第342話 これは現実なの?【フローレンス視点】
「さて、フローレンス嬢。君がここに来た事の意味。分かっているね?」
オリヴァー様のお言葉に、私は大きく頷いた。そしてエレノアお嬢様が何故この部屋にいらっしゃらないのかも。
「は、はいっ!オリヴァー様!私、不束者では御座いますが、オリヴァー様の御為に、私の全力をもって、エレノアお嬢様を正しい貴族令嬢へと導いてまいります!」
ピクリ……と、オリヴァー様の眉が上がり、その美しい瞳がまじまじと私を見つめる。
――ほらね、図星だったわ。
きっとこのお方は、イーサン様から私の素晴らしさについてお聞きになられてたのだわ。そして実際、その目でご覧になって納得された……。
ふふっ。それにしてもオリヴァー様。そんなにも私の事を見つめられて……。きっと私があの子と違って聡明で美しいから、思わず見惚れてしまわれているのね。
でもオリヴァー様は、このバッシュ公爵領を統べる主家の姫である、エレノアお嬢様の筆頭婚約者。愛してしまった私を伴侶にと望まれたとしても、お立場がそれを許さない。
だからこそ、エレノアお嬢様ではなく、オリヴァー様がこちらにいらっしゃったのね。私をエレノアお嬢様の元に置くという話をされる為に。
貴族としての振る舞いが拙いお嬢様を補佐する……という名目があれば、たとえそれをエレノアお嬢様が拒絶しようとも、どうとでもなるだろう。
ましてやこのお方は、社交界において『貴族の中の貴族』と謳われる、クロス伯爵家の嫡男であり、次期バッシュ公爵家当主。
いくらバッシュ公爵家直系の姫だとしても、あんな小娘が泣こうが喚こうが、きっと何とかして下さるに違いない。
そんな事を心の中で思いながら、焦がれる想いを込め、うっとりと見つめていたオリヴァー様の瞳。
「オリ……ヒッ!?」
思わず悲鳴が喉を突く。
何故なら、オリヴァー様の黒曜石の様な瞳が、徐々に紅く……まるで血の様に真っ赤な色に染まっていったからだ。
更に、先程まで浮かべていた穏やかな微笑は、嘲るような酷薄なものへと変わり、ビリビリと痺れる様な鋭い魔力の波動までもが私に襲い掛かって来たのだ。
「……ふ……。許されてもいないのに、上位貴族である僕の名を平気で呼ぶような者が、エレノアを「正しく導く」……ねぇ?それにしても謝罪も反省もなく、ここまで愚かな発言をするとは。話には聞いていたが、これ程までとは思わなかったな」
氷の刃のような鋭い声と言葉。先程まで、夢の中の王子様のようだったオリヴァー様のあまりの豹変に、カタカタと身体が震え出す。
どうしてなの!?このお方は私を望み、愛して下さっている筈じゃ……!?
そ、そうだわ、イーサン様!私を想って下さっているイーサン様なら、私をこの状況から救って下さる筈……!
私は思わず救いを求めるように、オリヴァー様の後方にいらっしゃるイーサン様の方へと、ぎこちなく視線を向けた。
「――ッ!?」
だが、イーサン様が私を見る眼差しは、オリヴァー様よりも恐ろしい……。寧ろ、明らかに殺意がこもったものだったのだ。
「フローレンス!!」
「お……とうさま……?」
私の名を叫ぶように呼んだお父様は、まるで絶望そのものといったような表情を浮かべながら、私を凝視していた。お母様は狼狽えた様子で、お父様と私を交互に見つめている。
するとお父様は何かに耐えるように、ギュッと目を瞑り俯いて……顔を上げると、オリヴァー様の元へと歩いていく。
きっと私を助けようとしてくれているのね。お父様、恐いわ。早く、早く何とかして!
