第358話 混乱の始まり

「はぁ……」


アルバ王国王都の中心地に聳え立つ、王族が住まう国の象徴たる白亜の宮殿。『王宮』


その王宮内にある王の執務室内にて、国の頂点たる国王の前で堂々と溜息を吐く不敬の塊たる男に、アイゼイアは「やれやれ」といった様子で苦笑を漏らした。(補佐官や侍従達はハラハラと青くなっていたが)


「アイザック。溜息が三十回を超えたぞ。……まあ、気持ちは分からんでもないがな」


「……申し訳ありません」


日々の恒例行事となっている言葉による応酬も無く、素直に謝罪するアイザックを見ながら、アイゼイアは更に苦笑を深めた。


今日は、アイザックが自分の命よりも溺愛している一人娘、エレノアのデビュタントが行われる記念すべき日だ。

父親としては、一生に一度しかない愛娘の晴れ舞台に自分が参加出来ないのが辛いのだろう。


先程も口にしたが、彼の気持ちは凄くよく分かる。何故ならば、自分や弟達も全く同じ気持ちだからだ。


大切な息子が生涯の伴侶として選んだエレノア・バッシュ公爵令嬢。


彼女の事は、アイゼイア自身も既に義娘認定している。


性格も容姿も非の打ちどころがなく、なにより最愛の妻であるアリアと同郷だったというオマケ付き。それゆえか、アリアに負けず劣らず天然っぷりをいかんなく発揮し、アルバ男の……いや、最近は女性をも魅了しまくっている。

メルヴィルやグラントが、アイザックに負けず劣らず溺愛する訳である。


かくいう自分達も、「理想の愛娘が出来た!」と、全員一致で小躍りしている。今現在の目標は「お父様」ないし「パパ」と呼んでもらう事である。アリアは既に「お母様」呼びされたとの事。羨ましい限りだ。


――……エレノア嬢のデビュタント。本当なら、是非ともこの王宮で華々しく迎えさせてやりたかった。


それを領地でのお披露目も兼ね、バッシュ公爵領で行う事をさっさと決めてしまったのだ。


それに対してブーイングした所、「は?何で貴方がたに忖度しなくちゃならないんです?エレノアは、ぼ・く・の娘ですからっ!」等と言い切られ、思わず弟達共々、アイザックとちょっとしたバトルを繰り広げたものだった。


だが、ここにきて、そのアイザック本人がまさかのデビュタント不参加である。


義理の父親である自分達があれ程悔しかったのだ。実の父親が愛娘のデビュタントに参加出来ないなど、どれ程ショックであろうか……。


なので、普段であるならそれをネタに揶揄うところを、純粋に同情しているという訳なのである。


「まあ……なんだ。フィンレーもバッシュ公爵領に到着した事だし、少しぐらいならあの子に頼んで、デビュタントを覗きに行けるぞ?」


「いえ。お心遣いには感謝致します。ですが、エレノアが帝国に狙われている事が決定事項になった今、私が職務を放棄する訳にはまいりません」


言葉と共に、アイザックの顔が引き締まった。


「……それに、あの子にはあの子を心から大切に想ってくれている婚約者達がいます。もし帝国が行動を起こしたとして、僕がいても足手まといにしかならないでしょう。だったら僕は僕にしか出来ない方法で、あの子を守ります!」


アイザックの言葉に、アイゼイアも厳格な表情を浮かべながら頷いた。


「今、多少国力が弱体化しているとはいえ、帝国は侮れない大国。……この機に乗じて、何をしでかすか分からん不気味さがあるからな」


国民や王族達が、魔族の血を色濃く受け継ぐとされる帝国は、王侯貴族を中心に、『魔眼』持ちが多い事でも知られている。

実際、今回捕らえられた『魔獣使いビーストマスター』もその一人だ。


多分だが、帝国が『異世界召喚』で多くの女性を召喚したのも、『界渡り』をした結果、膨大な魔力を有する事となった女性達を使い、自分達の『力』を継承させようとしたのではないだろうか。


