第343話 夢なら早く覚めて【フローレンス視点】

見ればお母様も私同様、黒ローブの男達に取り押さえられ、悲鳴を上げていた。


「な、何をするのよ!?やめて!!」


「お母様!!な、何を……!?」


「やれやれ。君達母娘は本当に、残念でおめでたい頭をしているね。ゾラ男爵のとばっちり?むしろとばっちりを受けたのは、彼の方だというのに……。ねぇ?ゾラ男爵?」


オリヴァー様にそう言われ、私とお母様を見つめるあの人の目は……。諦めと、深い悲しみを湛えていた。


「何ですって!?私達が何をしたっていうの!?」


咄嗟にお母様が叫ぶ。そうよ!私達は何も悪い事をしていないのに!こんな事、あんまりだわ!!


「分からない?では僕が子供でも分かるように君達のした事を教えてあげよう。……まず、元ゾラ男爵夫人。貴方はこのバッシュ公爵家本邸の管理人の妻になった事により増長し、まるでこの本邸の女主人にでもなったかのように振る舞った。挙句、商会のご婦人方を使用人のように見下し、使役させた」


「――ッ!あ、あれは、貴族として立場の違いを理解させてあげようと……!」


「更に、バッシュ公爵家家門の貴族夫人達に、我が母であり、バッシュ公爵夫人であるマリアの悪評を流布させようとした。この時点で、職権乱用と侮辱罪が適用される」


「そ……それは……!あ、あれは……話のあやで……!マリア様を侮辱するつもりなんて無かったんです!!」


「おや、そうなのかい?その割にはお茶会の度、母の不在やエレノアの態度についての批判を繰り返していたと、ご婦人方から陳情が上がっていたのだけれど……。ねえ、イーサン?」


「はい。既にご婦人方からの聞き取りは終わっております。ああ、当然ですが、当家の使用人達からの聞き取りも済ませております」


「そ、そんな……!!」


お母様が絶望した表情を浮かべ、絶句した後、私の父だったあの人に向け、引き攣った笑顔を浮かべながら縋るように叫んだ。


「エルモア!お願い、私を助けて!!私達ずっと支え合って生きて来たじゃない!貴方がここまでのし上がれたのも、私のおかげなのよ!?……ねえ、私の事……まだ愛しているわよね?お願い、エルモア……!!」


必死の形相で、取り縋る様に叫び続ける母に、だがあの人は憐憫の眼差しを向けるのみだった。


「何故なにも言ってくれないの!?ねえ、エルモア!?男だったら、愛する私を助けなさいよ!!この意気地なし!!だから貴方は駄目なのよ!!」


必死の形相で、罵り叫ぶお母様。そんなお母様のどんな言葉にも、あの人は一貫して無言を貫いている。

そんな態度を見ていたお母様の顔が、段々と絶望の色に染まっていく。


「……そして娘のフローレンス・ゾラ」


――え!?わ、私……!?


「己の地位を高める為、よりにもよってバッシュ公爵家直系の姫であるエレノアの悪評を領内に広めた。そしてバッシュ公爵家本邸に入るや、主家の姫の寝所を強請り、騎士達や召使達を誑かして、エレノアへの不信と叛意を増長させた。この時点で、君の母親と同じく職権乱用と侮辱罪が適用される」


「そ、そんな事……!!わ、私は日々、バッシュ公爵領の発展に貢献しようと……!それに実際、お嬢様は公爵令嬢とはとても思えな……」


その瞬間、頬にチリッと鋭い痛みが走り、ハラリと髪が一房、足元に落ちた。


「ヒッ!……あ……ああっ!?」


何が起こったのか理解出来なかった……けれど、頬にじくじくとした痛みが広がっていく。その痛みが、オリヴァー様に攻撃された事実を私に突き付けて、湧き上がる恐怖に、声にならない悲鳴が喉を突く。


「公爵令嬢とはとても……なんだって?君の方こそ、僕の言葉を遮り発言するなど、不敬の極みだ。ああ、そうか。君は平民に威張り散らすのが正しい貴族の有様だと信じている、愚かで無能な貴族もどきのご令嬢だったっけ。そんな空っぽの頭では、エレノアの素晴らしさや価値など、まともに理解出来る筈もないね」


