第349話 貴方色に染まります

「聖女様、その……。『例の国』って、ひょっとして純白が結婚式に着るドレスの色なのですか?」


それまで、アリアさんと私の会話を黙って聞いていたセドリックが、興味深そうに質問してくる。


「ええ、そうなの。『あっち』では、にほ……いや、『例の国』だけじゃなく、大体の国は基本ドレスは白一択ね。あと、アクセサリーも海の白とかダイヤモンドとか。とにかく白!そして『清楚にささやかに上品』なものを身につけるの。いい!?ここらへん、とっても大切よ!?」


アリアさんが拳を振って力説する。これって多分、私の為に言ってくれてるんだろうけど、自分が望んで叶えられなかった鬱憤をぶつけているような気がしなくもない。


「へえ……!」


「そうなんだ……」


「初めて聞いた……」


「アクセサリーも白一択か……」


「徹底してますね。しかもささやかに……ですか……」


アリアさんの言葉にセドリックだけでなく、リアムやディーさん、兄様方までもがビックリしている。というより、ドン引いてる。


あ、オリヴァー兄様達だけじゃなく、黙って控えている使用人達や近衛騎士達の顔も同様に「ないわ~!」ってなってる。


うん、まぁそうだよね。白いキャンパスに「空間恐怖症か!?」とばかりに宝石や飾りを盛り盛りにするのが当たり前な文化だったら、そりゃあカルチャーショックも受けるでしょう。分かります。


ちなみにだが、ここにいる使用人や近衛騎士達は、私やアリアさんが転移者と転生者である事を知っている上、守秘の魔法制約を交わしている。

しかもこの部屋全体に防音結界も張っているので、私達が『前にいた世界』だの、『転生者』や『転移者』だのを口にしても、なんら問題はないのだ。


けれど、いつ何時うっかり『前世』とか『日本』とかを口にして、身バレしてしまったら不味いという事で、普段から「あっちの国」とか「例の国」とか、適当にぼかして言うようにしているのである。


「でも何で、そこまで純白に拘るんですか?まあ、こちらも基本の色は白ですけど、アクセサリーまで白一択ってのは、あまりありませんからね」


「う~ん……。そうねぇ……」


クライヴ兄様の疑問に対し、アリアさんがちょっと……いや、だいぶ考え込んでから口を開いた。


「やっぱり一番の理由は、白が『邪気を払う』色だからかしら?」


へえ~!邪気払いの意味があるって、初めて聞いた。私の横にいるオリヴァー兄様や、クライヴ兄様達も「成程」って頷いている。


そういえば白無垢も、神様に仕える人の装束が「白」だったから、神聖な儀式に相応しいという事で、着られるようになった……って聞いた事があるな。


あ、そうだ!思い出した!


「それと、嫁いだ家の家風に染まるとか、『貴方の色に染まります』って意味もあるからですよね!?」


忘れちゃいけないもう一つの意味。寧ろ今現在では、こっちの方が知られているよね。


「……エレノアちゃん……」


――ん?あれ?アリアさんの顔色が悪い……?


ドヤ顔で言い切った私を凝視するアリアさんの目に、なんか非難の色が見えるのですが……って、ああっ!な、なんかクライヴ兄様達が一斉にこっちを向いた!それでもって、私をガン見する顔が能面……?し、しかも背後から……何故か魔力が噴き上がっていますが!?


「貴方の……色に……」


「染まり……ます……?」


「……いい……。すごく……いいっ!!」


な、何やら呪文のように皆がブツブツ呟いているんですけど……?。


あ!近衛の方々やウィル達までもが、「な、なんという……!」「まさに、男の夢!」って言いながら打ち震えていますよ!


あれ?そういえばオリヴァー兄様、さっきから無言なんですけど。


皆の異様な雰囲気に戦慄きながら、恐る恐る隣に座っているオリヴァー兄様の顔を覗き込む……すると……。


「ヒッ!」


いやぁぁー!!目が爛々としてるー!!しかも目の色が赤みを帯びているー!!そんでもって、「自分の色……。僕の色にエレノアを……染める……?」って呟いてるー!!


