第328話 こぼれ種
「帝国?その国が……私を狙っている……?」
呆然としながら呟くように発した私の台詞に、イーサンが重々しく頷いた。
イーサンの話によれば、帝国とはこのアルバ王国と同等の国力を持った軍事大国で、過去幾度も戦争を仕掛けられた事もある、いわば仇敵とも言える国なのだそうだ。
今現在は国交を断絶している事もあり、表向きは互いに不干渉を貫いているとの事。
何故そんな国に、私が狙われているというのかというと、私が『転生者』である事を、帝国が嗅ぎつけたからだという。
そして更に語られる、帝国が長年おこなってきた、外道とも言える所業。
なんとそれは出生率を上げる為、『異世界召喚』を人為的におこない、多くの女性達を無理矢理自分の国に呼び寄せ、子を産ませていたのだというのだ。
「しん……じられない……!でもそんな事、出来る訳が……」
「いいえ、お嬢様。残念ながら、真実で御座います」
震える唇から洩れた私の言葉にイーサンがかぶりを振り、断言する。でも、それでも信じられない。
アルバ王国のように、総じて魔力の高い国民が多い国でさえ、人為的に『異世界召喚』など行えない。出来たとしても、多分物凄く緻密で繊細な術式と、膨大な魔力が必要な筈だ。
過去に幾つも見たファンタジーな漫画や小説でも、大抵が膨大な魔力と多大なる犠牲の元、異世界召喚をおこなっていた。
なのにその帝国という国は、制約や犠牲は勿論あったのだろうけど、長年好きな時に好きなだけ異世界召喚を行っていたというのだ。そんな話、信じられる筈がない。
「……一説によるとね。嘗て膨大な魔力を有したがゆえに世界の覇者にならんとし、その結果滅んだとされている、幻の種族である『魔族』。その血が帝国民……特に王族に流れていると言われているんだよ」
オリヴァー兄様のお言葉に、更に衝撃が走った。
「そ、それって……例の『姫騎士』が戦ったとされている相手ですよね!?」
「ああ。もし帝国の祖が『魔族』であったとしたら、姫騎士の話は単なる『お伽噺』ではなく、限りなく真実に近い伝記という事になるね」
オリヴァー兄様はそう言うと、聖女様やリアム達の方へと顔を向けた。彼らもそれぞれ固い表情をしながら、肯定する様に頷いた。
……エレノアには「限りなく真実に近い」と言ったが、元ボスワース辺境伯であったブランシュが有していた『魔眼』。そして先刻捕らえた
これらは魔人……つまり『魔族』の血を引いた者の特性だ。故に「真実である」と断言していいだろう。
「……本日、お嬢様が牧場で魔獣に襲われた件ですが、犯人は帝国の
イーサンの話によれば、その
その結果、今まで『噂』とされていた帝国の所業が『真実』であった事が証明されたのだという。
……尋問というより、拷問の間違いでは……と、ちょっと思ったが口にはしない。というより、口にする勇気がない。その
「次元の違う世界から人を呼び寄せるなど……確かに人間技ではありません。尤も、手段があれど、そのような所業を平然とおこなえる時点で、人間ではなく鬼畜だとしか言えませんがね」
――人間ではなく、鬼畜。……確かにその通りだ。
漫画や小説の中でそうだったように、以前アリアさんに聞いた話によれば、『転移者』や『転生者』のように『界渡り』を経験した女性達は総じて魔力が高く、また高度な文明の知識を有している者が多いのだそうだ。
そんな女性達に子供を産ませれば、総じて魔力の高い子供達が増え、国力も上がるのは当然の事なのだろう。
アルバ王国の男性達が国を挙げて女性を大切にし、彼女達の為に自分自身の努力で遺伝子を高めて大国になっていったのとは真逆の、驕り切った安直な方法で、帝国は大国になっていったのだ。
重苦しい空気が漂う中、ディーさんが渋面のまま口を開いた。
「……だが、帝国内に潜んでいる我が国の諜報員の報告によれば、帝国の出生率は低下の一途をたどっているらしい。そうだな?ヒュー」