だが、帝国に潜伏している手の者からの報告によれば、奴らは長年行ってきたとされる『異世界召喚』が出来なくなってしまっているらしい。

そしてその結果、『零れ種』と言って放置していた他国の『転生者』や『転移者』に目を付け、密かに狩りまくっているというのだ。


しかもそれだけではなく、より魔力の高い女性までをも狙っているのだという。


今回、捕らえられた『魔獣使いビーストマスター』の供述により、数年前に発覚したリンチャウ国の人身売買組織も、帝国が裏で糸を引いていた事が判明した。


あんな大規模で組織的な犯罪を、あの小国が?と疑問に思ってはいたが、まさか帝国が黒幕だったとは……。どうりで、連れ去られた女性達の奪還が芳しくなかった訳である。


彼等の言葉をそのまま使うとすれば、魔力が豊富なアルバ王国の女性は、『高級品』である。きっと相当数の女性が、帝国に連れていかれてしまったに違いない。



――だが、その『高級品』の供給は、他ならぬアルバ王国の手によって潰えてしまった。



「……帝国は、エレノアを手に入れるのと並行し、他にもなんらかの行動を起こすに違いありません。だからこそ、エレノアを守ろうとして、闇雲に戦力をバッシュ公爵家に送る訳にはいかない」


アイザックの言葉に、重々しく頷く。


そう、本来ならば、『転生者』として狙われているエレノアを守ろうとするなら、大陸最強の魔導師メルグィルドラゴン殺しの英雄グラントをバッシュ公爵領に送るのが最も安心で確実な手段なのだ。


幸いと言うかバッシュ公爵領あちらには、自分達の最愛の妃であり、国母でもある聖女アリアもいるのだ。彼らを送る事に異を唱える者はまずいない筈だ。


……だが、長年この国と敵対してきた帝国であるならば、最高戦力の王都不在を好機とし、必ず何か仕掛けてくるに違いない。


このアルバ王国内には、泳がせている者達以外にも、間違いなく帝国の間者が潜んでいる。それらが今後、どう動くのか、あらゆる事態を想定しておかなくてはならない。


「国王陛下、大丈夫です。あちらには、オリヴァーもクライヴもセドリックも……そしてアシュル殿下方もいらっしゃいます。エレノアを心から愛している彼らであるのなら、きっと守り切ってくれる!」


アイザックは、そう力強く断言する。


だがそれは、自分の不安を押し殺す為に自分自身に言い聞かせているようにも見えた。


「ふふ……。そうだな。メルヴィルとグラントの息子達だけでなく、私達の息子もいるのだ。それだけではなく、ヒューバードとお前の家令もな。きっと彼らが何とかしてくれるだろう」


「ええ。イーサンなら、たとえ手足がもげようが指一本になろうが、エレノアの為ならば、たとえ悪魔契約をしてでも敵に立ち向かってくれる筈です」


「そ、そうか……。それは頼もしいな」


比喩でもなんでもなく、真顔で言い切るアイザックの言葉に家令の狂気ヤバさを感じ、アイゼイアは思わずドン引きしながら顔を引き攣らせた。


――そういえばその家令って、アイザックとエレノア嬢の初めて(のパパ呼び)を巡って、仁義なき戦いを繰り広げたツワモノ……と、聞いた事があったな……。


エレノア嬢。相変わらず大物喰らいというか、自分達を含め、癖のある男達程夢中にさせるご令嬢だ。


「まあそれに、いざという時の為に、フィンレーをバッシュ公爵領に向かわせたのだからな」


「ええ。今回デビュタントが仇となり、すぐに王都帰還は叶いませんが、フィンレー殿下のお力があれば、事が起こった時、エレノアを迅速に王都に避難させる事が出来ます。それに、もし万が一・・・の事があれば……」


「ああ。『魔眼』に対抗出来るのは『聖魔力』。だが、聖女であるアリアは非戦闘員だからな。その為にアシュルを一緒に向かわせたのだ。王太子のくせに、己の立場も弁えず、愛しい女性の元に駆け付けた未熟者だ。大切な婚約者と母の為に、せいぜい役に立ってもらおう」


辛辣な口調とは裏腹に、アイゼイアの唇には笑みが浮かんでいた。それは国王としてではなく、ようやく愛しい者を得る事が出来た最愛の息子に対して向ける、父親としての表情だった。


「国王陛下!!」


部下達を引き連れ、常の厳めしい顔に更に厳しい表情を張り付かせた宰相のワイアットが足早に執務室へとやってくる。

その後方には、黒いローブに身を包んだ者達が数人控えていた。多分彼らはワイアット直属の『影』達なのであろう。


瞬時に表情を引き締めたアイゼイアに目礼すると、ワイアットは重々しい口調で衝撃的な内容を告げた。


「バトゥーラ修道院が襲撃されました」



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傍にいるだけが、守る事ではないという事ですね。

多分ですが、映像記録の魔道具はしっかりヒューさんに持たせていると思われますv

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