「オリヴァー・クロス様。そしてイーサン様」
けれど、お父様はオリヴァー様の目の前に立つなり、右手を左胸に添え、片膝を床に付けて恭しく頭を垂れた。
「申し訳ございません!娘の不敬は全て、元を正せば私の咎!我が身命を賭し、心よりのお詫びを捧げさせて頂きます!!」
え?何でお父様が謝罪されているの!?だって、エレノアお嬢様は今ここにいらっしゃらないじゃない。
ほぼ土下座に近い形で謝罪するお父様に、冷ややかな眼差しを向けながらイーサン様が口を開く。
「それで?バッシュ公爵様の慈悲はとうに尽きています。貴方の謝罪ごときに何の価値があるというのですか?」
「……その通りで御座います。私は頂いたご温情をことごとく踏みにじり、エレノアお嬢様を愚弄した大罪人。そのような者の謝罪など、
……え?ご温情?エレノアお嬢様を愚弄?お父様は一体、何を仰っているの?
項垂れたままのお父様を、冷ややかな眼差しはそのままに、イーサン様は暫しの間見つめられた後、再度口を開いた。
「では、貴方の真の決意。オリヴァー様に申し上げなさい」
「は。……オリヴァー・クロス様。私と私の家族は、国王陛下とバッシュ公爵様がお与え下さった爵位に値しないどころか、泥を塗るような行為を致しました。それもこれも、全ての咎は私にあります。……つきましては、我が男爵位と集積市場の統括の地位を返上し、商会の権利も公爵様にお渡しした後、平民に戻らせて頂きます」
え?お……とうさま?本当に、何を……仰っているの?男爵位を……返上?平民に……戻る?
「あなた!何を仰るのです!?」
直後、悲鳴のようなお母様の声が上がる。それでもお父様は傅いたままの姿勢を崩そうとしない。
「勿論、ただ平民に戻れば済むという話でない事は、重々承知しております。私達家族が行ってしまった罪には相応の贖罪を……。たとえ犯罪奴隷となっても受け入れ、家族揃って罪を償っていくつもりです」
犯罪……奴隷……?罪を償っていくって……なんで?私は何もしていない。お母様だって……。
……ひょっとして、お父様なの?お父様が何か大きな過ちを犯したというの!?だから私達は平民になってしまうの?優しかったオリヴァー様が豹変されたのも、それが原因……?そんな……そんな事って……。
「そ、そんな……!!嫌です!やっと貴族になれたというのに!何故それを返上し、私やフローレンスまでもが罪を償わなくてはならないのですか!?」
いつも、穏やかな微笑を浮かべていたお母様が、必死の形相で声を張り上げている。こんなお母様、今迄見た事がない。
「マディナ……」
「嫌よ!償うというのなら、あなた一人がそうすればいい!!貴方の失態に私とフローレンスを巻き込まないで!!……そうよ!貴方とは離縁致します!フローレンスも、元々は貴方の子供ではないの!これから、あなたと私達は他人よ!二度と私達に近付かないで!!」
「お母様!?」
……離縁って……。え?私、お父様の子供じゃないの?
「そうよ、フローレンス!貴方はこの人の子供ではないの。だから私も貴方も、この人のとばっちりに巻き込まれなくてもいいのよ!」
「……そうか。それが君の本当の気持ちか……」
まるで自嘲するように、ほろ苦く笑ったお父様に対し、お母様は侮蔑に満ちた眼差しを向けた。その瞳には一欠けらの情すら感じ取れない。
「ええ、そうよ!貴方みたいな見込み違いの男、もういらないわ!いざとなれば私達を受け入れてくれる殿方なんて、いくらだっているもの!」
お父様が……いえ、あの人が自分だけで罪を償えば、血の繋がっていない私は無関係……。そうよ。私もお母様も被害者なのだから、きっと周りも同情してくれるし、オリヴァー様だって、きっと……。
「委細、相分かった。では、バッシュ公爵家当主代行として、このオリヴァー・クロスがエルモア・ゾラ並びにマディナ・ゾラの離縁をここに認める。……イーサン。この女とその娘を、罪人として捕縛しろ」
「はっ!」
――え!?
その瞬間、音もなく私の両脇に立った黒いローブの男達が、私の両手を後ろ手にして拘束した。
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どこまでも続く養殖娘の自己肯定感が、遂に『万年番狂い』を顕現させてしまいました|д゜)
そして明かされた養殖親子の真実です。
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