローブ姿を見慣れているから、めっちゃヤバいギャップ萌えが爆誕していますよ!!眼福なんてもんじゃない!今日一番の衝撃と言ってもいい!!

というか貴方って人は、何でこういつもいつも、ここぞという時に限ってギャップ萌えを使って攻撃してくるんですか!!何か私に恨みでもあるんですか!?そうなんですね!?


……等と、真っ赤になってあうあうしながら、心の中でいつものごとくツッコミを入れまくる。


すると、兄様方やセドリック、そして殿下方が瞳を輝かせ、頬を上気させながら、私に近付いて来るではないか!!


だ、ダメです!お願い、それ以上は近寄らないでー!!鼻腔内毛細血管が決壊して、純白のドレスが紅に染まってしまうー!!


そんな絶体絶命の危機の中、美容班&ジョナネェが、私を守るかのように、前方にザっと並び立った。


「……若様方。それに殿下方。お踏みとどまられませ!」


「お嬢様の、化粧と御髪とお心が乱れます!」


「それ以上に、お嬢様が血を噴きます!」


「もしここで、デビュタントのドレスを鮮血に塗れさせたりなんてしてくれやがったら……。あんたらを殺して私も死ぬ!!」


……約一名、不敬なんてもんじゃない台詞を吐いてます。

流石はジョナネェだね!オネェは強し!


というか皆の背後から、荒ぶるオリヴァー兄様並みの暗黒オーラが噴き上がっている!す、凄い気迫だ!!


ああっ!その気迫で、兄様達や殿下方が笑顔のまま固まってる!というか、お陰様でさっきからヤバかった、私の鼻腔内毛細血管も落ち着きを取り戻しました!有難う、有難う皆!!


「うん、素晴らしいわね貴方達。お陰で私の出番がなかったわ」


そう言って、兄様達や殿下方の後方から歩いて来たのは、これまた普段の数倍豪華な聖女の正装を身に着けたアリアさん。


長く艶やかな黒髪を緩やかに肩口から前に流し、たおやかに微笑むその姿は、まさに女神様の御使いの名に相応しい美しさで、即座に殿下方以外の全員が、その場で最上級の礼を取った。勿論私も、最上位の者に対してのカーテシーを行う。


そんな私達に対し、楽にするようにと声をかけてくれた後、アリアさんは慈愛のこもった眼差しを私に向ける。

そして、嬉しそうに微笑みを浮かべながら歩み寄り、耳元にそっと唇を寄せた。


「本当に、とても素敵よエレノアちゃん。まさかこんなに可愛い娘のデビュタントに、『母』として立ち会えるなんて思わなかったわ」


「アリアさん……」


スッと身体を離したアリアさんは、微笑んだまま、私の頬にそっと手を添えた。


「……大丈夫。オリヴァー君達や息子達だけじゃなく、私もついている。貴女のご両親や沢山のお父様達もね」


そこで私は、昨夜魔導通信で一足早いお祝いの言葉をくれた、アイザック父様とマリア母様を思い返した。


二人とも「この目で直接見たかった!」「折角娘産んだのに、ドレスに口出し一つ出来ないなんて!」って、口々に悔しそうに……あれ?お祝い?


その後、国王陛下や王弟方、メル父様やグラント父様が乱入して、口々に祝いの言葉をくれた。

でも最終的には「自分達も参加したかった!」との恨み節をグチグチと……あれ?


「そして貴女は今間違いなく、このバッシュ公爵領で……いえ、アルバ王国内で一番輝いているわ!生涯一度のデビュタント、自信を持ってバーンと行ってビシッとキメてらっしゃい!」


そう言って、晴れやかに微笑むアリアさんは、聖女様仕様でも、いつものアリアさんで。

そんな彼女に喝を入れられた事により、私の緊張は一気に解けて無くなっていった。


「お手をどうぞ、僕の愛しい婚約者殿」


麗しい微笑を浮かべたオリヴァー兄様が、私の前に手を差し出す。


そして、クライヴ兄様やセドリック、アシュル様、ディーさん、リアムにフィン様も……。

いや、それだけじゃない。イーサンやジョナネェ、ミアさん達やウィルや美容班の皆も、全員が私を見つめながら微笑を浮かべている。(というか、ウィルはハンカチ片手に泣いている)


「はい!オリヴァー兄様!」


私は思い切り深呼吸をした後、皆に向けてとびきりの笑顔を浮かべる。そして、オリヴァー兄様の掌に自分の手を乗せた



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エレノアの脳内実況中継、今日もバッチリ冴え渡っております!

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