第331話 後悔なんて、するに決まってる

「私がこっちに転移してきたのは、十六歳の時だったの」


アリアさんが静かに話し始めた。


「学校からの帰り道で友達とふざけてて……うっかり歩道橋の階段から足を滑らせて落ちちゃってね……。その時『あ、これ死んだわ』って、何故かそう冷静に思ったの。多分だけど、凄くパニクってたんだと思う」


アリアさん……。口調が女子高生みたくなってます。


「でも、目を開けたら人外レベルの美形がワラワラいる訳じゃない?だから私、「ああ、きっと死んで天国に来ちゃったんだ」って思っちゃったの。しかも天使ってイケメンばっかりなんだなぁって感動までしちゃったものよ」


分かります。私も最初にこの世界で覚醒した時、グレイトでデラックスな夢だとばかり思っていましたし、オリヴァー兄様を見た時なんか、あまりのきらきらしさに、思わず眼球ぶっ潰れるかと思いました。


「……で、よくよく聞いてみれば、ここは天国じゃなくてアルバ王国って国で、私は『転移者』だっていうじゃない。なんの冗談かと思ったけど、冗談なんかじゃなくてね……。しかも誰かに召喚されたとかじゃなく、突発的にやって来た『転移者』って、元の世界に帰る『道』が無いから、帰れないって聞かされて……。絶望で大泣きしちゃったの」


……そう……だよね。


アリアさんは私みたいに、元々『エレノア』として生まれ変わった『転生者』じゃなく、いきなり別世界に来てしまったのだ。しかも帰る方法がない……なんて。どれだけ辛く、悲しかったか……。


なのにアリアさんはその悲しみを乗り越え、『聖女』として人々に癒しを与え続けている……なんて凄い人なんだろう。


それに比べて私は……。


「でもね、泣いてるばかりじゃなんにも変わらないでしょう?それに、アイゼイア達が、「君の持つ『光』の魔力を増幅させれば、ひょっとしたら帰る為の『道』を探す事が出来るかもしれない…」って教えてくれたから私、自分の魔力を伸ばす為に、人を癒しまくったの!!」


……え?自分の魔力を伸ばす為?


「そしたら魔力が上がったのはいいんだけど、『聖女』認定されちゃってね。その時気が付いたの。突然現れた『転移者』で、希少な『光』の属性持ちで、挙句人を癒しまくっていれば、そりゃあ『聖女』にだってなっちゃうわよねって」


……悲しみを乗り越え、人々に癒しを与えていたのでは……?


「私、ただ帰りたくて頑張っていただけで、『聖女』になる予定はこれっぽっちも無かったのよ。だから「どうしようかな~」って思っていたら、とどめに王家直系達全員からプロポーズよ!?公妃って、つまりは重婚よ!?しかも国母よ!?「何冗談言ってるの!?」って感じよね!?そうでしょう?エレノアちゃん!?」


……えっと……。聖女……とは?


「そもそも、私が魔力を伸ばす努力をしたのは、元の世界に帰りたい一心での事だったし、ずっと私をサポートしてくれていたアイゼイア達の事は大好きだったけど、それよりも私は自分の世界に帰りたかった。だから、彼等の事をフッてフッてフリまくったのよ!」


……えっと……。以前アシュル殿下が話していた事と、齟齬があるような……?


確かアリアさん、「美形過ぎてイヤ!」って国王陛下方をフリまくってたんだよね?んでもって、国王陛下方がそれにめげずにアタックし続けて、アリアさんが最後の手段と『聖女』になって教会に逃げ込んだ……のでは……?


『そ、それにしても……』


あんな人類最終兵器のような凶悪な美形にせまられていたってのに、私みたいにただ鼻血を噴いてオロオロしていたんじゃなく、果敢に立ち向かい、フリまくっていたんだから凄いよ。アリアさんってやっぱり強いや!!


「……でもね、ある日気が付いたの。彼らは私を公妃にしたいのに、私が元の世界に帰る為に努力する事を止めなかった……って」


「――……!」


「それどころか、王家に秘匿されている『転移者』や『転生者』の情報や記録も見せてくれて、全面的に協力してくれていた。……本当だったら、邪魔するなりなんなりしたかったと思う。もし万が一、帰る方法を見つけてしまったら……って、凄く恐かっただろうとも思う」


そう……だよね。国王陛下も王弟殿下方も、アリアさんの事を心の底から愛しているんだもん。


そんな大切な女性が、自分達の目の前からいなくなってしまうかもしれないなんて……。それはどれ程の恐怖だっただろうか。


「でね、その事について、聞いてみた事があるの。なんで私のする事を止めないのかって。……そしたら皆、なんて言ったと思う?」


「……」


「「君が帰ってしまったらと思うと、胸が張り裂けそうに辛くなる。だけど、君が悲しむ姿を見るのは、もっと辛いから」って、そう言ってくれたの。それを聞いた瞬間、私が彼らに抱いていた好意が愛情に変わったわ」


「……!」


「子供達には言っていないんだけど……。私はね、両親が事故で亡くなって、唯一の肉親である母方の祖父母に育ててもらっていたの」


「……」


「子供を亡くし、孫の私までいなくなってしまったら、祖父母がどれ程悲しむか……。そう思ったら、どんな手を使っても帰りたかった。……でも次第に、帰りたい気持ちよりも、アイゼイア達を残して帰りたくない気持ちの方がどんどん勝っていってしまって……。気が付いたらこの通り、四児の母になっていたって訳」


そう言うと、アリアさんがクスリと笑った。


きっと今、アリアさんの顔は物凄く照れくさそうで……そしてとても幸せそうなんだろうな。


おずおずと、丸まっていた掛布から顔を出すと案の定、魔石ランプに照らし出されたアリアさんの顔は、ほんのりと色付き、慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。


「……この世界に留まった事……後悔は……しなかったのですか?」


もし、帰れる方法が見つかったとしたら……?私は……きっと迷うだろう。でも心から愛する人達を見つけたアリアさんは多分……。


「後悔なんて、するに決まっているでしょう?」


「……え?」


「いくらアイゼイア達がかけがえのない存在になったからって、祖父母や友人達や、生まれ育った世界が大切だって思いは変わらないわ。きっと死ぬまで悩むし、後悔だってすると思う。エレノアちゃんだって、そうでしょう?」


静かな感情の色を湛えるアリアさんに見つめられ、私は今世の両親、兄様方やセドリックやメル父様方、リアムやアシュル殿下方、ウィルやジョゼフ、バッシュ公爵家の人達……今この世界の大切な人達全ての顔を思い浮かべた。


さっき、帰れる方法が見つかったら……って思っていたけれど。もし今目の前で、元の世界に帰れる扉が現れたとしたら……。私はこの世界の家族達を捨てて、その扉を開けようと思うだろうか……?


葛藤する私を見ながら、アリアさんが寂しそうな微笑を浮かべた。



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アリアさん、エレノア(同郷人)の前で心から地が出ております。

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