第338話 普通、逆じゃないですか!?
「エレノアお嬢様。ディラン殿下、リアム殿下。このイーサン、バッシュ公爵家当主であるアイザック様に代わり、正式にご婚約が結ばれました事、心よりお喜び申し上げます」
場の空気を変えるかのように、イーサンがエレノア達に声をかけた後、恭しく頭を垂れる。
それを受け、エレノアは恥ずかしそうに俯き、ディランとリアムは満足そうに頷いた。
「おう!これから宜しくな!」
「祝意、感謝する」
「あ、有難う。…あのねイーサン。これからも父様や私と……このバッシュ公爵領を一緒に支えていってね」
「――ッ!!勿論で御座います!!このイーサン、エレノアお嬢様が誰よりも幸せにおなりあそばす為なら、髪の毛の一本、血の一滴に至る迄、エレノアお嬢様の御為に使い尽くす所存!!」
「イ……イーサン……」
――愛が……愛が重すぎる!!
感涙に咽びながら意気込むイーサンの目のぎらつきが……ヤバイ。うん、マジだこの人。
そして、兄様方やセドリック、ディーさんとリアムが、「その心意気やよし!」とばかりに深く頷いている。あ!ウィルもめっちゃ頷いてるよ。
……うん、分かってる。分かってるんだよ。これがアルバ男なんだって。そしてアルバ女も、これを普通に受け止めるんだって。
でも私、そんな血生臭い決意はいらないんですよ!ただ普通に、皆で仲良く楽しく暮らしていきたいだけなんです!
あ、アリアさんが「頭痛い」って感じに額に手を当ててる。そうですよね!本当にアルバ男のこういうトコ、困っちゃいますよね!?
「それでお嬢様。お嬢様がご入浴されている間に、王宮のアイザック様から、今後の方針についての仔細を賜りました。なので、軽くご報告を……」
そこでイーサンが言葉を切ると、暫し黙り込んだ後、おもむろに眼鏡のフレームを指クイした。しかも何やら、眉間にシワが寄っている。
「イーサン?どうしたの?」
「……いえ。先程からアイザック様からのコンタクトがウザ……いえ。お嬢様の事を心配しておられるご様子ですので、どうか話して差し上げて下さい」
イ、イーサン……。今、「ウザい」って言いかけませんでした?あ、他の皆も汗を流しながらイーサン見てる。
そんなこんなしていると、イーサンの掌から黒い球体のようなものが浮かび上がった。
『エレノア!?エレノア、そこにいるのかい!?』
「――ッ!と、父様!?」
球体から父様の声が聞こえてきた。つまりこれ、イーサンの魔力を使った魔道通信……って事なのかな?
『うん、父様だよ!ああ……エレノア!君が無事だって事は、イーサンから報告があったけど、その後、帝国の件で君がショックを受けてしまったと聞いて……。直接君の声を聞くまで、気が気じゃなかったよ!愛しいエレノア。僕は……僕は……ううっ!!』
球体から聞こえてくる父様の嗚咽に、思わず私の涙腺も崩壊しそうになってしまう。父様……。いつもいつも、心配ばかりかけて御免ね。
「父様!父様、泣かないで!あのね、父様大好き!早く父様の顔が見たいです」
『うん……うん!僕もだよ、愛しいエレノア!大丈夫、もうすぐ会えるからね。その為に、明日にはでん……』
プツッと急に音声が途切れ、黒い球体も同時にパッと消滅した。……あれ?父様、まだ話している最中だったんじゃ……?
「あのままでは、いつまで経っても話が終わりません。時間は有限なのです。エレノアお嬢様の元気なお声を聞かせたのですから、これで十分ですよ」
何てこと無いとばかりに、そう言い放ったイーサンに対し、クライヴ兄様が「むごい……」と呟いた。他の皆もその言葉に同意するかのように頷いている。ついでに私も頷いた。
……父様。父様の部下の人達って、本当に容赦ないよね。でも負けないで!強く生きてね!
「さて。それでは本題に入らせて頂きます。王家の方々とアイザック様とで話し合いを行った結果、エレノアお嬢様のご修行は一旦中止という事になりました」
うん、そりゃそうだよね。確実に帝国に目を付けられてしまった今、むやみやたらに外に出るのは危険だ。私だけではなく、昨日の牧場のように、無関係の人達を巻き添えにしかねない。
「本来でしたら今すぐにでも王都に戻られるべきなのですが……。しかしながら三日後にバッシュ公爵家が主催する予定の夜会は、お嬢様が初の当主代行として催されるものであり、記念すべきデビュタントの場でもあります。これを中止する訳にはまいりません」
え!?デビュタント?てっきり、バッシュ公爵家に所縁のある人たちを招いた、小規模なパーティーだと思っていたんだけど……。え!?バッシュ公爵家に連なる家門や忠誠を誓う家々、重要な関係者を全部招待している?
え?ち、ちょっと待って!そもそも私がバッシュ公爵領に来る事になったの、急に決まったよね!?招待した人達にも、色々都合があるよね!?……え?招待した人達全員参加の返事が来た?まさかと思うけど、主家の姫の開くパーティーだから、這ってでも来いって脅したんじゃ!?
