第347話 デビュタントと言う名の挑戦状
「オ、オリヴァー兄様?イーサン?」
オリヴァーは、ビックリ顔のエレノアへとまっしぐらに駆け寄ると、その身体を優しく抱き締めた。
「ああっ、良かったエレノア!大丈夫だったんだね!?」
「いやだから、悲鳴上げたの聖女様……」という声を丸無視し、自分をギュウギュウ抱き締めるオリヴァーに、エレノアは引き攣り笑顔を浮かべながら声をかける。
「は、はい。オリヴァー兄様。……あの……用事の方は済んだのですか?」
「うん、取り敢えずはね」
そこで、エレノアの身体を放したオリヴァーはふと、エレノアが手にしている苺と、それに引っ付いているワーズに気が付き、スッと目を細めた。
「……ああ、虫ってソレか。安心しなさい。今すぐ僕が消し炭に……」
「いえ、オリヴァー様。聖女様とお嬢様、双方の御心を乱した大罪人……いえ、大罪虫です。ここは闇の牢獄に未来永劫封印するというのは……」
『き、貴様らー!!いと高き至高の存在である私を虫と言うなー!というか、勝手にこの領地に連れて来た挙句、エレノアの危機を救った大恩人たる私に対し、なんたる無礼!我が力にて返り討ちにしてやるぞ!?』
ゴゴゴ……と、黒い魔力を噴き上げるオリヴァーとイーサンに対し、ワーズがキャンキャンと噛み付く。
……が、さっさとエレノアの肩へと避難しているあたり、野生的本能がガチ勢のヤバさを敏感に感じ取っているようだ。
「ピィッ!!」
『のわっ!?』
「あっ!ワーズ!?」
そんなワーズに、オレンジ色の弾丸が直撃した。
ポーンと吹っ飛ばされたワーズの代わりに、エレノアの肩へと降り立ったのは、オレンジ色の弾丸……もとい、丸々とした小鳥だった。
「あっ!ぴぃちゃん!?」
「ピッ!」
オレンジ色の弾丸こと、ぴぃは、ふんすとまん丸ボディの胸を張る。が、今度は弾丸のように突っ込んできたミノムシことワーズの体当たりにより、ポーンと吹っ飛ばされてしまった。
「ピィッ!!」
吹っ飛ばされた先からブーメランのようにUターンして来たピィは、ちゃっかりエレノアの肩へと舞い戻ったワーズに「なにすんのよあんた!」とばかりに、再び体当たりした。
『あっ!こ、この毛玉ー!!いと高き至高の存在である私に対し、なんたる無礼!!』
「ピー!ピピピ!ピィッ!!」
『何ッ!?『そこは私のテリトリー!』だと!?黙れ、畜生めが!!ここは私の縄張りだ!』
「ピピィ!!」
『返答は『否』か!……よかろう。毛玉!覚悟は出来ているのだろうな!?』
どうやら交渉は決裂したらしい。
ミノムシと毛玉は互いに激しくどつき合う。本人(?)達は至って真剣に戦っているのだろうが、傍から見れば、小粒同士のじゃれ合いにしか見えない。
「和むな……」「ああ……」と、その場にいた者達が全員、思わずほっこりとしてしまう。
だがアリアはと言うと、未だに顔を強張らせ、エレノアから微妙に距離を取っている。
後にエレノアがアリアから聞いた話によれば、前の世界にいた頃から虫全般苦手だったそうなのだが、その中でも特に苦手だったのがミノムシなのだそうだ。
ちなみに、それを知った国王陛下や王弟達は、ワーズがアリアの目に留まらぬようにと、離宮のあちこちに大量の果物を置きまくり、王宮にワーズが近寄らないようにしていたとかなんとか……。
「……おい、オリヴァー。
皆が、そのファンシーな戦いっぷりにほっこりと注目している隙に、クライヴがさり気なく小さく呟く。するとオリヴァーは、口元に小さな笑みを浮かべながら頷いた。
「ああ。万事滞りなく……ね」
「……そうか」
「詳しい説明は、アシュル殿下とフィンレー殿下がこちらに来られた時にまとめて行うよ。……さて。奴らが利用出来そうな駒は一応排除したけど……。これからどう動くのかな?」
なんてことの無いように、サラリとそう口にするオリヴァーの瞳に、一瞬鋭い光が浮かんで消えた。
◇◇◇◇
「さて、エレノアお嬢様。丁度ご婚約者様方が一堂に介しておられるのです。デビュタントでお召しになる衣装の打ち合わせを致しましょう」
再びサロンに戻り、皆と共にお茶をしていた私に、イーサンがそう提案してくる。
ちなみに、私の肩や頭の上で戦っていたワーズとぴぃちゃんは、イーサンが「埒があきませんね」と、自身の魔力で作った檻に収監し、今現在日当たりのよい窓際に置かれている状態だ。
ワーズがまた喚いて抗議するかと思っていたが、一緒に檻の中に入れられた山盛りフルーツに夢中で齧り付いている。そのお陰で至って静かであるが、本当にブレない奴である。
……ってあれ?婚約者が一堂に……って、まだアシュル様やフィン様がいませんが?
