第341話 頭くらい、いくらだって下げるわ【フローレンス視点】

こうして白熱した戦い(?)が終わり、私はクライヴ兄様とウィルの合作で作った苺のフリーズドライを山盛り持って、マテオの部屋にお見舞いに向かう事となった。


クライヴ兄様とウィル、昨日よりも手早く確実に仕上げていってます。流石は学習能力抜群のアルバ男達ですね!


オリヴァー兄様達はというと、「これが例の……!」と、製造過程をアリアさんと一緒に興味津々で見学していました。


ちなみにこのフリーズドライ。試食した際に一番気に入っていたのは、アリアさんとミアさんでした。うん、女子はこういうの大好きだもんね!


あっ!クライヴ兄様とディーさん。「美味いなこれ」「スナック感覚で食べられるのがいいんですよ。手も汚れないし」なんて言いながら、サクサク食べ続けてるよ。

止めて下さい!マテオへのお見舞いなのに、このままだと部屋に行く前になくなっちゃうでしょうが!


「ってか、マテオの見舞いだったら、俺とエレノアだけで行った方がいいと思うんだが……」


リアムの呟きに、すぐさまセドリックが食いついた。


「なに言ってんのリアム。帝国の間者がどこに潜り込んでいるのか分からない今、君だけがエレノアに付くなんて有り得ないだろう?」


セドリックの言葉に、クライヴ兄様が「その通り」とばかりに頷く。


「セドリックの言う通りだ。少なくとも俺達数人は、常に一緒に行動すべきだろうな」


「そーだぞリアム。あ、そーだ!だったらお前だけマテオの見舞いに行けよ。その方があいつも喜ぶって!」


「ディラン兄上は黙ってて下さい!!」


リアム、ひとしきりディーさんにブチ切れた後、ぶすくれながらも「仕方がない。皆でいくか」と、渋々納得していた。


た、確かにマテオだったら、リアムだけの方が涙を流して喜びそうだよね。


だけど、私もマテオの親友の端くれ。友として、今度は私が弱っている彼を見舞い、勇気づけてあげたいのだ。


「オリヴァー様。そろそろ……」


そんな中、イーサンがオリヴァー兄様に声をかける。……ん?そろそろ?


「うん、分かったよイーサン。それじゃあクライヴ、セドリック。そして殿下方。エレノアを宜しくお願い致します」


「えっ!?オリヴァー兄様は一緒に行かれないのですか!?」


「うん。僕は別の用事があってね。……ってかエレノア。それに他の皆も。その目は何なのかな?」


ジト目のオリヴァー兄様の言う通り、私やアリアさんを含め、全員目が点になってます。


でもそれって仕方が無いと思うんだ。あのオリヴァー兄様が私の傍から離れるなんて……。一体どんな重要な用事なんだと思っちゃうのは当然だと思うんですよ。


「オリヴァー兄様……」


思わず不安な顔で見上げた私に、オリヴァー兄様は安心させるように優しく微笑んだ。


「大丈夫だよエレノア。別に危険な事は何もないから」


「……はい」


「じゃあまた後でね」


そう言うと、オリヴァー兄様は私の唇に軽くキスを落し、イーサンと共にサロンを後にしたのだった。





◇◇◇◇





「流石はお父様ですわ。まさかこんなに早くバッシュ公爵家に戻れるなんて」


「……」


ガラガラと整備された道を進む馬車の中、満面の笑みを浮かべながらお父様にお声がけするも、お父様は厳しい表情を浮かべたまま、私の方へと顔を向けた。


「いいか、フローレンス。まずは誠心誠意、お嬢様へお詫び申し上げるんだ。分かっているな?」


「ええ。分かっておりますわ」


――あの小娘に頭を下げなければいけないのは業腹だけど、バッシュ公爵家に戻る為なら、頭くらいいくらだって下げるわよ。


だって、お屋敷の使用人も騎士達も……。殆ど私の味方だもの。お屋敷に戻れさえすれば、あの女の天下なんて、あっという間に消え失せてしまうわ。


あのエレノアお嬢様。いくらバッシュ公爵家直系の姫だからって、貴族の心得も容姿も私に比べてはるかに劣っていた。


なのに、この領土を統べるバッシュ公爵家直系の姫だというだけで、あんなにも美しい婚約者を侍らせ、皆に傅かれているなんて……。有り得ないわ。


しかも、あんな無礼を働いた獣人の子供をこれ見よがしに庇って私を叱りつけ、恥をかかせた。

挙句、バッシュ公爵様の威光を使って無理矢理私達を追い出したのよ。信じられない!


あのこれ見よがしなゴマすりで、馬鹿で無知な平民は騙せたでしょうけど、私を慕ってくれていた人達は皆、あの子の横暴に怒っている筈よ。

家令のイーサン様だって、主家の姫の命令に逆らえなかったから、あえて私に厳しい態度を取られたに違いないわ。


だってそうでしょう?


