第337話 愛しい少女の決意

「聖女様とエレノアお嬢様がお見えになりました」


イーサンの言葉とほぼ同時にアリア、そして彼女の後ろに隠れるようにエレノアがダイニングに足を踏み入れる。

その姿を見たオリヴァーを含めたその場の者達が、一様にホッとした表情を浮かべた。


「ひょっとしたら、今朝はこっちに来ないかと思っていたが、大丈夫だったようだな」


クライヴの耳打ちに、僕は口元に笑みを浮かべながら小さく頷く。どうやら彼も、エレノアが起きた時、ちゃんと目を覚ましていたようだ。

セドリックやリアム殿下もそうだったのかもしれない。……いや、多分間違いなく起きていただろう。


エレノアは自分達を起こさないようにと頑張っていたようだが、目を瞑っていても、気配だけで物凄く動揺していたのが手に取るように分かったのだ。あれで目が覚めない方が、逆にどうかしている。


いつの間にかベッドから転げ落ちてしまっていたディラン殿下だって、多分だがあの時目を覚ましていたのだろう。

だが、エレノアの気持ちをおもんばかり、黙って様子を伺っていたに違いない。


脳筋のくせに、その場の最善を無意識に選び取る。

そういう所は、彼が師と仰いでいるグラント様とそっくりだ。彼の最大の美点とも言える。


あの時。自分は寝ぼけたふりをしてエレノアを抱き込んだ後、暫くしてから寝起きの挨拶をして、互いの気まずさをなあなあにしようかと目論んでいたのだが……まさか聖女様が乱入してくるとは……。


『まあ、それで良かったのかもしれないな』


あのままなし崩し的に、こちらのペースに持っていってしまっていたら、エレノアなりに覚悟を持って自分達に対峙しようとしてくれていた決意が、うやむや状態になってしまったかもしれないのだ。


それは、自分自身の力で立ち上がろうとした赤子に手を添え、介助して歩かせようとする行為と同じ。……多分、それでは駄目なのだ。


心配だから。愛しいからと、先回りして守ろうとするのではなく、たとえ相手がどんなに傷付き、涙を流していたとしても、自分自身の力で立ち上がろうとする意志がある限り、ただ黙って見守る。

それこそが、『対等』な立場として相手を尊重し、認めるという事なのだ。


また、愛しい相手だからこそ、ドロドロに甘やかして全てを肯定するのではなく、間違った道を行こうとするならば諫めたり、正しい道へと誘導する。

それこそが真に愛する者を守るという事に繋がるのだと、エレノアが僕らに教えてくれた。


「でもついつい、先回りして守ってあげたくなるんだけどね……」


今も、聖女様の背中に隠れ、恥ずかしそうにもじもじしているエレノアを見ていれば、とてつもない愛しさが自然と湧き上がってくる。


思わず「いいんだよ。君は何も言わなくてもいい」と言って思い切り抱き締めてドロドロに甘やかしてあげたくなってしまう。


見れば他の者達も、大なり小なりそういった衝動と戦っているようだ。


特にディラン殿下に至っては、うっかりエレノアに駆け寄って行かぬよう、さり気なくクライヴに進路を阻まれていた。(というより、足を踏まれていた)


女性の意識改革と同様、このアルバ男の性も、これから改革していかねばならないものなのだろう。


僕達やウィル、イーサンといった、エレノアの事情を分かっている者達以外、人払いをされたダイニング。

人数分のカトラリーや、盆に盛られた果物はあるものの、テーブルにはまだ温かい料理は何も用意されていない。


エレノアは聖女様の背中から俯きながら出てくると、意を決したように顔を上げ、僕達に視線を合わせた。


「……っ……あ、あの……っ。オリヴァー兄様。クライヴ兄様。セドリック。……そして、リアムにディーさん……。昨夜は取り乱してしまって御免なさい!……あのね、私……。ひょっとして前世の家族と無理矢理引き裂かれたのかもしれないって思ったら、凄く動揺しちゃったの……」


エレノアの瞳が切なげに揺れる。だが、それも当然だろう。


自分が無理矢理異世界から転生させられ、『こぼれ種』とかいう、ふざけた存在かもしれないなどと聞かされたのだ。動揺しない筈がない。


僕の胸の内が乱れ痛む。他の皆も、一様に痛ましそうな表情を浮かべていた。


「私が『転生者』なのは本当の事だし、ひょっとしたらそういう可能性があるかもしれない」


エレノアの言葉に、思わず「違う!」と叫びそうになった口を咄嗟に閉じる。他の皆も荒ぶる気持ちを懸命に押さえつけているようだ。


「……でも私は帝国なんかに呼ばれたんじゃなくて、自分の意志でこの世界に来たんだって……。私を大切に思ってくれている皆に呼ばれたんだって、そう思っている……」


そこで一旦、言葉を切ったエレノアの顔が、どんどん赤くなっていく。


「だ、だから……ね。私はこの世界に生まれてきて、オリヴァー兄様やクライヴ兄様、セドリック、そし……リアムやディーさんや……えっと、つまり『皆』と誰よりも幸せになるんだって、そう……決めたの」


「エレノア……!」


遂に真っ赤になって、そのまま俯いてしまったエレノアを、気が付いたら僕はきつく胸に抱き締めていた。


ああ……エレノア。君は僕達を選んでくれたんだね?


