第339話 戦いのゴング
エレノアの決意表明が終わり、更にイーサンが告げた衝撃的な報告に、その場の全員で頭を抱えたり、盛大に溜息をついたりした後、遅ればせながら朝食を取る事となった。
が、なんとそこでディランが「エレノアを膝に座らせ食事をしたい」などと口にしてしまったのである。
当然というかその瞬間、オリヴァーとの間に雷鳴……もとい、「カーン」と、戦いのゴングが高らかに鳴り響いた。
「はぁ!?エレノアを膝抱っこして朝食を食べさせたい!?……馬鹿馬鹿しい。当然、却下です!!」
「何でだよ!?普通こういった場合、祝いの意味でも俺達に膝抱っこの権利を譲るべきだろ!?」
「は!?何で僕らが祝わなくてはならないんですか!!いくら「仮」が取れたからと言って、調子に乗らないで下さい!」
「婚約者は婚約者だろうが!」
「フッ……。同じ婚約者だからといって、なんでも対等になれると思うとは……まさに浅慮の極み。いいですか、貴方がたは今やっと、婚約者としてのスタートラインに立ったばかりなのです。例えるならば、僕らと貴方がたとの差は、山の
「ちょっと待てー!!俺達まだスタートラインなのかよ!?ってか、そこまで差があるなんてマジか!?」
「真面目にその通りです!という訳で、膝抱っこをしたくば、あと四年ほど修行してから出直して下さい!」
「修行期間、長すぎ!!」
「あ、あの~。オリヴァー兄様、ディーさん……」
『一体なんの修行なんだろう?』と、心の中で首を傾げながら、エレノアはギャーギャーと真剣に喚き合っている二人を、オロオロしながら見つめているしかない。
「……というよりディラン。そもそもあんた、婚約した事をまだ大っぴらに出来ないのよ?いくら婚約者になったからって、公然といちゃつける訳ないでしょう?」
アリアに呆れ顔で言い放たれた言葉に、ディランが「あ……」と目を丸くし、ついでにオリヴァーも「そういえば……」と小さく呟く。
リアムも呆然とするディランに対し、「ディラン兄上って、本当に……」と呟きながら、呆れたような眼差しを向けていた。
「う~ん……。ディラン殿下は通常仕様だが、オリヴァーの奴の壊れっぷりが凄まじいな」
「ええ。よっぽどフィンレー殿下がこちらに来られる事がショックだったんでしょうね」
クライヴとセドリックのやり取りに対して聞こえないふりをしつつ、オリヴァーはエレノアを抱き上げ、「はい、エレノアはここ」と、そのまま自分の横の席に座らせた。
そしてエレノアを間に挟むように、クライヴが着席し、その横にセドリックが座る。
対してロイヤルズ側は、エレノア達の向かい側に、アリアを中心にして着席した。……まあようするに、いつもの席順である。
「皆様、着座なさいましたので、お料理を順次運ばせて頂きます」
そうイーサンが告げた通り、ダイニングに次々と料理が運ばれて来る。
スープ各種、採れたて新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダ、各種焼きたてパンに、それを使ったフレンチトーストや、産みたて卵を使ったふわふわオムレツ。肉厚ベーコンを使ったベーコンエッグ、そして生クリームとフルーツがたっぷり乗ったスフレパンケーキ……等々。
エレノア達は、バッシュ公爵領で採れた新鮮な食材を存分に使った料理の数々に舌鼓をうちながら、和気あいあいと食事を進めていく。
ちなみにエレノアはというと、真っ先に生クリームとフルーツがたっぷりとかかったパンケーキを、もっきゅもっきゅと、一心不乱に頬張っていた。
――昨日は魔獣の襲撃以降、まともに食事を取っていなかったのだ。相当お腹が空いていたのだろう。
皆、心の中でそう思いながら、リスのようにパンケーキを口一杯に頬張っている、淑女としてはギリアウトなエレノアを微笑まし気に見つめながら、それぞれが自分の気に入った料理を次々と食べ進めていく。
「昨日も思ったんだけど……。バッシュ公爵領の食材は、採れたてだとこんなにも味が違うものなんだね」
自らも料理を作るセドリックは、料理長自らが腕を振るった料理の一つ一つを感嘆と共に味わう。ちなみに彼は、オムレツをとても気に入ったようである。