「デビュタントは四日後だからね。彼らを待っていたら、間に合わないかもしれないだろう?」
そう極上の笑顔でオリヴァー兄様が言い切ったけど、あの二人、今日中にこっちに着くんだよね?後で大喧嘩にならないか不安だ。
「ねえ、イーサン。衣装って白いドレスなの?」
私の言葉に、イーサンが頷いた。ああ、やっぱりね。
私の記憶では、前世で実際行われているデビュタントも、漫画や小説の中のデビュタントも、ドレスコードは純白のドレスだった。この世界でもそうって事は、やっぱり白いドレスは、どの世界でも特別な意味を持っているんだろう。
「はい。まずは純白のドレスからスタートです」
……ん?純白のドレスからスタート?
「エレノア。デビュタントのドレスはね、白いドレスに婚約者や恋人達がセンスと財力をこれでもかとばかりに注ぎ込み、完成させるものなんだよ」
オリヴァー兄様のお言葉に、うんうんと頷きながら、アリアさんが追従する。
「そうそう。つまりは『どれぐらい私を美しく装わせられるかしら?』っていう、婚約者達や恋人達への一種の挑戦なのよ。だから女性達だけじゃなくて、男性達にとっても、デビュタントって一大イベントなの」
「う、うわぁ……!」
えっと……。それってようするに、どれだけ自分に尽くして金かけて着飾らせられるかで、相手の財力や愛の深さを測るって事ですか!?うぉおぃ!アルバ女子!どこまで貪欲で肉食なんだ!!
あ、ちなみにだけど、私の同級生のご令嬢方は、以前行われた王家主催の夜会で、既に社交デビュー済み。つまり、私だけデビューしていない、いわゆる「ぼっち」なんである。だから父様達、今回の夜会で私をデビューさせるつもりだったんだよね。
なのに、思いがけず帝国の横やりが入っちゃったから、めでたさが半減してしまったって、父様もイーサンも怒り心頭になっているんだそうだ。あ、勿論、兄様方やセドリック、そして殿下方もね。
――その後、聖女様やディーさんが、過去にあったデビュタントについてのあれこれを話してくれた。
それによると、ドレスにこれでもかとダイヤモンドを散りばめ、人間シャンデリアになったご令嬢や、海の白を、やはりこれでもかと縫い付けた結果、その重さでまともにダンスが踊れなくなったご令嬢方がいたのだそうだ。……う~ん……。真面目に半端ない。
ついでに言うと、人間シャンデリアになってしまったのは、レイラ・ノウマン元公爵令嬢で、海の白を縫い付け過ぎたご令嬢は、四大公爵家の一柱である、ヴァンドーム公爵家長男の婚約者だったんだそうだ。
ディーさんいわく、「王家直系へのアピール狙いもあったんだろうが、あれはねーわ!」だそうです。
そして、この話には続きがあって、海の白を縫い付けすぎたご令嬢、「恥をかかされた!」って大激怒して、なんとヴァンドーム公爵令息と婚約破棄してしまったんだそうだ。
しかもその件が尾を引いて、ヴァンドーム公爵令息は未だに婚約者がいらっしゃらないんだとか。……う~ん、流石はアルバ女子。なんとも苛烈である。
でもさ、恥をかかされたって言ったって、そもそもそのご令嬢が望んだからこそ、そんな伝説級のドレスが誕生したんだろうに。目論見が失敗したからって、婚約破棄するかな普通。
ヴァンドーム公爵令息、なんともお気の毒です。
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余談ですが、レイラ・ノウマンは誰よりも(物理的に)輝いていた為、ご満悦だったとの事です。
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