第十六章 帝国の影【バッシュ公爵領編】
第326話 忍び寄る足音
「ですがその前に。まずは、聖女様ならびに殿下方。エレノアお嬢様を導かれる為、このバッシュ公爵領へおいで下さった事。バッシュ公爵家本邸を預かる家令として当主に代わり、
そう口上を述べると、イーサンは左手を胸にあて、流れる様に見事な礼をとった。流石は父様の代わりに本邸を預かる家令。お見事!……でも、めっちゃ無表情だし口調平坦なんだけど……その言葉、心こもってます?
あっ!リアムにディーさん、ヒューさんもそう思ってるのか、笑顔で青筋立ててるよ!
「……ぅう……っ!」
――ん?
あれ?礼をとったままのイーサンの身体が小刻みに震え始めた?
「……本当に……本当に、オリヴァー様と、王家の方々が来て下さらなければ、お嬢様は……エレノアお嬢様は今頃……。くっ!!」
ああっ!!イーサンの目から滂沱の涙がダバッと!!
「うぉっ!?」と、ディーさんの口から小さく驚きの声が上がった。
……イーサン。本当は物凄く心配だったんだね。心配かけちゃって御免なさい。
そんでもってさっきの口上、心から言っていたんだね。疑っちゃって本当に御免なさい!
そ、それにしても、先程までの冷徹な態度が台無しですがな。……うん、リアムやディーさん……それと、オリヴァー兄様とセドリックまでもが顔を引き攣らせながら物凄くドン引いているよ。
あ、でもクライヴ兄様は半目になっているけど動じていない。どうやらこの数日間で慣れてしまったようだ。クライヴ兄様ってば、順応力高いな!
「イーサン……でしたね?顔をお上げになって。貴方の謝意、確かに受け取りました」
あ、アリアさんもイーサンの奇行に動じてない。しかもめちゃめちゃ余裕で微笑んでいらっしゃる!流石は聖女様、すごいや!
「それで、例の件ですが……。何か分かりましたか?」
アリアさんの聖女っぷりに感動していた私の耳に、意味深な台詞が飛び込んで来た。え?何が分かったというんでしょうか?
イーサンは秒の速さで胸ポケットからハンカチを取り出し、涙を拭うといつもの有能家令の顔へと切り替え、恭しく頭を下げる。
「はい。エレノアお嬢様方がお帰りになる前に、大体の事は……」
そこでイーサンが、オリヴァー兄様をチラリと見やる。するとオリヴァー兄様はそれに対し、軽く頷いた。
「承知致しました。……エレノアお嬢様」
「はい?」
「これからお話しする事は、お嬢様にとっては衝撃を受ける内容かと思われます。ですが、お嬢様には今後、ご自身に降り掛かるであろう危険について、しっかりと自覚を持って頂かなくてはなりません」
「危険の……自覚……?」
「……何故、オリヴァー様方が無理を押してこちらにやって来られたのか。そして、何故魔獣がお嬢様方を襲ってきたのか……。全てをお話し致します」
そう言いながら、イーサンは恐い位に真剣な表情を浮かべ、私を見つめる。見れば他の皆の表情も、イーサンに負け劣らない程に真剣だった。
そんな中、「なーる程な。オリヴァーの奴、そういう事か」って、ディーさんが感心したように呟き、それに対し「流石はオリヴァー・クロス。……ディラン兄上は、まんま暴走しただけですけどね」ってリアムも呟いていたけど、何の事を言っているんだろうか?
――って……え?
待って。それじゃあ、いきなり魔獣が出現した事も、オリヴァー兄様がここに駆け付けて来たのも、偶然じゃなかった……って事なの?
そうだ。考えてみればおかしい事だらけだったじゃないか。
そもそも強力な魔力溜まりもないのに、あんなに魔獣が大量に発生する筈がない。ましてや
『
オリヴァー兄様の言葉が脳裏をよぎる。
そうだ。あの時オリヴァー兄様は、「元を断つ」と言って結界から出て行ったのだ。結界内とはいえ
――私の知らない所で……何か良からぬ事が起こっている?
もしかしなくても、あの魔獣の襲撃は私を狙って引き起こされた人為的なもの……?
ドクン……と心臓が跳ね、私は胸を押さえるようにギュッと服を握りしめた。
「エレノア、大丈夫。君には僕も皆もついている」
「――ッ!」
オリヴァー兄様が私の身体を優しく抱き締め、髪に口付けを落す。
それだけで周囲の雰囲気に飲まれ、知らず強張っていた身体から、ゆっくりと力が抜けていった。
オリヴァー兄様の胸にもたれながら、我知らず詰めていた息を吐き出す。
そんな私の様子を見ながら、イーサンがおもむろに口を開いた。
「それでは、始めさせて頂きます」
◇◇◇◇
「シリル様」
フード付きのローブを身に纏り、小高い丘の大樹の枝に腰かけている少年の元に、音も立てず、同じくローブを纏った大柄な男がフワリと降り立った。
だが、元から枝に座っていた少年よりも明らかに体格が良い男が降り立ったというのに、枝がしなることも、葉が揺れることもなかった。
「……デヴィンか。お前が来たということは、
視線を外す事無く、前を向いたままそう話す少年の声は、まだ声変りを果たしたばかりといった、幼さを残すものだった。
それに対し、デヴィンと呼ばれた男は深々と頭を垂れる。
「……はい。面目次第も御座いません」
「……ふん……。奴が放った魔獣に混乱している所を、お前の『力』を使い、あの娘を奪い去る算段だったのだが……。思った以上にここの連中が使える奴らばかりだったのは誤算だったな。おかげで
少年はそこで一旦言葉を切ると、小さく舌打ちをした。
「まあ、いいさ。あの連中が駆け付けてきた時点で、半分期待していなかったからね。それより、失敗した時点で、奴はちゃんと始末したんだろうね?」
「……それが……。不測の事態が起こった為に間に合わず、奪い去られてしまいました」
「ふぅん……。お前、帝国に帰ったら粛清だな」
「……覚悟は出来ております」
淡々と、感情のこもらない声で告げられた処刑宣言にも、デヴィンは動揺する事無く、頭を垂れたまま微動だにしなかった。
そこでようやく、少年がデヴィンへと視線を向けた。その際に、かぶっていたローブがパサリと落ちる。
年の頃は十四・五歳。
声と同じく、まだ顔の線には少年期独特のまろみが残っている。
黒曜石のように艶やかな、黒い髪と瞳。その容姿は非常に整っているもので……。
だが、幼さの残る容姿には不釣り合いな程、その表情は冷たく大人びており、黒曜石のような瞳に宿る光は鋭利な刃物のごとくに鋭かった。
「これで、
「このアルバ王国の男達の、女に対する献身と執着は異常ですからね。我らからしてみれば、愚かとしか言いようがありませんが」
「ふふ……。それがこの国の強みでもあり、弱みでもある。だが正直驚いたよ。あの筆頭婚約者。まさかあんなに嫉妬深かったとはね。流石は『万年番狂い』なんて言われているだけの事はある」
口角を吊り上げ、愉快そうに笑う少年だったが、デヴィンの目には、主人の抱く苛立ちが手に取る様に感じられた。
「デヴィン。先程お前が言っていた『不測の事態』とやらの説明と、あの結界の中で何が起こったのかを詳しく説明しろ」
そう告げた少年に向かい、デヴィンは深々と頭を垂れた。
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遂に出てきました。帝国の誰かさんです|д゜)
そして、イーサンが崩れていく……。
バッシュ公爵領とは濃い人種しか集まらないのでしょうか……(゜Д゜;)
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