第360話 バッシュ公爵領の女神
支度の途中で、エレノアの腹が膨れてしまうという不測の事態が発生し、やや時間がかかってしまった後……。
「さあ!出来ましたよお嬢様!」
「完璧よ!流石は私ね!!」
「お嬢様!お美しゅうございます……!!」
「まさにアルバ王国一……いえ、この世の誰よりも尊きお姿に御座います……!!」
美容班&ジョナサンが、やり切った感半端ない笑顔を浮かべながら、口々に賛辞を述べ、そして戦い(?)を傍らで見守っていたミア率いる獣人メイドが、一様に感嘆の溜息をつく。
その先には、デビュタントの衣装を身に纏ったエレノアが、恥ずかしそうに頬を染めて立っていた。
最上級の純白のシルクを惜しげもなく使用したドレスは、胸の下から裾野へと優雅に広がるエンパイア・ライン。
だが、ドレス自体には宝石などの飾りは一切付けられてはいない。
一見地味に見えるそのドレスだが、実は限られたダンジョンにのみ生息する、希少な蜘蛛の魔物からしか採る事の出来ない、魔力を帯びた糸で織られた極上品である。
大国と呼ばれる国々のご令嬢達が、こぞって愛用するそれは、『
当然の事ながら、アリアが常に着用している『聖女』の正装も、このシルクが使われている。
このシルクの特徴は、光を受けるとまるでカットされたアダマンタイトのように、複雑かつ艶やかに輝きを放つというもので、別名『着る宝石』とも呼ばれているのだ。
そして魔物の吐く糸を使用しているだけあって強度もあり、下手な魔法攻撃など軽く弾いてしまう程の防御力をも秘めているのである。
つまり、このシルクを使ったドレスには、本来下手な宝飾品など一切必要ないのだ。
だがそれを分かってか分からないでか、ゴテゴテに装飾を施すご令嬢は後を絶たないそうで、ジョナサンなどは、そんな令嬢達の事を「物の価値を知らない道化」と非常に手厳しい。
そんなジョナサンが、愛する小さな少女の為に作った渾身のドレスは、まさに文句なしと誰もが太鼓判を押す程の素晴らしい出来であった。
しかも、ドレスを彩る唯一とも言える装飾品は、純金を使って作られた……麦穂だった。
胸元に、左右からクロスさせた金の穂。そして
更に、豊かに波打つヘーゼルブロンドはそのままに、様々な彩りを放つ宝石をふんだんに使用した髪飾りをつけているのだが、なんとその髪飾りは全て果物を模っているのだ。
苺、ブドウ、オレンジ……等、どれもバッシュ公爵領を代表する果物である。
そしてその周囲には、ワスレナグサやシロツメグサ等の愛らしい野花を模った宝石が散りばめられている。
――実はあの時、エレノアが提案したのは、『バッシュ公爵領を象徴する作物を衣装に使う』というものであった。
それならば、オリヴァーらやアシュル達の色全てを入れる事が出来るうえ、邪推される事もない。
……それを聞いた一同は、その斬新で柔軟な発想を聞いて衝撃を受けた。
確かにそれならば、堂々と『婚約者』達全ての色を入れる事が出来る。
しかも、このバッシュ公爵領を背負う直系の姫として、これ以上はない演出となるだろう。
「成る程、良い案だ」
「流石は僕らのエレノアだね」
そんな具合に感心していた一同は、その後に続いたエレノアの言葉に笑顔のまま固まった。
「そうすると、オリヴァー兄様はナスで、ディーさんはトマト。セドリックはジャガイモ、アシュル様はトウモロコシ……フィン様は……え~と、キュウリかな?」
――ちょっと待て!!何故に野菜!?
