第345話 マテオのお見舞い

最凶エレノア廃二人が断罪劇を繰り広げていた丁度その頃。エレノアは婚約者達と未来の義母と共に、護衛騎士やら召使やらをゾロゾロと引き連れ、親友マテオのお見舞いへとやって来ていた。


マテオは本来であるのなら、四大公爵家の筆頭であるワイアット家の嫡男であるのだが、その身分はリアムの側近兼『影』である。

なので自室は王族の居室からほど近くに併設されている、使用人棟となっているのだ。

まあ、エレノア曰く「それでも前世で言えばスイートルーム!」位に豪華なものであるのだが。


「マテオー!来たよー!」


「ああ、エレノ……アッ!?」


ベッドの上でエレノアを出迎えたマテオは、続いてゾロゾロ入って来た己が主君やディラン、果ては聖女様にギョッとし、慌てて臣下の礼を取るべく、ベッドから下りようとした。


「リア……うわっ!」


だが、傍に控えていたヒューバードによって、再びベッドの中へと沈められてしまう。


「マテオ、無理しちゃダメだよ!あ、ヒューさん。マテオの看病ですか?お疲れ様です!ところでヒューさんのお怪我の方は大丈夫なのですか?」


「エルく……いえ、エレノア様。有難う御座います。私は聖女様のお陰でこの通り、どこも悪い所は御座いません。この度は我が愚弟のお見舞いに来て下さり、まことに有難う御座いました」


マテオを押さえつけながら、常の無表情を僅かに和らげ、ほんのり笑顔を浮かべるヒューバードに対し、エレノアは「良かったです」と、こちらも笑顔を返した。


そうして、エレノアがマテオのベッドに近付いたと同時にヒューバードは後方へと下がる。そんなヒューバードに、ディランは小声で話しかけた。


「……おい、ヒュー。お前なんでここにいるんだよ?」


「先程エル君が言っていたでしょう?マテオの看病です」


ジト目のディランの言葉に、ヒューバードはシレッと答える。だが、ディランを含めた他の面々は、更なるジト目でヒューバードを睨み付けた。


「変ですね、ヒューバード総帥。貴方確か、国王陛下やワイアット宰相様と打ち合わせしていた筈では?」


「ああ、やっていたぞ?ここで」


同じく小声で話しかけてきたクライヴに対しても、シレッと返事を返すヒューバードに、クライヴの口元が引き攣った。


「……あんた、確か看病してたって言っていたよな?」


「ここなら看病しながら会議も出来る。一石二鳥だ」


「病人の部屋で王族と打ち合わせしてんじゃねーよ!!」


口調が完璧に素に戻ったクライヴとヒューバードが小声で言葉の応酬を繰り広げている中、アリアが「エレノアちゃん、ちょっと先にごめんなさいね」と断りを入れた後、ベッド脇に設置された椅子に腰かけ、マテオの手を取った。


「……うん。魔力量も、魔力循環も元に戻っているわね。これなら明日から仕事に戻っていいわよ」


「有難う御座います、聖女様」


「気にしないで。マテオ君の不調は百パーセント、うちの馬鹿息子の所為なんだから。それに、貴方が身を挺して庇ってくれたおかげで、リアムは無事だったんだもの。流石はマテオ君よね!」


ニッコリ微笑まれ、マテオの顔が嬉しそうに紅潮する。


「マテオ、本当に有難う。……済まないな。俺を庇わなければ、お前は今頃ピンシャンしていただろうに……」


「いいえ、リアム殿下!殿下の麗しいご尊顔に傷の一つでもついたとあらば、まさしく世界的損失!まごう事無き悲劇!愛するお方が無事でさえあれば、私の手足の一つや二つや三つ、無くなろうが全くもって問題ありません!」


「……お、おう……」


更に顔を紅潮させ、うっとりとそう力説するマテオに対し、リアムは顔を引き攣らせながらも頷いた。そんな様子を、アリアは微笑ましそうに見つめる。


「ふふっ、頼もしいわね。マテオ君、これからもリアムを宜しくね?」


「はいっ!我が身命を賭して、リアム殿下にお仕え致します!」


マテオの宣言に笑顔で頷いた後、アリアはエレノアの方を振り返り「エレノアちゃん、もういいわよ」と、声をかけてから椅子から立ち上がった。


エレノアはそんなアリアにペコリとお辞儀をした後、持って来たバスケットを手にしたまま、ストンと椅子に腰を下ろす。


「マテオ、全快おめでとう!はい、これ!マテオがあんまり食欲ないって聞いたから、お見舞いに果物持って来たんだよ」


「あ、ありがとう……」


思わず素直にお礼を言ったマテオに対し、エレノアはニコニコと満面の笑みを浮かべた。

そんなエレノアに、マテオの耳が薄っすらと赤くなる。


「はい、あーん♡」


「……え?」


摘まんで差し出された果物を見た瞬間、マテオは青筋を立てながら、冷ややかな眼差しをエレノアへと向けた。


「……おい。お前、これは私に対する嫌がらせか?」


エレノアが差し出したもの。それはまるでルビーのように赤く、見るからに瑞々しい大ぶりな苺だったのだ。


王家ご用達の称号を得る程に美味で知られているその苺は、数多の貴族達が愛用している、バッシュ公爵領の名産品である。かくいう自分も好んでよく食べている。


だがいかんせん、その瑞々しさと柔らかさゆえに果汁が飛び散り易いという、最大の欠点があるのだ。そう、決して「あーん」していい代物などではない。


それゆえ、ケーキやジュース等の加工品として食すのが一般的な食べ方として定着している。生で食べるとしても、一口サイズに切り分けられているのが普通だ。

それを「さあ食べろ!」とばかりに自分の口元に持って来るなんて、嫌がらせと言わずしてなんと言おう。

というか、自分だって果汁が被弾するだろうに、何故周囲は止めようとしないのだ!?