「エレノアちゃん……。それ、折角言わなかったってのに、貴女って子は……」


ア、アリアさん……?


折角言わなかったのにって、さっき私が言った『貴方の色に染まります』の事ですか?

え?ひ、ひょっとして私、ヤバい何かを踏み抜きましたかね……!?


やる気スイッチを押された婚約者ヤンデレ達が発する異様な熱気に怯えながら、私が慌てふためいていた、そんな時だった。イーサンが眼鏡のフレームを指クイする。


「聖女様、エレノアお嬢様。ご歓談中申し訳ありません。たった今、アシュル殿下とフィンレー殿下が到着したとの事です」


うわあああーっ!!(多分)最悪なタイミングで、殿下方キター!!





◇◇◇◇





――一方その頃。


代々騎士爵を賜ってきた、名門クラーク家。その屋敷の執務室では、初老でありながらなお、老いを感じさせぬ頑強な体躯と、騎士然とした覇気を纏ったジャノウの父親、ナイル・クラークが、鋭い眼光で自分の息子を睨み付けていた。


「ジャノウ。バッシュ公爵家が、お前の処分を正式に決定した。お前はバッシュ公爵家騎士団長の任を解かれ、永久除隊となる」


重々しい口調でそう告げた直後、ダン!と、ナイルの拳が机を激しく叩く。その拳は彼の激情を物語るように、ワナワナと震えていた。


「……お前はもう二度と、このバッシュ公爵領で騎士を名乗る事を許されない。……なんと……なんと馬鹿な事を……!!」


「……父上。申し訳ありません」


そんな父親を前にし、ジャノウは苦渋の表情を浮かべながら、深々と頭を垂れる。


エレノアがバッシュ公爵家本邸に到着したあの日からずっと、自宅にて謹慎していたジャノウだったが、後悔によるものか、それとも己の仕出かしてしまった事への絶望からか。その様相はこの数日間で、驚く程に憔悴し切っていた。


そんな息子を厳しい眼差しで睨み付けながら、ナイルは怒りを含んだ声で言葉を紡いでいく。


「代々クラーク家はバッシュ公爵家にお仕えし、この領地を守って来た武門の家系。なのにお前はその誇りを地に堕とし、主家の姫であられるエレノアお嬢様に敵意を向けた……!騎士として、あるまじき行いだ!」


頭を下げ続けるジャノウの肩が小刻みに震える。


「しかもその理由が、女狐にうつつを抜かしたからだなどと……恥を知れ!愚か者が!!」


父親の叱責の言葉を、ただ甘んじて受け止め続けていたジャノウだったが、ここにきて弾かれたように顔を上げる。


その表情は、先程までの悄然としたものとは一変して怒気を含んでおり、瞳にも強い憤りの色を湛え、父親を睨み付ける。


「父上!その言は撤回して下さい!フローレンス様に対して、なんという侮辱的な言葉を!それに、私はうつつを抜かしていた訳ではありません!!私は男として、そして騎士として、フローレンス様の事を……!!」


「黙れ!この痴れ者が!!バッシュ公爵家の騎士が捧げるべき忠誠を、主家の姫以外の女に捧げた。そんなお前に、騎士と名乗る資格はない!!」


父親の威圧を含んだ怒気にも怯む事無く、ジャノウは尚も言葉を続ける。


「私はエレノアお嬢様に対し、許されざる罪を犯しました。それに対しては、いかなる処分も受け入れる覚悟で御座います。……ですが、騎士の忠誠をフローレンス様に捧げた事に対しては、なんら恥じ入る事はありません!あのお方こそが、私の気持ちを生涯捧げるに値する『貴婦人』なのです!」


一点の迷いもなく言い切った息子を、父親は愕然とした表情を浮かべながら凝視した。



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前半部分は、安定のヤンデレホイホイ力を発動しているエレノアです。

後半部に、元騎士団長が再登場しております。アルバ男の悲劇再びいう所でしょうか?

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