「そうだな!このベーコンも肉厚でジューシーなのに、全く脂がくどくねぇし、卵の味も濃厚で美味い!流石はアルバ王国が誇る一大穀物産地だよな!まあ、シェフの腕も良いんだろうがな」
「本当だな!俺、こんなに濃厚で美味いフルーツジュース飲んだの初めてだ!パンも小麦本来の味がして、しかもほんのり甘いし。このブリオッシュなんか、バターと蜂蜜付けただけで、いくらでも食べられそうだ!」
王族たちの手放しの賛辞に、緊張の面持ちで見守っていたシェフ達……特に料理長のレスターが、ホッとした表情を浮かべた。
「うん、そうなの!うちの領地は、食事も美味しいし、料理人や使用人の皆も、騎士達も領民達も、凄く優しいし優秀なんだよ!」
「エ、エレノアお嬢様……!!」
パンケーキを食べる手を止める事無く、満面の笑みを浮かべているエレノアの手放しの賛辞に、その場にいた料理人達の誰もが、先程王族に褒められた時よりも更に嬉しそうな笑顔を浮かべる。その表情はまさに、喜色満面と呼ぶに相応しいものであった。
そしてそれは、その場にいた召使達も同様で、小さな最愛の主人に言われた至上とも言うべき言葉に、誇らしさと喜びを隠しきれない様子だった。
特にこの屋敷にいる者達は、エレノアが昨日、魔獣の大群に襲われた事による心労で、一晩伏せっていた事を知っている。
(というか、本当は帝国によるアレコレによって錯乱状態になったのだが、その事実は一部の者以外には秘匿されているので、心労で伏せっていた事になっている)
そのような状況下でありながら、こうして健気にも使用人達に対する温かな気遣いを忘れないエレノアに対し、この場の使用人達の敬愛と忠誠心は天井知らずとも言える程に高まっていた。その勢いは今まさに、大気圏を突破せんとする程である。
しかも……。
「ええ、本当に美味しいわ。こんな素敵なお料理を頂けるなんて、女神様に感謝だわね」
そう言って、ふんわりと優しく微笑む、黒髪黒目の麗しき女神の御使い。聖女様のお姿までをも拝み奉る事が出来るのだ。
しかもこちらの聖女様は、当代王家直系方の『公妃』である。つまりは国母。
一生かかってもお会い出来る筈もない、至高とも言うべき女性だ。そのような方と、従僕風情である自分達がまさか、このように相まみえる事となろうとは……。
多分だが、自分達のご先祖様ってば、生前かなりの徳を積んでいたに違いない。ご先祖様、子孫は今、本当に幸せです。有難う御座いました。
『なんだろう。ここ……天国かな?』
『全ての幸運を使い切って、「明日、お前は死ぬ」と言われても、「そうなんだー」って、物凄く納得できるかも……』
『納得できても死にたくはないけどな』
『ああ。今死んだら勿体ないし。それに死ぬ時は、エレノアお嬢様の盾となって死にたい!』
『その通り!我らが永遠の忠誠は、バッシュ公爵家にある!』
『『『『『『我々の身命は、エレノアお嬢様の為に!』』』』』』
……などと、勝手に命を捧げられている事など露知らず、エレノアは両隣に座っているオリヴァーやクライヴに、追加の料理を取ってもらったり、口をナプキンで拭いてもらったりと、至れり尽くせりされながら朝食を楽しみ続けていたのだった。
もしもだが、その言葉を実際に聞いていたとしたら「アルバ男って本当にー!!」と叫んでいたに違いない。
ちなみにウィルを含めた王都邸の使用人達は、本邸の使用人達が自分達と同じ高みに昇った事を悟り、温かい眼差しを浮かべながら、深く頷いていた。
そして、食後のデザートと紅茶が振舞われた時の事。
「……ところでエレノアちゃん」
ティーカップをソーサーに置き、真剣な表情を浮かべながら話しかけてきたアリアに、苺をたっぷり使用したフルーツロールケーキをうまうまと食べていたエレノアが「はい?」と顔を上げた。
「昨日、私が頂いたキノコのリゾット……いえ、おじや?なのだけど。……ひょっとして……『アレ』が入っていなかったかしら?」
その瞬間。エレノアとアリアの間に、新たなる戦いのゴングが「カーン」と鳴り響いた。
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バッシュ公爵家としての高み=エレノア菌キャリア。
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