「いいえ。実は当初、お嬢様の仰る通り、小規模な夜会にする予定だったのです。ですが、どこでどう聞いたのか、バッシュ公爵家にゆかりのある家門や貴族達から『招待状送ってくれ!這ってでも参加するから!!』との懇願が、雨あられのように……」
イーサンが眼鏡のフレームを再び指クイする。……お、おう……。懇願されちゃったんですか……。
で、聖女様や王族も来るし「だったら丁度良いからエレノアのデビュタントにしちゃえ!」って、父様やジョゼフと話し合って決めたのだそうだ。
それがまさか、こんな事態になるとは思ってもおらず。完全に裏目に出てしまったって、イーサン苦渋の表情を浮かべながら話していた。……成程。それじゃあ今更中止には出来ないよね。
「なので急遽、フィンレー殿下がこちらにやって来られる事となりました」
「――……は!?」
途端、オリヴァー兄様の唇から、地を這うようなドスの効いた声が上がった。
「何でフィンレー殿下が来るんだ!?」と、あからさまな不満をもって睨み付けるオリヴァー兄様を無視し、イーサンは淡々と言葉を続けた。
「もし帝国が、エレノアお嬢様を攫おうとしているのならば、馬車での移動時が一番危険だからです」
確かに……。相手の戦力や能力が分からない中、移動中に襲撃されてしまえば、たとえ最高戦力に守られていたとしても危険であるに違いない。
「今現在、この屋敷にはあらゆる魔力を阻害する、最上位の防御結界が施されております」
さ、最上位の防御結界!?それってまさか、オリヴァー兄様が?……あっ!それともイーサンとの合作!?物凄くえげつない結界っぽいのですが!?
「……が、その所為でメルヴィル様や宮廷魔導師の魔力をも弾いてしまうのです。その為今現在、転移門を構築する事が不可能となっております。ですが、フィンレー殿下ならば……」
「『闇』の魔力属性には『魔力無効』があるから、防御結界に邪魔される事無く、直接王宮にエレノアを転移させる事が出来る……か」
「その通りで御座います、オリヴァー様。……私も『闇』の魔力属性ではありますが、あのお方のように、まるで息をするかのごとく簡単に転移を行うなど、とても出来ません。しかも複数人を一度になど……。流石は王家直系と、感服しきりで御座います」
物凄く面白く無さそうなオリヴァー兄様を尻目に、イーサンの目が輝いている。
そうだよね。同じ『闇』の魔力属性持ちだもん。希少属性同士、通じるものがあるんだろうね。
ましてや攻撃魔法はともかく、自在に転移が出来るフィン様に対し、尊敬の念を抱いているんだろうな。
「いや。あれは単純に、お前を守れる逸材って所がツボッているだけだと思うぞ?」
クライヴ兄様の冷静なツッコミに、ガックリ力が抜けた。……イーサン……ブレない。
「はぁ……。エレノアを守る為に、フィンレー殿下がわざわざバッシュ公爵領に……。それは…………有難い事ですね」
「『ああ……。鬱陶しい奴が来るのか』って、副音声が聞こえた気がするぜ」
「あれ、絶対「有難い」なんて欠片も思ってませんよね」
ディーさんとリアムがジト目でオリヴァー兄様を見つめている。対するオリヴァー兄様は、二人の言葉を肯定するかのように、ひたすら溜息をついていますよ……。兄様、貴方もブレませんね。
「ああ、それを受け、フィンレー殿下の護衛として、アシュル殿下もご一緒に来られるそうです」
「「「「「何やってんだー!あの人は!?」」」」」
これまた見事に、全員の言葉がハモった。
ってか真面目にアシュル様、何やってんですかーー!!?
仮にも王太子が、なんで護衛として地方領にやって来るんです!?有り得ない!絶対におかしい!何考えてんだ!普通逆でしょ!?王太子の護衛でフィン様が……なら分かるけど!!
「……あ、ちょっとお待ち下さい。……成程。皆様、明日の予定だった殿下方の出発が、つい先程に変更されたそうです。なので、遅くとも今日中には到着されるだろうとの事です」
「は!?」「え!?」「はやっ!」と、あちこちから声が上がる。……え、待って!?アシュル様とフィン様、もう王宮から出発したの!?なんでそんな唐突に!?
――……「仮」が取れたことを、誰かが知らせたな。
エレノアを除くその場の全員が、これまた綺麗に心の中でハモった。
「……ヒューの奴かな?」
「多分そうでしょうね」
「アシュルの奴、今頃ディラン殿下張りに馬車を爆走させてんだろうな……」
「御者の方や護衛騎士達が気の毒ですね」
「「……はぁ~~………」」
最後のオリヴァー兄様の溜息に、アリアさんの溜息がハモった。
アリアさん、苦労しているんですね。
同情の眼差しを向けた私に気が付いたアリアさんは、再び大きな溜息をついた。
「エレノアちゃん。貴女、私に同情している場合じゃないわよ?これから大変なんだから、今から覚悟しておきなさいね」
か、覚悟!?い、一体なんの覚悟なんですかね!?
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一件落着(?)した後に、いつものカオスな現場が今日はです。
余談ですが、本当は王弟殿下方の誰かが護衛に行く予定が、「仮」が取れたことで、アシュル殿下のゴリ押しを承認しました。これもアルバ男あるあるです。
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