第333話 束の間の安堵
「聖女様!」
「お袋!」
「母上!……あの、エレノアは……?」
あれから数時間経った後、サロンに戻って来たアリアに、オリヴァー達やディラン、リアムが揃って不安そうな顔を向けた。
それに対し、アリアは安心させるように優しい笑顔を向ける。
「大丈夫よ。エレノアちゃんは今ぐっすり寝ているから。あとね、朝食は皆と一緒に食べたいって言っていたわよ」
その言葉に、全員がホッとした表情を浮かべた。
「流石はお袋!」
「有難う御座います、母上!」
「聖女様……感謝いたします」
嬉しそうに笑顔を浮かべるディランとリアム。そしてオリヴァー、クライヴ、セドリックは、改めてアリアに深々と頭を下げた。
「ううん。私だけの力じゃないわ。エレノアちゃん自身の強さと……そして、貴方がたの愛情のおかげね。勿論、まだ完全に復活って訳にはいかないから、これからも彼女の事、頑張って守って愛してあげてね?」
「はい!勿論です!」
「俺の命に代えても!」
「お任せ下さい!」
力強く頷くオリヴァー達を見ながら、アリアは笑顔を浮かべる。
「でね?その中に、私の息子達も混ぜてくれると嬉しいんだけど」
「「「……」」」
途端、スンと表情を無くし、無言になったオリヴァー達を、ディランとリアムは呆れ顔で見つめた。
「……ブレねぇな、こいつら」
「ディラン兄上。今更です」
「うん、それでこそオリヴァー君達だわ!」
ディランとリアムが呆れる中、アリアだけは、オリヴァー達のそんな反応を予期していたのか、動じる様子もなく朗らかな笑顔を浮かべていた。
「さて、それじゃあ貴方達もちゃんと休んで、体力回復よ!帝国がエレノアちゃんを狙っている今、万全の体制でいなくちゃ!ディラン、あんたも仕方がないから治してあげる。ヒューバードも治さなきゃだから、後で私の元に呼んでね?」
そう言われ、その場の面々は、自分がほぼ二徹だった事を思い出した。
しかもオリヴァーとクライヴに至っては、魔獣退治と
だが帝国がどう動くか分からない今、エレノアの傍を片時も離れる訳にはいかない。
ここにはイーサンを含めた元々の戦力に加え、自分達や王家直系達。更には聖女を守る為に後から到着した護衛騎士達や魔導師達もいる。まさに最強の布陣が敷かれているといっても過言ではない。
だが、それはあくまで『外側』の敵に対してである。
一番警戒し、恐れなくてはならないのは、『内側』に潜んでいるかもしれない敵の方なのだ。
アルバ王国側が、複数の間者を帝国に潜ませているのと同様、帝国の方も確実にアルバ王国に間者を放っているに違いないのだから。
「……イーサン。聖女様のお部屋は、エレノアが使っていた部屋かい?」
「その通りで御座います」
「ならば、僕とクライヴとセドリックは、その主寝室と
「ちょっと待てー!!お前、どさくさに紛れてエルと寝るだとー!?」
オリヴァーのとんでも発言に、誰よりもなによりも早くディランが噛み付いた。
「ディラン殿下。心配されなくとも、こんな状況下で手なんて出しませんよ。言いたくありませんが、こう見えて僕も体力気力共にわりと限界なんです。あくまでこれは、エレノアを守る為。一緒のベッドにいれば、何があっても即刻対応できるでしょう?」
限界と言いつつ、立て板に水とばかりにつらつらと尤もらしい理由をのたまうオリヴァーに、皆開いた口が塞がらない。だが、そんな中でも
「だ、だったら別のベッド入れて、俺達全員でエルの回りを囲んで寝るとか!!」
「却下。折角眠っているエレノアが起きてしまいます。そんなに不安なら、王宮の影なりなんなり天井裏に張り付かせて頂いてもかまいませんよ。それとも殿下自ら天井裏に張り付きますか?」
「何で俺が、好きな女と他の男が同衾している様子を隠れてコソコソ見てなきゃいけねぇんだよ!?」
――はい、ごもっとも。
全員の心の声が一致する。
「だったら俺だけでもエルと寝る!!」
――何言ってんだ?この脳筋!!
またしても全員の心の声が一致した。
「馬鹿ですか貴方。そんな事したら、朝起きた時にエレノアが出血多量になりますよ?」
「お前だけでも十分、出血多量になるわ!!本っ当にお前って、不敬の塊だな!!」
ぎゃあぎゃあと喚き合うオリヴァーとディランだったが、そのやり取りは先程までの暗い雰囲気を吹き飛ばすように、どことなく気安いものであった。
それを感じているクライヴ達は、苦笑を浮かべながら二人の罵り合いを見つめる。イーサンですら、先程までの固い表情を(分かり辛く)緩め、眼鏡のフレームを指で押し上げた。
「では、聖女様と殿下方のお部屋は、大至急他にご用意させて頂きます。それと、天井裏には私の手の者も付けさせて頂ければと存じます」
「オリヴァー。お前を信じない訳じゃないが、バッシュ公爵家王都邸の影も付けるからな」
「オリヴァー兄上。クロス伯爵家の影も付けさせて頂きます」
イーサンの言葉に引き続き、クライヴとセドリックも、まるでオリヴァーに釘を刺すようにそう言い放つ。……そして。
「当然、王宮の影達も付けさせてもらうわよ?」
〆に笑顔の
「……僕ってそんなに信用ないのかな?」
それを受け、オリヴァーが憮然とした様子で呟いていたのだが、その場の全員は綺麗にその言葉をスルーしたのだった。
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==おまけ==
(バッシュ公爵家本邸の食堂にて)
「……ぐっ……うう……!」
「ク、クリス団長!?どうされたんですか!?」
「聖典が……尊い……!」
「はぁ?」
「これを読めば……お前達にも分かる!」
スッ……と、クリスがネッド達に差し出したもの。それは一冊の本だった。
それを何気に手にとったネッドがクワッと目を見開く。
「こ……っ、これは……!!」
それはイーサンがクリスに団長就任祝いにと渡したものであり、姫騎士(エレノア)信奉者達の聖典とも言える本。その名も『現代に蘇った姫騎士~守るべきものの為に~』であった。
――一時間後。
「……うっ……ううう……っ!」
「お……お嬢様……っ!なんて……尊い……!!」
「すげー!かっけー!!お嬢様、マジ姫騎士!!」
バッシュ公爵家本邸の騎士達の中で初の、姫騎士信者が爆誕した瞬間だった。
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