第334話 【閑話】天井裏の影達

我々は『影』。(表向きには)語る名はない。


今、我々は薄暗い天井裏で、ある重要な任務に就いている。


それは……。エレノアお嬢様の貞操が守られるかどうかを見守る事である。


我々『影』は、その名の通り人知れず任務を遂行する事が誇りであり使命だ。

それゆえ、お嬢様のお目にとまる事はおろか、騎士達のように表立ってお守する事も出来ない。


でもだからこそ、このようにお嬢様の尊い寝顔を鑑賞し放題という素晴らしき特権が付く事があるのだ。

王家を守護する近衛騎士ですら、このような僥倖に恵まれる事などありはすまい。……女神様。今日も我らに祝福をお与え下さり感謝いたします。


――だがしかし、何故かここにいるのは我々だけではない。


普段であれば有り得ない、様々な方々から派遣された『影』達が集結しているのだ。


まず、我々。バッシュ公爵家王都邸の『影』。


そしてこのバッシュ公爵家本邸の『影』。更にクロス伯爵家の『影』に加え、王家直轄の『影』達。まさに多国籍軍だ。


あまりの人口密度の高さに、少しでも気を抜くと我々の動きや気配が(主に物理的に)漏れてしまいそうになってしまう。単純な任務でありながら、この任務の難易度は限りなく高い。


「……」


「……」


我々は互いに目と目で挨拶を交わし合う。


彼等は皆、既に昨晩顔なじみとなった面々だ。

同じ目的を持つ者同士である事と、共闘し合ったという事実が、我々に謎の連帯感と、ある種の気安さを生み出しているのだ。


昨晩は、クライヴ様がエレノアお嬢様の同衾に挑まれ、我々はその見届け役を、なんとクライヴ様ご本人から賜ったのである。


「何かあったら、俺を殺す勢いで攻撃しろ」


そう言い放たれたクライヴ様。


あの冷静なお方が、それ程のお覚悟を持ってして挑まなければならぬ程、エレノアお嬢様との同衾……いや、添い寝とは、想像を絶する程の過酷なものだったのだろう。


無理もない。もしうっかり一線を越えようものなら、あのオリヴァー様の凄まじいばかりの制裁を覚悟しなくてはならない。……いや、命すら危ぶまれるのだから。


しかもお嬢様のあの愛らしく、あどけない寝顔を見ながら一緒のベッドに眠るのだ。


健全に添い寝するだけでも十分ご褒美であるが、クライヴ様も健全な青少年。ましてや婚約者のお立場なのだ。手の一つや二つや三つも出したくなるのは、ある意味当然の事。己の理性の限界を危ぶみ、保険をかけたくもなるというものだ。


……結果的に言えば、エレノアお嬢様の貞操は無事守られた。


まあ、何度かヤバイ状況に追い込まれていたご様子だったが、我々一同の、息の合った連携プレイのお陰か、クライヴ様が一線を越える事は無かった。うん、自分達。いい仕事した。


だが今夜。再びの任務で我々に立ちはだかるであろう壁は、あまりにも凶悪で危険極まるものだった。


――オリヴァー様からエレノアお嬢様をお守りする。


しかもクライヴ様と違い、オリヴァー様に「自制」の文字は、恐らく存在しない。


もし万が一の際、我々がオリヴァー様を正気に戻そうとして攻撃をしたとして、間違いなく返り討ちに遭うだろう。

……というより絶対られる。……うん、間違いない。確信をもって、そう断言できる。


我々は、各々の主達の命令に従い、今日も勝手知ったる天井裏に集結し、エレノアお嬢様の尊い寝顔に胸を高鳴らせながら、監視対象者の訪れを今か今かと緊張の面持ちで待ち続けた。


――カチャリ。


やがて、ドアを開ける小さな音が聞こえ、その場の全員に緊張が走った。……が。


『『『『『『あれっ!?』』』』』』


入室してきたのは……オリヴァー様だけではなかった。


「全くもう……。なんでこうなるのかな?」


ナイトウエアをお召しになったオリヴァー様が、溜息をつきながら小声でそう呟くと、同じくナイトウエアをお召しのクライヴ様がジト目でオリヴァー様を見つめられる。


「仕方がないだろ。日頃の行いの結果だ」


「あれだけ僕に無体を強いたオリヴァー兄上だけが、エレノアを独占するなんて許せません!」


やはりナイトウエアをお召しになったセドリック様が、続けてご入室された。珍しく激おこだ。オリヴァー様もバツの悪そうな顔をされている。


「それは悪かったと思っているよ。……でも、なんで殿下方までついて来るんです?」


「単純にエルの顔が見たかったから!……それと、もしお前が暴走したら、クライヴ達と影達だけじゃあ手に余るだろうからな」


「右に同じく。それに、セドリックと同じく被害を被った身としては、エレノアの寝顔で癒されたい」


どうやら、ディラン殿下とリアム殿下は、お嬢様会いたさ&万が一オリヴァー様が暴走した時の為について来られたようだ。そして殿下方もしっかりナイトウエアをお召しになられている。


