第332話 女神様の慈愛
「……ひょっとしたら、諦めないで探し続けていたら、帰る方法があったのかもしれない。そう思うと祖父母に対して、今でも申し訳ない気持ちが湧いてくるの。……でも転移しなかったら、階段から落ちた時点で死んでたかもだから、どのみち祖父母を悲しませていたと思うわ」
そこで私はハッとした。……そうだ……。アリアさんは歩道橋から足を踏み外して……。
「もし私が帝国の言う『こぼれ種』だったとしたら……。結果的に私が助かったのは、そのお陰って事になるのかもしれないわね」
アリアさんが口にした『もしも』を認めたくなかった私は、反射的に声をあげてしまった。
「――ッ!そ、そんな事!だいたい、アリアさんが『こぼれ種』だって証拠なんてない……」
「そうよね!!」
勢い込んで異議を唱えた私の言葉が言い終わる前に、眦をあげ、拳を振り上げたアリアさんの声が被さった。
「私は帝国なんかに呼ばれたんじゃない!しいていうなら、未来の私の旦那達に呼ばれたのよ!!ってか、『こぼれ種』って、失礼なネーミングよね!?なんなの!その上から目線!!自然発生現象も自分達の手柄ですとでも言いたいわけ!?拉致誘拐犯が偉そうに!何様だっつーの!本当、ふざけんじゃないわよ!!」
――ア……アリアさんが……壊れたっ!!
「そ、そう……ですよね」
「そうよ!……億が一、私がその『こぼれ種』だったとして、私は偶然奴らの魔の手からこぼれ落ちたんじゃない!私の意志でアルバ王国に逃げたのよ!そんでもって、しっかり幸せ掴んでやったんだからね、ざまぁみろ!!……って胸を張って言い放ってやるわ!あんなクソ国家の被害者なんかになってたまるかってのよ!!おとといきやがれ!!」
鼻息荒く、一息に言い放たれた言葉に、私はコクコクとただ頷くしかない。
というか、アリアさんの怒りのボルテージが私にも移ったのか、胸の奥から沸々と怒りが湧いてきた。
そうだよね!そもそも根拠も何もないのに、何で勝手に人の事を『自分達の遺失物』扱いしている訳!?そもそもその行動原理が理解出来ない。
ぶっちゃけて言えば、泥棒が盗んだ獲物を落した挙句、「これは自分のだ!」って所有権を主張しているようなもんだよね!?確かにふざけるなだわ!!
そもそもお前らのものじゃないだろうが!この犯罪者集団が!って、私も声を大にして言いたい!!
「それでね、エレノアちゃん」
「は、はい!?」
怒り心頭となり、心の中で帝国を罵倒していた私に、アリアさんが真剣な表情を浮かべながら声をかけてくる。
思わず居住まいを正した私に向け、言い放たれた言葉は衝撃的なものだった。
「過去、私が必死に調べまくった文献の、どこを見ても『転生者』が、生きている途中で魂だけ異世界に来たって記述は無かったの」
「そ、そう……なんですか……!?」
「ええ!アルバ王国に限りだけど、転生した人は皆、事故に遭った人や、病気や老衰……理由は様々だけど、みんな寿命を全うした人達ばかりだったの。だからエレノアちゃんは絶対、『こぼれ種』なんてふざけたものなんかじゃないのよ!?」
固く拳を握りしめ、力説するアリアさんの迫力にのまれ、またしてもコクコクと反射的に頷いてしまう。
……でもそういえば、私の記憶は確かに十八歳の時までしかないけど、転生ものでよくある『トラックにドン!』の記憶もない。
ひょっとしたら、そこから私の人生が失われたのではなく、そこまでの記憶しか思い出せていないだけ……?
「確かに帝国には、異世界人を転移させる技術はあるかもしれない。だけど、『転生者』を……魂をこちらに呼びよせる事だけは不可能に近いと断言できるわ」
「ど、どうして……ですか?」
「だってね、魂をどうこう出来るのは、神様か女神様の領域だからよ」
「――ッ!」
「帝国は女神信仰が唯一ない国。だからこそ、女神様の存在も信じない。信じるものは、自分達の力のみ。だけど『聖女』である私は……。力を使うたびに、女神様の存在を強く感じるの」
「え……」
アリアさんは、常に女神様の存在を感じていた?それじゃあ女神様は本当に実在するの……?