前世の大切な家族に想いを馳せ、過去を向いて嘆き続けるのではなく、僕達の手を取り、前を向いて一緒に歩いてくれると……。そして幸せになろうと……そう決めてくれたんだね?


「愛しているよエレノア」


嬉しさと愛しさと……泣き出してしまいたくなるような至福の中。様々な感情が胸の中で渦を巻く。

それら全てを言葉にして捧げようとしたのに、口を突いて出たのは、そんな単純な言葉だけだった。


けれどエレノアはそんな僕に対し、とても嬉しそうな笑顔を浮かべながら抱き着いてくる。


「はいっ!私も……愛しています!」


その言葉に遂に我慢の限界を迎えてしまい、エレノアの唇に自分のソレを重ね、激しく口付けてしまう。


ああ……。このまま永遠に君と二人きりで、こうして触れ合っていたい。


だがエレノアは『皆』と幸せになりたいと願った。

ならば僕自身の独占欲と執着心で彼女を縛りつけるべきではないのだろう。


そう思い、断腸の思いで深い口付けからエレノアを解放し、その身体を離す。すると、今度はクライヴがエレノアを抱き締め、先程の僕と同じように深く口付けた。


そうして暫くすると、今度はセドリックがエレノアに口付ける。


――それは僕らにとって幾度めかの、神聖なる永遠の愛の誓い。


とても幸せそうなその顔に、小さかったセドリックの姿が脳裏に蘇ってくる。


あの頃はまさか、自分とこの子がこれ程までに深く、同じ少女を愛するようになるとは思ってもいなかったな。……まあ、それはクライヴも一緒なんだけど。


そうしてセドリックとエレノアの口付けが終わった後、リアム殿下がちょっと緊張したような面持ちでエレノアの手を取った。


「エレノア……。皆って事は……その、俺や……兄上達も、その中に加わっていいって事……なのかな?」


そんなリアム殿下の言葉に、エレノアはほんのりと顔を赤らめながら、小さく頷いた。


「うん……」


「――ッ!エレノア!!エレノア……愛してる!」


感極まったように、リアム殿下がエレノアの唇に口付け、溢れんばかりの歓喜と愛しさを込めて抱き締める。エレノアも多少ぎこちなくだが、そんなリアム殿下に応えるように抱き付いた。


「エル……!ああ、やっと……!!愛している。永遠に……俺の……エル」


ディラン殿下も、感極まった様子でエレノアの身体を優しく抱き締め、そのまま抱き上げると、先程の我々同様、エレノアに深く口付けた。


真っ赤になったエレノアは、いつものように色々なものが決壊しそうな程に動揺しながらも、ディラン殿下を拒もうとするのではなく、リアム殿下の時と同様、彼の愛情を一生懸命受け止めようとしている。……そして僕達も、いつものように彼らの邪魔はしない。


――唇への口付けは、女性に認められた婚約者や恋人の特権。


この時をもって、彼等は『仮』の婚約者ではなく、エレノアの正式な婚約者となったのだ。


そんな彼らを見ながら、未だ胸がもやつくのを自覚する。クライヴとセドリックも大なり小なり僕と同じ気持ちだろう。


だが、エレノアは僕達全員と幸せになると宣言した。


愛する女性の決定は絶対だ。……それに彼らならば、共にエレノアを愛し、守る相手として不足はない。……いや、多少は……というか、特定の人物には思い切り不服が……。いやいや、冷静になれ自分。


「良かった!エレノアちゃん、有難う!貴女と家族になれるなんて、本当に夢のようだわ!これで堂々と、貴女に『母様』って言ってもらえるのね!きゃあ!念願の娘だわー!!」


顔を紅潮させ、息子達同様大喜びしている聖女様を見つめる。


自分だとて帝国の犠牲者であるかもしれないのに……。この変わらぬ強さ。そして優しさで、エレノアを優しく正しく導いてくれた。


彼女はまさしく『聖女』の名に相応しい、素晴らしい女性だ。

そう。たとえ「可愛い義娘ゲット!」という、多少の下心が根底にあったとしても。


そう心の中で呟きながら、「仮」が取れた事への感激のあまり、熟れたトマトのように真っ赤になって目を回しているエレノアに、顔と言わず髪と言わず口付けの嵐を浴びせているリアム殿下とディラン殿下から、エレノアを救出(強奪とも言う)した。


「ディラン殿下、あんたら、やり過ぎ!!」「リアム、いくら嬉しいからって節度は守ってよね!!」と、クライヴとセドリックが殿下方に食ってかかっている中、未だ真っ赤な顔をしながら、エレノアが僕を見上げる。


「オリヴァー兄様」


「うん?何だい?」


「……私、もう一つ決意した事があるのです」


「え?決意って?」


優しく続きを促すと、エレノアは急にキリッとした表情を浮かべ、口を開いた。


「女の敵であり、拉致誘拐犯である帝国の野郎共に会ったら、渾身の力でもって、一発ぶち入れ……」


「「「「「却下!!」」」」」


エレノアの決意に、婚約者一同の息の合ったツッコミが入る。


「ええ~!?」と言いながら、不服そうな表情を浮かべる愛すべき少女に誰もが脱力しながら、湧き上がる思いに苦笑を浮かべた。


――ああ……。やっぱりエレノアはこうでなくては。



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遂に、ロイヤルズの「仮」が取れました!

そしてエレノアは相変わらず拳で語る派なようですv

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