「はい。しかも女子の出生率が著しく減少しているとの事です。だからこそ、周辺諸国の有する『転移者』や『転生者』を狙っているのでしょう」
「『転移者』や『転生者』を攫う……?」
私の言葉に、ディーさんが頷いた。
「ああ。どうやら帝国は、もう長い事異世界召喚を失敗、もしくは行えていないらしくてな。他国の『転移者』や『転生者』を拉致しまくっているんだそうだ」
「ディラン殿下、お待ちを。……どうやら帝国の解釈は少々違うようです」
イーサンの言葉に、ディーさんが怪訝そうな顔をする。
「解釈が違う?どういう意味だ」
「は。件の
ザワリ……と、その場が騒然とする。
「はぁ!?『拉致』ではなく『回収』だぁ!?どの口がそんな戯言をほざきやがる!!」
「しかも言うに事を欠いて、元々自分達のものだと!?戯言を!!」
ディーさんとクライヴ兄様が激高し、声を荒げる。オリヴァー兄様やセドリック、そしてリアムやディーさんも憤りの表情を浮かべている。勿論、私やアリアさんも同様だ。
というより、アリアさんも『転移者』だから、憤る気持ちはひょっとしたら、この場の誰よりも強いのかもしれない。
「……どうやら帝国は、他国の『転移者』ならびに『転生者』の事を、『こぼれ種』と呼んでいるのだそうです」
「『こぼれ種』?そういえば、
オリヴァー兄様の言葉に、イーサンが軽く頷いた。
「
帝国の、あまりにも傲慢かつ身勝手な思考回路に、その場にいる者達から、一斉に怒気交じりの魔力が噴き上がった。
「……成程。だから、『拉致』ではなく『回収』……という訳か。そしてエレノアも、その『こぼれ種』とやらだから、回収しにきたと?……ふ……。戯言を……!!」
「御意に」
怒りを抑え、淡々と言葉を発するオリヴァーの言葉に頷きながら、イーサンは、地下に捕らえてある
『あの子がぁ~、本当に『こぼれ種』だったとしたらぁ、本来うちら帝国のもんだしぃ。とっとと連れて帰らなきゃだけどぉ、苦労して回収したって、結局皇族達のものになっちゃうんだから、こっちとしてはつまんないよねぇ~!』
それ以上、不快な言葉を聞きたくなく、尋問から早々に拷問に切り替え、必要な情報を吐かせまくったのだが。
「……?エレノア?」
ふと、オリヴァーは隣に座っているエレノアの身体が小刻みに震えている事に気が付く。慌てて顔を覗き込んで見ると、その顔色は真っ青になっていた。
「エレノア!?」
オリヴァーの焦りを含んだ声も、今のエレノアには届かなかった。イーサンを含めたその場の面々も、エレノアの異変に気が付き顔色を無くす。
「エレノア!?」
「エレノアお嬢様!?」
慌ててエレノアの元へと集まり、声をかける彼らにも反応せず、オリヴァーの腕の中、エレノアの震えは激しさを増していく。
「わた……私が……帝国の異世界召喚で……呼ばれたかもしれない……?」
自分の前世の記憶は、大学の門をくぐったところまでしかない。
もし……もしもあの時、帝国の異世界召喚によって、強制的にこの世界に呼ばれたのだとしたら……?だから記憶が、あの時点で終わっていた……?
前世の家族や、仲の良い友達たちの顔が次々と浮かんでくる。
大学に通う為、家を出る自分を心配そうに……それでも笑顔を浮かべて見送ってくれた。そんな彼等との絆や、思い描いていた未来が、強制的に断ち切られてしまっていたとしたら……。
――お母さん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん……みんな……!
「あ……あ、あああああぁっ!!」
エレノアの唇から、悲鳴のような絶叫があがった。
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帝国……まさにアルバ王国と真逆の繁栄を謳歌していたようです。
そしてエレノアの受けた衝撃はいかばかりか……。
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