第357話 そ、それはっ!?

「えー!オリヴァー兄上、僕がエレノアの為に作ったお菓子、もう出しちゃったんだ!もぅ!僕がエレノアに食べさせてあげようと思って作ったのに!」


プンプンしながら刀を振るうセドリック。


そんな彼と打ち合いながら、私は苦笑を浮かべた。


今現在、私は仮縫いが終わったジョナネェに「もう、後は衣装合わせだけだから、凝り固まった身体ほぐしてらっしゃい!」と言って部屋からポイッと追い出され、丁度衣装合わせが終わったと言って駆け付けて来たセドリックと共に、演習場で軽い打ち合いをしている最中である。


え?オリヴァー兄様はどこいったって?……はい。ジョナネェに「お兄ちゃん、いざって時の為に、今現在の採寸を取らせてねー♡」ってジョナネェにガッチリ捕まってしまわれました。合掌

というより、いざって時っていつだ!?


「セドリック。じゃあ後で、私が貴方にお菓子を食べさせてあげようか?」


そう提案した途端、セドリックの顔が喜色満面にパアッと輝きを放った。


「うん!是非!!じゃあ他の人達に邪魔されない所でお願い!うわぁ……楽しみ!!」


ホクホクと物凄く嬉しそうな顔をしながら、セドリックが私の刀を弾き飛ばしたところで打ち合い終了。


弾き飛ばした刀は、クルクルと宙を舞った後、セドリックがパシッと手で受け止めました。セドリック、ナイスキャッチ!


「……それにしても。この周囲の熱量は凄いね」


打ち合いが終わり、ウィルに手渡されたタオルで汗を拭いていた私に、セドリックが何気ない風にそう話しかけてきた。


ちなみにセドリックは汗一つかいておらず、涼しい顔してミアさんから渡されたアイスティーを飲んでいる。

う~ん……流石はクライヴ兄様に鍛えられているだけのことはある。最近はオリヴァー兄様とも、打ち合いながら同時に魔法攻撃の練習をしているし、将来とても楽しみです。


――まあ、それはともかくとして。


「う、うん。そうなんだよね。皆、昨日からこんな感じなんだけど……何でなのかな?」


セドリックの言葉を受け、私は演習場の周囲に控えているバッシュ公爵家本邸の騎士達(&近衛騎士達)を見ながら、運動でかいたのとは違う汗を流した。


なんせ全員、顔を紅潮させた物凄くキラキラしい笑顔をこちらに向けているのだ。で、私と目が合うなり、自分の推しであるアイドルと目が合ったファンのごとく、顔を更に紅潮させ、まるで祈るかのように両手を組む。流石に声は出さないものの、今にも「きゃー♡」と歓声を上げそうな勢いだ。


しかもこれ、この場の騎士達だけではなく、この屋敷に働いている全ての人達が、こんな感じになっているのである。


今朝の朝食なんて、私の前に薄い飴を伸ばして作った、小さな薔薇の花束が飾られていましたよ。(勿論、アリアさんの所にも飾られていた)どうやらレスターさんが、超絶頑張ったようだ。


ちなみに色ですが、私がオレンジでアリアさんは白。……ええ。勿論、食後の紅茶と一緒に、パリパリ頂きました。美味しかったです!



――……閑話休題それはともかく



そんな皆の変化について、ウィルやシャノン達に「皆、どうしちゃったのか分かる?」と聞いてみたのだが、「お気になさらず。彼らは全員、我々と同じ高みに上っただけですから」と言って、ドヤ顔で微笑むだけ。


いや、気にしますから!というか、どんな高みに上ったというんだ!?訳分らん!!


「……え~と、それは……。なんでだろうね?」


セドリックも、微妙に私から目を逸らしながら曖昧に返事を返す。これ、兄様方や殿下方に聞いても同じ反応なんだよね。


あ、違った。ディーさんだけは「はっはっは!エル、そりゃー今現在、領地にせいて……」と口にした瞬間、ヒューさんに壁にめり込むぐらいにぶっ飛ばされていたっけ。というか、「領地にせいて」ってなに!?


「そんな事よりエレノア。これから夜会で披露する剣舞の練習するんでしょ?」


悩み始めた私の気を逸らすように、セドリックが声をかけてくる。


あ、そうだった!今回はちょっと難しい立ち回りを入れるから、しっかり練習しなくちゃいけなかったんだ。


「今回も僕とリアムで、エレノアに花を添えるからね!」


そう言って、嬉しそうにニコニコ笑っているセドリックを見ながら、私は「ありがとう」とお礼を言いながら微笑んだ。


前回、学院で剣舞を舞った時、周囲に大量の花弁が積もっていてビックリしたんだけど、後から聞いたら、セドリックの土魔法で新鮮な状態に保った花弁をリアムの風魔法に乗せ、私の周囲に舞わせていたんだそうだ。まさにリアル『花を添える』である。


後からそれを聞いた時は、『成程。それなら私の拙い剣舞でも、五割増し輝いて見えた事だろう』って感心したものだ。本当、演出って大切だよね。


私は気持ちを切り替え、ミアさんから渡されたアイスフルーツティーを一息に喉へと流し込むと、鞘に入れた刀を手に、精神統一に入ろうとする。そしてそれを察したか、その場にいた騎士達が全員、期待に満ち満ちた視線を私に向けた。


……熱視線が痛い。……集中……集中……。


その時だった。


「エレノアおじょうさまー!!ただいま帰りましたー!!」


演習場に響き渡る能天気な声に、集中しようとしてた意識がたちまち覚醒する。こ、この声は……ティル!?