しかも、「白い野菜と青い野菜は思いつかないから、クライヴ兄様はシロツメクサで、リアムはワスレナグサだね」という言葉にも、皆は激しくツッコミを入れた。
特にオリヴァーとセドリックは「ちょっと待ってくれ!何で僕がナスなのに、クライヴがシロツメクサなの!?」「僕なんて、よりにもよってジャガイモですよ!酷くない!?」と、ブーイングの嵐であった。
結局、その場の全員の激しい抵抗と、アリアとイーサンの「エレノアちゃん……。却下!」「お嬢様……。それは流石に賛同しかねます」の言葉で、野菜シリーズ案はあえなくボツとなり、代わりに果物シリーズにする事となったのである。
ちなみにだが、オリヴァーは巨峰、フィンレーはマスカット、ディランは苺で、セドリックはオレンジ。
そしてやはりというか「白い果物と青い果物がない」ということで、リアムとクライヴは共に、当初のワスレナグサとシロツメグサとなったのである。(オリヴァーとフィンレーは、互いに「何でこいつと同じ果物?」と不満そうであったが。)
だがここでもエレノアはやらかした。
「アシュル様は、バナナですかね?」の言葉に、アシュル以外の者達は全員、抱腹絶倒となり、当のアシュルからは「絶対嫌だ!」と、大ブーイングを食らったのである。
「スゲェ!エル、最高!兄貴の全てを表現してる!!」
「良かったなアシュル!ピッタリじゃねぇか!エレノア、お前のセンスには脱帽だ!」
そう言いながら、腹を抱えて笑いまくるディランとクライヴに、アシュルはビキビキと青筋を立てた。
次いで「……冗談だよね?エレノア」と、ニッコリとドスの効いた笑みを向けられ、エレノアは本能で身の危険を感じ、咄嗟に「そ、それじゃあ麦、麦で!」と提案したのである。
その結果、「成程……。バッシュ公爵領の象徴であり、アルバ王国の主食である『麦』なら、王太子を象徴する最高のモチーフだ!」という事で、「バナナで良かったのに……」という、誰かの呟きは綺麗にスルーされ、アシュルは麦に決定されたのである。
更にモチーフが決まった事で、実は絵の得意だったエレノアは、前世で一番好きだった、アールヌーヴォーを代表するチェコ出身の画家の衣装やアクセサリーを描き、ジョナサンに見せた。
その画家の描く作品は、星、宝石、花(植物)などの様々な概念を女性の姿を用いて表現するスタイルで、華麗な曲線を多用したデザインが特徴である。
「あっら~!素敵!!物凄く華やかなのに、下品じゃない所が気に入ったわ!!」
案の定、ジョナサンはしっかり食いついた。
そして同時に、希少な宝石や魔石を果物の形に加工するという、嘗てない斬新な試みに、ドワーフ達もが滾り奮い立った。
その結果、「え!?これってば本物!?」と見まごうばかりの、まさにこの世に二つとないであろう、素晴らしい宝石の果物達が爆誕したのである。
ちなみにだが、それらが完成したと同時に、ドワーフ達は次々と気を失った。
が、隈の浮かんだその顔には、満足げな微笑が浮かんでいたらしい。(そして、彼等がいつ起きてもいいように、傍に大量のワインボトルが置かれたとの事である)
……という訳で。
極上のドレスと、装身具を身に纏ったエレノアの姿はまさに、『純白を纏う豊穣の女神』そのものだった。
「……ッ……!お、お嬢様……!!」
「あ、イーサン」
途中で席を外していたイーサンは、装い終えたエレノアを目にするなり口元を手で覆い、目を潤ませた。
「なんと……なんとお美しい!!うう……っ!お嬢様…!イーサンは……イーサンは、大変に誇らしゅう御座います!」
そう言い終えるや、滝のように滂沱の涙を流すイーサン。
もはや見慣れてしまったその光景を、エレノア含むその場の面々は、生温かい眼差しで見つめた。
というか、確か前日の衣装合わせでも泣いてたよね、この人。
だが、そこは流石の敏腕家令。
目にもとまらぬ早さでハンカチを取り出し、涙を拭うと、まるで何事も無かったかのように、恭しく一礼する。
「大変失礼致しました。御婚約者様方並びに王家の方々のお支度が整いました。皆様ご入室を希望しておりますが、宜しいでしょうか?」
「あ、は、はいっ!」
エレノアの、ちょっとだけ緊張した様子を見たイーサンは、いつもの厳格な表情に薄く微笑みを浮かべる。
そうしてドアの方に向かい「お通ししなさい」と声をかけたのだった。
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エレノア、危うく『農耕の女神』になりそうでしたv
ちなみにエレノアが参考にと描いたのは、代表作に『四季』『黄道十二宮』等がある、日本人に特に人気の画家さんです。
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