第351話 王太子ご一行様、到着

イーサンから、アシュル様とフィン様の来訪を告げられた私達は、大慌てて離れの正面玄関へと向かった。


実は殿下方の来訪を告げられた時、アリアさんは「いいのよ、王族だからってそんなに畏まらなくても。ほぼお忍びでやって来ているんだし、ここで待っていましょ」と言い放ち、ディーさんやリアムも「そーだぞ?兄貴達なら気にしねぇよ!」「ですよね。エレノア、そういう訳だから、お茶飲んで待ってよう」と言って、宣言通り呑気にお茶を飲んでいたのである。


――いやいやいや、それはないでしょ!!


これが平民のお宅だったら「よっ!来ちゃった!」「あ、いらっしゃ~い!おひさ♡」で済むけど、仮にも国の頂点であるロイヤルファミリーを、お出迎えもしないで優雅にお茶を啜っているって、色々な意味でアウトでしょ!?不敬の極みなんてもんじゃないっての!!


当然というか、兄様方やセドリックからも「駄目に決まってるでしょう!!」って総ツッコミ喰らっていたし。


そんなこんなで、私達は「も~。本当に大丈夫なのにー」と渋るロイヤルな面々を引き連れ、玄関へと到着した。


すると、既に待機していたクリス団長率いるバッシュ公爵家騎士団の面々は、到着した私達を目にするなり、一糸乱れぬ動きで最敬礼する。……って、んん?な、なんか彼らの私を見る眼差しが熱いような気が……?しかも表情がめっちゃキラキラしいのですが?


だがそんな彼らも、イーサンがひと睨みした瞬間、表情を引き締めた。……はて?今のは一体?


気を取り直して前方へと目を向けると、頑丈そうだが、王家の紋章も装飾も無い、凄く質素な二頭引きの馬車が止まっていた。

その周囲には十人程の……こちらも目立たない装いの騎士達が、馬車の周囲を守るように立っている。多分だが彼らが今回、アシュル様達と共にやって来た近衛騎士達なのだろう。


……ん?あれ?馬車の馬達、八本脚馬スレイブニルじゃないんだ。


「お嬢様。八本脚馬スレイブニルに馬車を引かせた瞬間、お忍びの意味が無くなります」


私の表情を読んだイーサンが、眼鏡のフレームを指クイしながら、すかさずツッコミを入れる。あ、成程確かに。

だから馬車も質素で、護衛騎士達の服装も地味なんだね。


「エレノア。多分あの馬は、近衛が乗っていた馬と同じ、八本脚馬スレイブニルとユニコーンを掛け合わせた亜種だと思うよ」


私の横にいたオリヴァー兄様が、小声でそっと教えてくれる。成程。ならば馬力もかなりあるから、こんなに早く本邸に来られたんだね。


「いや。多分だけど、結界ギリギリに転移門を開いたんだろう。今頃宮廷魔導師団は屍累々なんじゃないかな?」


な、成程。オリヴァー兄様、ありがとうござ……ん?なんか兄様、不服そうな顔していませんか?


「オリヴァー。家令にエレノアの表情、先読みされたからって拗ねるな」


「拗ねてない!」


……オリヴァー兄様……。


クライヴ兄様に諭されるように声をかけられたオリヴァー兄様、拗ねていないと言いつつ、顔がめっちゃしかめっ面です。


済みません兄様。妹は不覚にも、ちょっと子供っぽく拗ねてる兄様の尊いギャップ萌えに、しっかりときめいてしまいました。


そうして、私達全員が出迎える体制に入ったと同時に、馬車の扉が開いた。うん、ここら辺は王侯貴族あるあるの様式美ですね。


まず馬車から出てきたのは、王太子であるアシュル様。


聖女様やディーさん達以外の、その場にいる全ての者が、一斉に王族に対する礼を取る。私も最上位のカーテシーを行った。


「皆、面を上げてくれ」


落ち着いた声に従い、私達は全員顔を上げた。


陽光を受け、眩いばかりに煌めく黄金の髪。透き通るアクアマリンブルーの瞳。


まるで晴れ渡る青空に燦然と輝く太陽のような、絶対的存在感。そして兄様方に引けを取らぬ、絶世の甘やかな美貌。

次代の国王陛下と呼ぶに相応しい、その麗しい姿に、その場の騎士達や召使達が揃って息を呑むのが分かった。


続けて馬車から下りて来たフィン様の姿に、再び息を呑む騎士達や召使達。


しっとりと艶を含んだ黒髪。新緑の若葉を思わせるような、鮮やかな……でも深いエメラルドグリーンの瞳。


晴れ渡る青空のようなアシュル様とは真逆の……例えるなら、凛と冴え渡る月夜のような静謐とした美貌を持つフィン様。


目に眩しいのはアシュル様と同じなんだけど、見つめているといつの間にやら、心が吸い込まれていってしまうような、そんな危うい魅力を持っている。……そしてどうでもいい情報だけど、病み属性である。