いつもの元気いっぱいな笑顔を浮かべ、見えない尻尾を振りながら、こちらへと爆走してくるティル。

すかさず、それを止めようとした騎士達がティルによって、「邪魔だ」とばかりに次々と吹っ飛ばされていく。あー……。今、クリス団長、イーサンとの打ち合わせでここにいないからなー。


すかさず、セドリックとウィルが私を守るように前へと立った。

ティルもそれを見て、私達のすぐ目の前で、キキーッとブレーキをかけて立ち止まる。


「君、主家の姫の御前で無礼ではないのか!?」


セドリックがティルを睨み付けると、ティルは全く臆することなく、ニコニコしながら騎士の礼を取った。


「あ、ご婚約者様。申し訳ありません!ついつい気が急いてしまって!」


その全く邪気の無い様子に、セドリックが毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。あ、ウィルはなんか威嚇するようにティルを睨み付けている。そういえばこの二人、最初から何かと張り合っていたよね。


「え……え~っと……ティル?貴方確か今、巡察隊に入って外にいた筈じゃ……」


「大丈夫っす!休憩と称して戻ってきました!もう少ししたら、また戻ります!」


休憩で戻って来たって……。確かティル、城下町より外の巡察隊に加わっていた筈では……?


「だって折角、我々の姫騎士がいらっしゃるってのに、巡察なんてやってられねぇっすよ!」


……んん?姫騎士?


ティルが口にした不吉なワードに、不安が募る。

た、確かこのバッシュ公爵領では、目立たずひっそり生きたい私の為に、父様がそういう情報を一切遮断しているって話では……?


「そうそう、お嬢様!俺も遂に、自分の聖典を手に入れる事が出来ました!!」


そう言うと、ティルは興奮気味に懐から一冊の本を取り出した。


――何故胸元から本が!?……と、驚いていた時代が私にもありました。


実はこの世界……というより、アルバ王国の男性達って、いついかなる時でも女性のニーズに即対応出来るように、持ち歩くアイテムが色々とあるらしいのだ。なので、どの男性も大なり小なり収納魔法を会得しているんだって。


イーサンも、まるで本のような名刺を胸元から取り出して、オリヴァー兄様に渡していた事があったし、兄様もそれ、当然というように胸元に仕舞っていたもんね。……いいな~。いつか私も空間魔法を会得してみたいものです。


「いや~、首都では入荷される先から売れちゃって、中々買えなかったんっすよー!その点、郊外って探せば、穴場的に売れ残っている本屋があったりするんすよね!巡察隊やっている唯一の利点です!」


……はい?聖典……?


そうして、喜色満面で眼前に突き出された本のタイトルを読んで、私は固まった。


「こ、これは……っ!『現代に蘇った姫騎士~守るべきものの為に~』!?」


どどど、どうしてここに!?父様達の話では、確かまだバッシュ公爵領では、販売されていなかった筈ではー!!?


「あっ!ティル、てめぇ!どこでそれ手に入れたんだよ!?」


「ち、ちょっ!後でそれ買った本屋教えろ!!」


途端、周囲で私達の様子をうかがっていた騎士達が、ティルの周囲にワッと集まってくる。そんな騎士達と私を交互に見ながら、セドリックとウィルが「あちゃ~!」って顔しているけど……し、知っていたんですか、あんたら!?


あっ!そうか……!皆、ひょっとしなくても『アレ』読んだんですね!?だから態度が変だったのか!!


「……まあ、なんだ。いずれはこうなったんだからさ、エレノアもいい加減観念して、笑って受け入れた方がいいよ?」


ワナワナと震える私に、慰めるようにセドリックが肩ポムしてくる。

ひ、他人ごとだと思ってー!!笑って受け入れられる訳ないでしょーー!?




後に、クリス団長と共に現れたイーサンに、本の発売差し止めを懇願するも、フレーム指クイして「既に領地全土に普及されております」と告げられ、その場に崩れ落ちた。


「ティルー!!てめぇ!何故ここにいるー!?」「あっ!やべっ!」というやり取りと、「実は布教のタイミングを計っておりました」というイーサンの言葉を、演習場の床に手をつきながら、呆然と聞いているしかない私……。


って、ん?「布教」って聞こえたんですけど、「普及」の間違いではないですかね?……間違いだよね?!そうだと言ってくれー!!



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エレノアよ。最後の言葉は言い間違いではないんですよv

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