……と、最もな理由で差し出された苺を拒むマテオであったが、彼が苺を拒否する理由がもう一つあった。


――……視線が痛い……。


にこやかに苺を自分に差し出すエレノアの背後には、無表情かつぶすくれた表情で自分を見つめる四対……いや、五対の瞳があったのだ。(一対は実兄である)


ジーーッと自分を凝視するその瞳には、ありありと「こいつ、なんて羨ましい!」という嫉妬の感情が浮かんでいた。


エレノアに気が付かれないように殺気は放っていないが、もしこの「はい、あーん♡」な状況を自分が甘受したとしたら、後でどんなとばっちりが降り掛かってくるか分からない。幸いなのは、例の『万年番狂い』が、何故かここにいない事だろう。


というか、あんたら見舞いに来てるんだよな!?労わりの精神はいずこに!?特にディラン殿下、あんたは羨ましがる資格ないから!分かってんのか!?


「あ、そっか!そうだよね。やっぱ友達よりも想い人だよね。リアム、私の代わりにマテオに苺食べさせてあげて」


「は!?え、ち、ちょっと待て!なんでそうなるんだ!?」


「お、おいエレノア!それは願ったり……じゃなくて!リアム殿下を果汁まみれにする訳には……」


「隙あり!!」


思わず開いた口に苺が突っ込まれ、思わず噛んでしまったマテオは、瞬時に果汁爆弾を覚悟した。


……が。


――シャクっ


「……んんっ!?」


苺とは思えない軽快な歯応えに、マテオは思わず目を丸くした。しかも味は確かに苺そのもの。


「ふっふっふ!どう?面白いでしょう?苺の“フリーズドライ”」


ドヤ顔で満面の笑みを浮かべるエレノアの言葉に、マテオは驚きをもって口内の苺(?)をシャクシャクと咀嚼した。


『これが……エレノアが『転生者』の知識でもって作った新商品……!』


まるでスナックのような食感。それでいて、苺の風味は全く損なわれていない。しかも咀嚼していくと、段々本来の苺の食感が戻ってくるのだ。


「エレノア……。もう一個くれるか?」


「うん!はい、あーん」


「ん」


大ぶりな苺を差し出され、それをシャクリと食べながら、マテオは頭の中で色々と考えを巡らせる。


この苺、非常に甘くて瑞々しいが、それゆえに柔らかくて破損が多い為、ロスが多いと聞いた事がある。高価なのも、完璧な状態での大量出荷が叶わないからだとも……。


だがその弱点が、これならば解決出来る。しかもこの見た目を裏切る食感。間違いなく、新しいもの好きな貴族や富裕層に受ける!というか、もし商品化したら自分も定期購入したい!


「エレノア、悪いがもう一個……ッッ!?」


直後、鋭い殺気を受け、背にゾクリと悪寒が走る。


流石にエレノアもその殺気に気が付き、同時に二人で振り返ると、ディラン、リアム、セドリックに加え、クライヴとヒューバードが、こちらをジト目で睨み付けていたのだった。


「……なんだよあれ、羨ましい!」


「本当だよね!僕だってやってもらった事ないのに!」


「俺だってやってもらった事ねーよ!なのにマテオ、何でお前がシレッとやってもらってんだよ!?ズルいぞ!」


「ディラン殿下、あんたねぇ……。昨日今日、婚約者になったばかりで、やってもらえる訳ないでしょうが!」


「おや、クライヴ。お前はやってもらった事があるからって余裕だな?」


「ヒューバード総帥、あんたやけに俺に突っかかるな!?」


「自分の胸に手を当ててみるがいい」


「え、えっと……。あの……?」


再び小声で罵り合いを始めたクライヴとヒューバードを他所に、嫉妬に塗れた恨み節を口々に喚かれ、オロオロとしているエレノアを、マテオはジト目で睨み付けた。


――……そうだった。そういえばエレノアの奴、正式に殿下方の婚約者になったんだったな。


なんの切っ掛けで「仮」が取れたのかは知らないが……。そうか。遂にこいつとリアム殿下が……。


「たかが苺一つでそんな狭量でいいんですか?婚約者の名が泣きますよ」


マテオはムカムカと苛立つ気持ちのまま、ポロリとそう口にして……自分の言った言葉に愕然とした。


え?あれ?そうじゃなくて、自分はエレノアに「せいぜい愛想尽かされないように精進するんだな」ぐらいの嫌味を言おうと……!


案の定、先程とは違った意味でジト目になった面々と、キョトンとしているエレノアに対し、マテオは自分自身の訳の分からない言動にパニック状態になりながら、ひたすら赤くなったり青くなったりを繰り返したのだった。



================



何気にアオハルなマテオ君の回でしたv

というか、エレノアとのやり取り、どこの熟年夫婦だ?という感じでしたね。(苺アーンのトコ)

前回のシリアスざまぁ展開が一転しております。あちらが猛吹雪なら、こちらは麗らかな小春日和といった所でしょうか。

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