第327話 興味深い少女

帝国において、数年に一度行われる儀式。『異世界召喚』


年々召喚できる者の数が激減していく中、十三年前にピタリと、ただの一人も『異世界召喚』する事が出来なくなってしまったのだ。


どれ程の術者を用いようとも、どれだけの魔石を捧げようとも、あの時以降、帝国は異世界から女性を召喚する事が叶わなくなってしまった。


しかも、異世界から召喚した女性達は、高確率で女を多く産み落としていた。それが帝国の出生率を支えていたと言っても過言ではなかった為、今現在の帝国はその出生率を著しく低下させてしまっている。


だからこそ、帝国は他国の『こぼれ種』を回収するついでに、密かにリンチャウ国の暗部を利用し、足りない女を確保していたのだ。


その中において、アルバ王国の女……特に貴族の令嬢達は、どの国の女よりも魔力が高い上に、女児を孕みやすい。それゆえどの国の王侯貴族達にとって、アルバ王国の女は垂涎の的だ。


リンチャウ国の馬鹿どもを使い、運よくたまに得られた貴族の娘達は、それこそ王侯貴族中で奪い合いになる。それ程に価値のあるものなのだ。


だが、アルバ王国の男達は決して自国の女を他国に渡そうとしないし、理不尽に奪おうとする者には草食獣の皮を脱ぎ捨て、魔獣並みに狂暴な野獣へと変貌する。

それはアルバ王国と肩を張る帝国ですら例外ではなく。過去、幾度もの辛酸を舐めさせられたものだった。


だからこそ、『帝国』として動くのではなく、他国に汚れ仕事人身売買を請け負わせた。無論、彼等の指揮系統には帝国の者達を就け、アルバ王国にも存在する利己的な男達と手を組み、アルバ王国の貴族の娘の安定的な供給を可能とさせた。


それでも得られるのは殆どが下位貴族までで、数年前、人身売買がばれてリンチャウ国がアルバ王国に潰されて以降は、平民の娘すら手に入れる事が難しくなってしまっている。

特に今代の王家直系ならびにその側近達……どいつもこいつも化け物レベルで、中々に手出しがし辛い。


だが、あくまで手出しが「難しい」だけで、「不可能」という訳ではない。我々が本気を出せば、女達を根こそぎ奪う事も可能だ。……だが、それに付随するリスクを考慮すると割に合わない。なので現時点では様子を伺うに留めているのだ。


そんな中、ある一人の貴族令嬢の存在に目が留まった。


エレノア・バッシュ公爵令嬢。


父親は、あの難攻不落な鉄の盾と言われている、ワイアット宰相直々に認めた次期宰相、アイザック・バッシュ公爵。


彼女の情報は、長年このアルバ王国に潜伏している者達から情報だけは得ていた。……とは言っても、あくまで他の高位貴族の娘達の一人としてだが。


彼女の婚約者は今現在三名。


宮廷魔導師団長を父に持つオリヴァー・クロス伯爵令息。


ドラゴン殺しの英雄であり、王国軍を統括する将軍の息子クライヴ・オルセン子爵令息。


そしてオリヴァークロスの母親違いの弟、セドリック・クロス伯爵令息。


間違いなく、次代を担うであろう若者の筆頭とも言える存在達。

そんな彼らを婚約者にしているのが、次期宰相の娘である公爵令嬢だ。


最初に興味を引いたのは、そのアンバランスな組み合わせだった。


美しく、能力の高いアルバ王国の男達の中において、間違いなく彼らは格上とも言える存在。その中でも特に目を引くのが、筆頭婚約者であるオリヴァー・クロス伯爵令息である。


彼はその父親譲りの美貌と魔力量もさることながら、人身売買組織とリンチャウ国を崩壊に導いた立役者のうちの一人だ。そして婚約者であるエレノア・バッシュ公爵令嬢を、偏愛とも言える程に溺愛しているという。


……対して、当のエレノア・バッシュ公爵令嬢はというと……。


――不細工で我儘で、良い所が無い女。


そう世間で噂されていたのだ。


いくら女に甘いアルバの男とはいえ、極上とも言える男達が何故そんな女の婚約者に甘んじているのか。その事に純粋に興味が湧いた。


だが興味対象となった令嬢の、その先の調査は難航を極めた。


そもそも帝国とはいえ、アルバ王国の内部を探るのは至難の業。なのに、それに輪をかけたように、彼女の周囲はそれこそ警戒レベルが最上位にいる者達によって守られ、蟻の入り込む隙間もない程だったからだ。