「だから、私やエレノアちゃんがこのアルバ王国にいるのは、きっと女神様の意志であり、運命だったんだ……って、そう強く思うの」
「女神様の……意志?」
「そう。それこそ私の都合の良い思い込みだ……って言われちゃったらそれまでだけどね。でも私は確かに女神様の慈愛を感じている。貴女に出逢えた事も、その慈愛の一つだわ。私にとっても、アイゼイア達にとっても」
「え!?わ、私が……ですか!?」
「ええ。ほら、エレノアちゃんが私の事をツンデレだってアシュル達に話したでしょう?」
「あ、は、はいっ!」
「あれを切っ掛けにね、私は素直になれなかった気持ちを彼等に伝える事が出来たの。……夫達ね、私がツンツンしていたのって、自分達が強引に、私をこの世界に縛り付けてしまったからじゃないかって、ずっとそう思っていたんだって。だから私に遠慮があったのよね。私も本来、素直な性質じゃないから……。そのすれ違いを、貴女が正してくれた。……本当に感謝しているの」
え、えっと……。寧ろ私がアリアさんのツンデレ属性をバラしちゃった事により、アリアさんを溺愛地獄に叩き落としてしまったと、申し訳なく思っていたんだけど……。
「……まあその結果、アルバ男の愛に底が無いんだって、思い知らされたりもしたけどね……」
ああっ!アリアさんの目が虚ろに!……や、やっぱり大変な思いをされているのですね!?
「あの……アリアさん。申し訳ありませんでした……」
恐縮しきりで頭を下げた私の頭を、アリアさんの手が優しく撫でた。
「エレノアちゃんもね。意識していなくても、きっとどこかで感じていると思うわ。あんなに素敵な家族に囲まれているんだもの。エレノアちゃんはとても女神様に愛されているのよ」
私は……女神様に愛されている……?だから、あんなにも素敵な人達に……出逢える事が出来たの……?
「でもアルバ男の愛って、物凄く強くて深いから、お互い大変よね。エレノアちゃんは特に、オリヴァー君やクライヴ君、セドリック君に加えて、うちの息子達もプラスでいるから……。もっと大変かもしれないけど、負けちゃだめよ!?」
アリアさん……済みません。今もこれからも、勝てる気がしません。
「ねえ、エレノアちゃん。貴女は今幸せかしら?」
「え?」
顔を上げると、まさに聖母の微笑といった表情を浮かべたアリアさんと目が合った。
「はい、幸せです!」
即答した私に、アリアさんは満足そうに微笑んだ。
「そう、良かった!私もエレノアちゃん同様、今とても幸せよ」
そう言って笑うアリアさんの顔は、最高に輝いてて綺麗だった。
「私はこの世界に来て、アイゼイア達に出逢えた。可愛い四人の子供達も授かる事が出来た。そして『光』の魔力で沢山の人達を救う事が出来たわ。……祖父母にはひ孫を見せる事が出来なかったけど、今の私を知ればきっと、「幸せになって良かったね」って笑ってくれる。……あちらの世界のエレノアちゃんの大切な人達も、そうなんじゃないかな?」
――どこに行っても、お前らしく楽しく頑張りなさい。
アリアさんの言葉を受け、脳裏に前世の家族に言われた言葉が蘇ってくる。
再び頬を涙が伝う。
でも胸をよぎったのは、悲しみだけではなかった。
「……そう……です。うちの家族なら……そう言って笑ってくれると思います。兄様方やセドリックや……殿下方を見たら……美形過ぎて卒倒しちゃうかもしれませんけど……」
そんでもって、友達たちは「あんな上玉、どこで見つけた!?」「うまいことやりやがって!この~!!」なんて言って、私をどつきまくるに違いない。師匠達は「弟子を嫁に向かえたくば、ワシらの屍を越えていけ!」って、勝負を挑むかもしれないな。
「ふふ……じ、じゃあ……わたし……も、もっともっと、沢山幸せになって……前世の家族と、笑って再会……できるように……したい……です」
好きな人達と沢山幸せな記憶を作って、子供も沢山産んで、出来ればケモミミの孫もゲットして……。
『お母さん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん』
ごめんね。もしも本当に……私が十八歳の時に、魂がこちらに迷い込んでしまったとして……。元の世界に戻れる方法があったとしても、多分私はそちらに帰らないと思う。
私もアリアさんと同じ。今の家族を……大好きな人達を置いていけないから。本当にごめんね。
その代わりに私、幸せになるから。皆の事も忘れない。全部全部覚えたままで、幸せになる。約束するよ。
誰にも負けないぐらい、うんと幸せになるからね。
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エレノアは今が幸せだと即答できる程、この世界と自分の大切な人達の事を愛しています。
そして、アリアさんの話を聞いて、自分の気持ちにある種の区切りをつけました。
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