それにしても……。あのオリヴァー様が、同じ婚約者(あ、(仮)が付くか)とはいえ、恋敵ライバルをエレノアお嬢様の寝室に招き入れるとは……。ご成長されましたね。


……まあ、口ではなんだかんだ言っても、やはり殿下方の事は認めておられるのだろう。なんか王家直轄の『影』達も、感じ入ったように頷いている。


思えばこいつら王家の影とは、エレノアお嬢様が王立学院にご入学されてからの付き合いだ。ある意味、お嬢様や若様方の成長を共に見守った同志……とも言える。まあ、最初の内は暗器飛び交う犬猿の仲だったが。


我々がしみじみとそんな事を思っている間にも、オリヴァー様方は、エレノアお嬢様を起こさないよう、あくまで小声で囁き合いながらベッドに近付いていく。


そうしてお嬢様のお姿を目にした途端、その場にいらっしゃった方々全員が、蕩けそうな表情を浮かべた。ええ、分かりますともそのお気持ち!


――それにしても……。まさか帝国がお嬢様を狙っているとは……。


今日、牧場で襲撃されたのも、帝国の仕業らしい。

お嬢様自身もその事を知らされたらしく、酷く動揺し、取り乱されたと聞き及んでいる。


お嬢様の受けた心の傷を思えば、いやが上にも帝国への怒りが湧いてくる。


「この命に代えてでも、お嬢様を守り抜く」。……それはこの場に集結している者達全ての共通の思いだろう。


……ん?あ!オリヴァー様がすかさず、エレノアお嬢様の横に滑り込んで抱き締めた。物凄い早業だ!おおっ、セドリック様も負けじと反対側からベッドに潜り込んでエレノアお嬢様の背中越しから頬に口付けをされた。

おおっ!ディラン殿下、器用にオリヴァー様の後方からベッドに乗り上げ、お嬢様の頭部に口付けされた。あ、振り向いたオリヴァー様が、青筋立てて物凄い目を向け威嚇してる。でもディラン殿下は全く怯まない。流石は王家直系!

あ、リアム殿下もセドリック様を押しつぶすように覆い被さって、エレノアお嬢様の額に口付けてる。あ、こっちはベッドの上で掴み合いみたいになって……うん、クライヴ様が「エレノアが起きるだろうが!」とばかりにお二人の頭部にアイアンクローをキメた!流石は長男。……まあ、お一人だけがっついてないのは、昨夜同衾されたがゆえの余裕からだろうが……。


「……ん……」


あ!お嬢様が身じろぎされた。途端、若様方や殿下方の動きがピタリと止まった。……うん。どうやら瞬時に紳士協定が結ばれたようだ。キングサイズのベッドの上でエレノアお嬢様を囲み、ただひたすら寝顔を見つめられている。


――あ、ディラン殿下がそのまま寝落ちした。


そりゃそうか。王宮からここまで爆走した挙句、腹心にボロボロになるまでしごかれたんだ。眠いよな……って、あ!今度はオリヴァー様が寝落ちされた。セドリック様もリアム殿下も、次々と寝落ちされていく。……皆様、お疲れなんですね。


最後に、クライヴ様が一つ欠伸をされた後、続き部屋へと行かれ、何枚か掛布を持って帰ってこられると、寝落ちされた方々にそれらをかけていく。そしてご自身はというと……。足元の方からベッドに潜り込んで眠られてしまった。


安らかな複数の寝息がシンとした空間に響き渡る。


エレノアお嬢様の貞操を守る任務は、クライヴ様以下全員が寝落ちするという形でどうやら終了しそうだ。


……いや、まだ油断は出来ない。あの中の誰かが他の方々よりも早く目覚めたとしたら、これ幸いとエレノアお嬢様に不埒を働くやもしれぬ。


そう。我々の任務は終わりではない。ここからが始まりなのだ。


――にしてもこの状況。エレノアお嬢様が目覚められたらビックリされるだろうな。


我々はそんな事を心配しつつも、エレノアお嬢様の尊い寝顔を肴に読唇術で盛り上がり、更に影同士の横の繋がりを深めていったのだった。


ついでに誰が一番早く起きてエレノアお嬢様とのスキンシップをされるのかを賭けた事は、この場の影達だけの秘密だ。



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|(゜Д゜;)(゜Д゜;)(゜Д゜;)(´艸`*)←影&誰か


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