転機が訪れたのは、彼女が王立学院に通うようになってからだ。


相変わらずガードは固いが、それなりに彼女の情報を得る事が出来るようになった。


密かに自分の手の者を潜入させ観察を続けさせていると、次々と興味深い情報がもたらされる。


曰く「変わっているご令嬢」「不器量な見た目は作られたもので、可憐で愛らしい容姿をしている」「女だてらに剣を持ち戦う規格外令嬢」「男に甘やかされ、どの国よりも我儘なご令嬢達の中に在って、極めて異質な存在」


知れば知る程興味が尽きない少女。


自分の血筋は『転移者』もしくは『転生者』を娶り、子を産ませる義務があるが、出来れば側室か愛妾として傍に置いてみたい。……そう自分に思わせる程に、その少女は魅力的だった。


だがいかんせん、彼女の周囲にいる者達が問題だった。しかも最悪な事に、王家直系達も彼女を憎からず思っている。『こぼれ種』でもない彼女を手に入れるには、あまりにもリスクが大きい。父親達もきっと許可は出すまい。……そう思っていた。


だがここにきて、彼女が『転移者』もしくは『転生者』である可能性が浮上してきたのだ。


彼女がアイザック・バッシュ公爵と、その妻であるマリアとの間に出来た子供である事は確認済みである。ならば彼女は『転生者』か……。

どちらにせよ、『こぼれ種』である可能性が高いのならば、リスクはあれど、彼女を手に入れる免罪符とするには十分だ。


更に幸運な事に、彼女は自領であるバッシュ公爵領に向かうという。


父親達に千載一遇のチャンスと進言し、自ら見極め役を買って出た。そして初めて彼女を間近で観察し、確信したのだ。


報告されている以上に愛らしい容姿。他人の心を掴んで離さぬ、この世界の女性らしからぬ、屈託のない生命力溢れる明るさと優しさ。未知なる発想力。その類まれなる知識。


――間違いない。彼女は『転生者』だ!


だとすれば、一刻も早く彼女を手中に収めなくてはならない……が、彼女の婚約者の一人であるクライヴ・オルセンは強敵だし、このバッシュ公爵領を預かる家令や騎士達も、それぞれが想像を絶する実力者達だった。



特にあの家令……。あれを本気にさせてしまえば、下手をすればこちらも無傷では済まないだろう。


だが、微妙に領内がざわついている。どうやらエレノア・バッシュ公爵令嬢に同行していた愚かな女……。アレとアレに傾倒している者達が引っ掻き回した結果、僅かな綻びを生じさせたようだ。なんという好機か。


幸い、あの筆頭婚約者もいない事だし、機を見て彼女を攫おうと思ったその矢先、あろうことか件の筆頭婚約者である、オリヴァー・クロスがバッシュ公爵領に駆け付けてきたのだ。これは想定外の出来事だった。


彼は『万年番狂い』と裏で呼ばれている程、父親違いの妹であり婚約者であるエレノア・バッシュ公爵令嬢を溺愛している。そう聞いていたが、奇しくもそれは今回の行動で立派に証明してみせた。

だがまさか、王家直系達までをも引き連れて来るとは……。


「どこまでも忌々しい男だ。あの魔獣使い無能が最初の段階で殺してさえいれば……。だが、今回のあの男の行動。まさか、我々の事を知って駆け付けた……?」


「そんな!あり得ません!いくらアルバ王国だとて、我々帝国の動きをそこまで察している筈が……!」


思わず口から零れ落ちた言葉に、デヴィンが反応する。

この男は自分の配下の中では屈指の帝国至上主義者だからな。


「そのまさかが出来る国だからこそ、我々帝国と長年タメを張れたんじゃないのか?……だがそうだとしたら、やはり彼女は……エレノア・バッシュ公爵令嬢は、『転生者』で間違いないという事になるよね」


「……シリル様。これからどうされるのですか?」


「決まっているだろう?『こぼれ種』なのだから、あの子はそもそも帝国のものなんだ。ちゃんと回収してあげなくちゃね。それにあの子、面白くて可愛いから、兄上達に取られる前に、さっさと僕のものにしちゃわないと。……それにしても……」


シリルは座っていた枝の上で立ち上がる。


「アルバ王国は豊かな土地が多いけど、ここはまあ、別格だね。どこもかしこも実り豊かでキラキラしていて……本当に、反吐が出る」


吐き捨てるようにそう呟くと、黄金色に輝く広大な小麦畑を昏い瞳で見下ろしながら、うっそりと嗤った。



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帝国は、まさにアルバ王国と真逆な繁栄を送っていたもよう。

歪んでいますね。

『こぼれ種』については、次回明らかになります。

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