第355話 ジョナネェといっしょ

「ジョナネェ~!もう疲れたよ~!!」


言葉通り、覇気のない情けない声を上げる私に対し、ウェーブかかった灰色の髪に、金のメッシュを施した長めの髪をスタイリッシュにひっつめたジョナネェが、血走った目でギロリと睨み眦を吊り上げる。


「うっさいわね!もうちょっとで仮縫いが終わるんだから、ジッとしてなさい!いいこと!?僅かでも動いたりしたら、ドレスと肌に穴が開くわよ!?これって脅しじゃないからね!?デビュタントのドレスに血の染み作りたくなかったら、黙って耐えなさい!!」


「うううぅ~!!」


今現在の私ですが、本邸の私室にて、デビュタントに着るドレスの仮縫い作業の真っ最中です。……いや、仮縫い作業をしているのはジョナネェですがね。


私はマネキンよろしく、下着の上に純白シルクの布を巻かれ、微動だにせず突っ立っているだけである。


でも突っ立っているだけとはいっても、かれこれ二時間以上、飲まず食わずでジッとしているのだ。当然疲れるし辛い。


人間、歩いている時より、立っているだけの方が身体(主に腰)に負担がくると聞いた事があったけど、実体験してみたら、まさにその通りだった。


ちなみにこの部屋の中には、ジョナネェと私とミアさんしかいません。


いや、普通だったら護衛やら召使やらが常駐しているんだけど、兄様達や殿下方が大却下したのである。


ウィルやシャノン達は「あー、まあ、そうですね」とすぐに納得したんだけど、本邸の騎士達や召使達は、「でも、それではエレノアお嬢様のお守りが!」「エレノアお嬢様のお世話を……!!」って、かなり食い下がっていたっけ。


最終的にはイーサンに「散れっ!」とばかりに追い払われていたけど。(そして部屋の外は、一旦追い払われた騎士達や召使達がギッチリと守りを固めている)


う~ん。どうしたんだろうか。なんか昨日から皆おかしいんだよね。


騎士達や召使達のあのキラキラした瞳。中には柱の影から祈りを捧げている人までいたし。


兄様方やセドリックにその事を話しても「あー……」「まあ、おいおい分かると思うよ」ってはぐらかされるし。

だったら!って、ティルに聞こうとしても、何故か本邸の敷地内巡回送りになったっていって姿見ないし。


――まあ、それはいい。今は取り敢えず、座ってお茶したい。疲れた……。


でも身体に巻かれた布に、これでもかとばかりにマチ針を仕込まれてるから、無理だしなぁ……。


それに何より、先程のように鬼気迫るジョナネェの叱責……と言う名の弾丸オネェトークでガンガンに精神削られるから、大人しくジッと立っているしかないのである。


多分だけどジョナネェ、急いでいるってのも勿論あるんだろうけど、この仕事の鬱憤とストレスを、私弄って晴らしているんじゃなかろうか?


――ところでだ。


何でここにジョナネェがいるのかというと、先日、ドレスの構想が練り上がった段階で、フィン様が闇の魔力を使ってここに連れて来たからである。


いや~……。あの時の事は、今思い出しても笑え……いや、衝撃的だった。


なんせ、空間にぽっかりと黒い穴が開いたかと思ったら、その中からジョナネェが、闇の触手に一本釣りされたみたいに、スポーンと飛び出て来たんだから。


「……はぁ!?ちょっ、な……!?」


徹夜明けの風呂上りだったのか、頭にタオル撒いたバスローブ姿で登場したジョナネェ。目ん玉引んむきながら、周囲をキョロキョロ伺っていたっけ。まあ、そりゃ当然だよね。


そんでもってアシュル様を筆頭に、自分を囲むように立っていた王家直系達を目にした瞬間、「い……っやー!!なんでーー!?ロ……ロイ……」と叫んだ後、白目を剥いて失神してしまったのだった。

そんなジョナネェを見た兄様方、実にいい笑顔を浮かべていらっしゃったっけ。


まあ、いつもジョナネェに、採寸と言う名のセクハラ攻撃を喰らっているからなぁ……さもありなん。


ちなみに、何でフィン様が、わざわざジョナネェを連れて来たのかというと、どうやらフィン様、私と初めて出逢った時に着ていたドレスを物凄く気に入っていたそうなのだ。で、それを作ったジョナネェの事をかなりリスペクトしていたんだって。