いくらイーサン様に目をかけられているお父様が、私達への不当な仕打ちを訴えに行ったとしても、昨日の今日で、こうしてバッシュ公爵家に戻れるなんて、普通は有り得ないもの。最低でも、あの忌々しい子が王都へ戻ってからになると覚悟していたわ。


ひょっとしたら、私とお母様がお屋敷に戻る事で、娘を溺愛されているバッシュ公爵様が横やりを入れてくるかもしれないけど……。

実質、バッシュ公爵家本邸を取り仕切っておられるのはイーサン様だもの。聞いた話によれば、バッシュ公爵様もイーサン様には頭が上がらないらしいから、エレノアお嬢様がバッシュ公爵様に泣きついたとしても、イーサン様がきっと何とかしてくださる筈よ。


そんな事を考えていた私の顔を、お父様はジッと厳しい表情のまま見つめている。まるで私の心を透かし見るようなその眼差しに、思わず戸惑ってしまった。


「お父様?」


「……そうだと良いが……」


その言葉を最後に、お父様は黙り込んでしまった。お母様もそんなお父様の態度に、戸惑いを隠せない様子だ。


――お父様ったら、一体どうしてしまったのかしら?


いつもいつも、私やお母様には蕩ける様な笑顔しか向けてこなかったのに。昨日からはまるで別人のように厳しい表情しか浮かべていない。


多分だけどお父様、私の事で、エレノアお嬢様に厳しい態度や言葉で責められたんだろう。だから私やお母様が、エレノアお嬢様に辛く当たられる事を気に病んで、このような態度を取っておられるに違いない。



そうこうしている内に、バッシュ公爵家本邸に馬車が到着した。


馬車の窓から、ふと玄関に目をやる。


……あら?召使の出迎えが少ないわね。たった二人だけ?イーサン様もいらっしゃらないわ。どうしたのかしら?


御者がタラップを用意し、まずはお父様が馬車から下りると、お母様の手を取って馬車から下ろす。

私には出迎えている召使がエスコートをしてくれる筈……え?微動だにせず突っ立っているだけ?こちらを見ようともしない。一体どういう事なの!?


「フローレンス」


お父様が手を差し伸べてくれる。


その手を取り、馬車から下りるも、やはり出迎えの召使い達は私を……いいえ、私達・・・を一切見ようとしない。


「ゾラ男爵様と奥方様。そしてゾラ男爵令嬢様。ようこそおいで下さいました。ご案内致しますので、どうぞお屋敷の中へ……」


――え?ゾラ男爵令嬢・・・・・・……?


恭しく頭を下げるこの召使いは、私と何度も会話を重ねた顔見知り。彼は私の事を「フローレンス様」と呼んでいた筈なのに、何故そんなに他人行儀なの?


『……きっとあの女の仕業ね。今に見ていなさい』


ギリ……と奥歯を噛み締めながら、私は父母と共に応接室へと案内された。


「イーサン様。ゾラ男爵様とそのご家族様方がお見えで御座います」


案内役の召使いが声をかけた後、応接室のドアが開かれ、私達は室内へと足を踏み入れた。


「待っていましたよ。エルモア」


冷ややかな口調。一分の隙も無い完璧な佇まいでもって私達を出迎えたイーサン様が、冷徹な表情でもって私達を一瞥する。


「イーサン様。私共が再びこちらに伺う事をお許し下さりまして、誠に有難う御座いました」


父が深々と頭を下げるのに続き、母と私も最上級のカーテシーで挨拶をした。……でも待って。なんで肝心のエレノアお嬢様がここにいないの?


「やあ、ゾラ男爵。またお会いしたね」


突然かけられた柔らかい美声。

え?気配がしなかった。イーサン様以外の方が応接室に……?一体誰なの?


顔を上げると、明らかに高位貴族であろう青年が、窓辺からゆっくりとこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


「――ッ!?」


その青年を見た瞬間、ドクン……と、胸が激しく高鳴った。


差し込む光を受け、鋼のように光る艶やかな黒髪。黒曜石のような瞳。全てのパーツが、まるで女神様によって造られたかのごとくに完璧な……。

まさに絶世とも言うべき、麗しい美貌を持ったその青年は、形の良い唇をうっすらと笑ませた。


「君がフローレンス・ゾラ男爵令嬢……か。初めまして。エレノアの筆頭婚約者のオリヴァー・クロスです。君には一度、お会いしたいと思っていましたよ」


「オ……オリヴァー……様……?」


なんて……なんて美しいお方なのかしら……!クライヴ様もお美しいけど、この方はそれ以上だわ!!


微笑む目の前の青年に優しく見つめられ、全身に甘い熱が駆け巡るのを感じる。


――……エレノアお嬢様の筆頭婚約者?


ううん、違うわ。こんなにも素晴らしく美しい方が、あんな冴えない子のものだなんて。そんな事有り得る訳がない。

そうよ。この人はきっと、私の運命のお方なのよ。だから私の名をご存じだったのだわ。


そのあまりの美しさに呆然としていた私は、だからこそ気が付かなかった。

オリヴァー様の黒曜石のような瞳。それが冷たい光を宿し、私を見つめていた事を。




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エレノア達のほのぼのしたやり取りの後は、お待ちかね(?)の養殖娘の登場です。

自己肯定感が半端ないアルバ女らしく、相変わらず痛い勘違い全開です。

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