淡々とそう語るオリヴァー様は微笑を浮かべ、口調も穏やかそのもの。……けれど、深紅に染まったその瞳には、私に対する明確な殺意が込められていた。


「ヒ……ッ……」


「さて、続きを話そうか。エレノアがこの本邸に到着した時、君は自分が誑し込んだ騎士達にエレノアを襲わせようとした。これはれっきとした、殺人教唆にあたる。しかも、平民が貴族令嬢を害そうとしたのだからね。いくら君が「愛し守るべき」女性であったとしても、極刑に準ずる大罪にあたる」


「そ、そんな事しようなんて……思っていませんでした!!」


そうよ!あれは騎士団長達が勝手にやったのよ!私がお願いした訳でもなんでもないわ!!むしろ私は被害者よ!!


「そ、それに平民が貴族をなんて……!わ、私だって貴族で……」


「もう、貴族ではないだろう?ゾラ男爵はまだ爵位の返上をしていないから、貴族のままだけど、君や母親はたった今、ゾラ男爵と離縁した事により平民になった」


「あ……」


そうだ……。お母様とお父様はさっき……。


「まあ、平民になったとはいえ、君がゾラ男爵と本当の親子であったのなら、血の繋がりにより、ひょっとして君だけは貴族籍のまま、罪も軽減したかもしれないね」


「……え……?」


「そして、ゾラ男爵は君達の監督不行き届きとエレノアへの不敬を行ったとはいえ、君達のように大罪を犯した訳ではない。なのに彼は、君達の罪を自分が背負うと宣言した」


思わず、お父様だった人に視線を向けてみれば、彼は目を固く瞑り、苦渋の表情を浮かべながら俯いていた。


「身内である女性が罪を犯した場合、夫ないし父親がその罪を負い、情状酌量を請う事は、よくある事だ。ましてや被害者であるエレノアや、僕達の母上であるバッシュ公爵夫人を直接傷付けた訳ではないのだから、本来であるなら君も母親も、平民堕ちの上、領地追放程度で済んだんだ。……だが、ゾラ男爵と君達は、もう赤の他人……」


お母様を見れば、真っ青な顔で震えている。……私も……身体の震えが止まらない。


「そういう訳で、君達の罪は、君たち自身で償わなくてはならならなくなった。ああ、心配しなくても死罪にはならないから安心して欲しい。……でも君達親子は、罪を償わせてバッシュ公爵領から追放したとしても、どこかで必ず僕のエレノアを貶めようとするんだろうね。……そうだな。バトゥーラ修道院で、恩赦なしの生涯奉仕活動……が妥当といった所かな?」


酷薄な笑みを浮かべ、楽しそうにそう語るオリヴァー様の私達を見る眼差しは、まるで汚物を見るような蔑みに満ちていた。


バトゥーラ修道院?聞いた事があるわ。確か、重罪を犯した女性が収監される、最果ての地にある最も厳しい修道院だと。

そして入ったが最後、死ぬまで出る事が出来ない、実質的な牢獄……って……。そ、そんな所に私は入れられるというの!?


「ひとまず、この二人は地下牢に収監しろ。沙汰は公爵様が執り行われるだろう。当然だがこの状況下だ。監視は厳重に執り行うように。……連れて行け」


オリヴァー様の言葉に従い、黒ローブの男達が、私とお母様を連れて歩き出す。縋るように視線を向けたオリヴァー様の顔には、何の感情も浮かんではいなかった。

ああ……どうして?貴方は私を見初めて下さったのではないの……!?


いや……いやよ!何でこんな事に!?今迄ずっと上手くいっていたのに!……何故!?……エレノア……。そうよ!あの女がこうなるように仕組んだんだわ!!


自分は姿を見せずに、オリヴァー様を使って無実の私とお母様を陥れるなんて……!なんて姑息で卑怯な女なの!!


抗おうにも、拘束する男達の力は圧倒的で、私は部屋から引きずるように連れ出されてしまった。


ああ、嫌……!……誰か……誰か助けて!こんな悪夢……覚めるのなら早く覚めて……。お願い……!



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どこまでもおめでたい養殖娘に、オリヴァー兄様の万年番狂い砲が炸裂です。

というか、色々と黒い……!黒いぞ兄様(と、イーサン)

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