フィン様は、王都やその周辺の、私に少しでも関係する場所は全て訪ねて回っている。(今回、遂にバッシュ公爵家もコンプリートした)


その中には当然、ジョナネェの自宅やオフィスなんかも含まれていたらしく、「ドレスといえば、あのデザイナーでしょ」と、今回の一本釣りと相成ったという訳なのである。

まあ、ジョナネェも守秘義務の誓約をバッシュ公爵家と交わしているから、殿下方と私がセットでいるのを見せても問題ないしね。


当然のことながら、正気に戻った(というか、「時間がない」と言ってイーサンに無理矢理覚醒させられた)ジョナネェは怒り狂った。


「そりゃあさ!アイザックちゃんに、エレノアちゃんのデビュタントのドレス、依頼されてはいたわよ!?だけど、いきなりこんな急に……。しかも領地に空間転移させるなんて聞いてなかったわよ!!ましてや、今日入れて四日で仕上げろって!?あんたら全員鬼よ、鬼!!」


なんて、不敬もなんのその。王族相手にも容赦なく、散々喚き散らしていたジョナネェだったんだけど、依頼料の他に、ディーさんの身体を心ゆくまで採寸させるという条件付きでドレス作成を快諾してくれた。

どうやらジョナネェ、ディーさんの容姿と身体が好みドストライクだったみたいだ。


ディーさん本人は「へ?採寸?なんだ、そんなことぐらいなら別にいーぞ?」って、あっけらかんと了承していたけど……。

そんなディーさんに対し、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が、揃って同情の眼差しを向けていたっけ。


……うん。ディーさんが未知の扉を開けない事を心の底から祈っておこう。(他の殿下方も何かを察したのか、誰もがそっと目を逸らしていた)





「ジョナサン。そろそろお茶で休憩にした方がいいんじゃないかな?ほら、東方の茶葉と、それによく合うバッシュ牛の乳から作ったフレッシュクリームを、君の為に・・・・用意したよ」


そんな感じで(どんな感じ?)いい加減疲れ果てた私の耳に、天の助けと言う名のオリヴァー兄様の声が聞こえてきた。


ソーサー付きのティーカップを差し出され、傾国級の極上スマイルを浮かべたオリヴァー兄様に、「君の為に」と強調されたジョナネェは、「あぁら!お兄ちゃん、ありがとー♡♡」と、コロッと態度を変え、あっさりと休憩を了承したのだった。


さ、流石はオリヴァー兄様。助かった~!


……というか、好みの男性に対するこの態度……。私の時とえらく違うじゃないか、この第三勢力同性愛好者めが!


ちなみにだけど、兄様達や殿下方も、持って来た礼服の試着と若干の手直しをする為、別室で美容班達と衣装合わせを……していた筈だよね?


あれっ?何故オリヴァー兄様、ここにいるのだろうか?


「ああ。僕が一番先に衣装合わせが終わったからだよ」


そう言って、極上スマイルを浮かべる兄様。……衣装合わせの順番、絶対ゴリ押ししたんだろうな……。


「んじゃ、エレノアちゃん。はーい、万歳してー!」


「?」


訳も分からず、万歳した私の身体から、スッポーンと仮縫いのドレスが抜き取られた。


って、ちょっと待てー!!このドレスってばマチ針だらけなのに、何してくれちゃってんだジョナネェ!危ないでしょうがー!!


「ばっかねぇ!この私が、あんたの身体とドレスを危険に晒すわけないでしょー?ちゃーんと、身体に触れないように針刺してたに決まってんでしょーが!」


「えっ!?……あー!ジョナネェ酷い!騙したなー!!」


「ふふん。騙されるあんたが悪いのよ!それに時間が無いのは本当なんだから、責められる筋合いは無いわね。それにほら、あんたと私で頑張った結果、仮縫いほぼ終わっちゃったわよ~!休憩取っていたら、夜までかかっちゃったかもだから良かったじゃなーい!あ~、一仕事終えた後のお茶はおーいしー♡」


涼しい顔で小指を立てながら、ティーカップを持っているジョナネェに殺意が湧く。

というか、危険に晒さない為って言っていたけど、あんた絶対、私の身体よりもドレスのが大事だよね!?


怒り心頭となり、ジョナネェに抗議をしようとしたその時だった。

私の肩に、オリヴァー兄様がフワリとショールをかけた。



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ジョナネェ(強制的に)登場です!

そしてディーさんの貞操の明日はどっちだ!?


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