彼等は私達を……というより、私と母親であるアリアさんを見た瞬間、ホッとした表情を浮かべた。そして再び私の方へと目を向けると、一瞬だけ蕩けるような笑顔を浮かべた。


「出迎え大儀である。弟共々突然の来訪で、特にバッシュ公爵家の騎士達やバッシュ公爵家に仕える者達には、迷惑をかける事になろう。それに対しては、心から謝罪したい」


頭こそ下げてはいないが、王族であるアシュル様直々の謝意に、その場にいた者達全てが再び息を飲んだ。


「母である聖女や弟達同様、これから宜しく頼むよ」


そう締めくくり、王族としての威厳を持って微笑んだそのご尊顔に、思わず「くっ!」と小さく呻き声をあげてしまい、クライヴ兄様に背中をトントンされて我に返った。ハッ!ヤバい。私とした事が!


チラリと視線を周囲に走らせてみる。


すると、オリヴァー兄様やセドリックは面白くなさそうな顔しているが、アリアさんやディーさん、リアムは噴き出しそうな顔をしていて、思わず顔を赤くしてしまう。


だってだって、あんなキラキラしい挨拶攻撃、呻き声の一つや二つや三つ、あげたくなるでしょう!?なるよね!?


「「「「御意!」」」」


対して、アシュル様に声をかけられた騎士達が、一斉にその場で騎士の最高礼を取る。イーサンや他の召使い達も、深々と頭を垂れ、王族に対する礼を取った。


それに対し、満足そうに頷いたアシュル様と、我関せずといったように、いつも通り無表情なフィン様。


ちなみにアシュル様の服装だが、目立たない為か王族が着用する豪華な礼服などは身に付けておらず、普段着に近い服をお召しである。

フィン様はというと、魔導師団のローブを豪華にしたような、いつもの服をお召しである。流石はフィン様、ブレない。


「アシュル王太子殿下。そしてフィンレー殿下。ようこそおいで下さいました。これよりは父であるバッシュ公爵の名代として、このエレノア・バッシュが、聖女様と殿下方を誠心誠意、真心を込めておもてなしさせて頂きます」


数歩手前に立ったアシュル様とフィン様に、心からの笑顔を向けつつ、彼等の壮絶なキラキラしさに目を逸らしたくなるのを必死に耐え、挫けそうな己と、決壊寸前の鼻腔内毛細血管にも喝を入れる。


その結果、笑顔に涙目という、訳の分からない顔になってしまった。そんな私を見つめていたアシュル様は、微笑みながら恭しく私の右手を取ると、甲に優しく口付けた。


「光栄です。エレノア・バッシュ公爵令嬢。これから弟共々、宜しくお願いしますね」


ボフン!と、全身真っ赤になってしまった私に、とどめとばかりにウィンク一発かましたアシュル殿下。


やめてー!!私を殺す気ですかー!?ついでに言うと、背後からの殺気が半端ないです!!というか、私の鼻腔内毛細血管ー!耐えろー!!


「エレノア……嬢。これから宜しく」


真っ赤になってアワアワしている私の左手の甲に、今度はフィン様が口付ける。……フィン様。うっかり「エレノア」って言おうとして踏みとどまりましたね?


ああでも、何故だかいつも以上に無表情なその表情のおかげで、脳内の活火山が再び休火山に……。フィン様、有難う御座います!


「アシュル王太子殿下。フィンレー殿下。バッシュ公爵家本邸の家令を務めさせて頂いております、イーサン・ホールで御座います。この度のご来駕、当主に代わり、深く感謝申し上げます」


「ああ、君があの・・……。うん、これから宜しく頼むよ」


「御意」


……アシュル様。今「あの」って言いましたよね?


「何でかな?」とオリヴァー兄様をチラリと見たら、正面を見つめたまま、めっちゃアルカイックスマイルを浮かべている。

うん。どうやら、天敵フィン様に気を取られ、私の表情を読む余裕がないようだ。


う~ん……。イーサンって有能だから、王家の中でも有名なのかな?


そんな事を考えていたら、当のイーサンが眼鏡のフレームを指クイしながら、こちらに視線を向けて来たので、私は慌てて意識を現実へと戻した。


「両殿下方、どうぞこちらへ。まずは邸内にて旅の疲れを癒して下さいませ」



================



バッシュ公爵家の皆様、やっと普通にロイヤルファミリーをお出迎え出来ましたね。

そしてアシュル様とフィン様、爆発するのも、デビュタントに参加するのも、次回に持ち越しです。

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